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020.視力検査(月森蓮/土浦梁太郎/日野香穂子)

 医師がはっきりと告げた視力数値に月森はため息が出るのを禁じ得なかった。
 最近黒板の字が見えにくいとは思っていたし、遠くの景色が二重にぼやけていることにも気づいていたから、視力が落ちたことについては予測していたが、改めて数値を示されると、これほどまでに視力が落ちていたのかと愕然とする。
 新しく視力の数値が書き込まれた受診票を受け取って、視力検査の会場を出るために戸口へ向かう。
 今日は全校一斉に身体測定が行われている。通常は授業を行うための特別教室も今日ばかりはその役目を変えている。
 何度見返したところで視力が変わるわけではない。それでもじっと視線を受診票に落としたまま月森は歩いた。
 だから、前方不注意だったことは否めない。
 どんっと、勢いよく誰かにぶつかった。
「すまない」
 少しずれた眼鏡を人差し指で押し上げながら、咄嗟に詫びの言葉を口にする。
「悪ぃ…………って、何だ月森かよ」
 相手も詫びの言葉を口にはしたが、続いた言葉にようやく月森は自分がぶつかった相手に目を向ける。
 月森より若干背の高い普通科の男子生徒がいた。背後に一緒に歩いていたと思われる他の男子生徒が覗き込むようにしてこちらを見ている。
 今日は全員がジャージ着用のため、ぱっと見ただけでは音楽科と普通科の区別はつかない。
 それでも、その男子が普通科の生徒であることが解ったのは、その男子生徒を知っていたからに他ならない。
「土浦」
 心なしか口調がきつくなってしまうのを自覚しているが、最早条件反射のようなものでどうしようもない。
 去年、月森は学内音楽コンクールに出場した。とんでもない選択方法で選ばれたその出場者の中に土浦が混ざってきたのだ。
 月森はそれまで自分の演奏に自信を持っていたし、それは今も変わらない。だが、土浦の存在とその音は少なからずそれまでの月森の音に対して影響を与えた。それは大変面白くないことではあったが、土浦の実力を認めないというほど独りよがりではない。
 とはいえ、一緒にコンクールに出場したくらいで、そうそう仲良く出来るわけではない。火原ではないし。
 最初からお互いに喧嘩腰だったことは事実であり、コンクールが終わって認識が変わったとはいえ、すぐさま馴れ合うことが出来るほど、器用でもなかった。
「ちゃんと前を向いて歩けよ。迷惑だろうが」
「それについては今謝ったはずだ」
「人に謝るときは、ちゃんと目を見て誠心誠意込めて謝るもんだろう」
「それを土浦に言われる筋合いはない」
「で? そんな気になるほど、その受診票には素晴らしいもんが書いてあったのか?」
「君には関係ないと思うが?」
「そりゃそうだな。月森が自分の体にどうほれぼれしていようとどうだっていいさ」
 土浦の口角が僅かにつり上がったのを見て、すぅっと体温が下がったような感覚が月森を襲う。
 どうにも仲良く出来そうにない。土浦を前にすると出てくるのはやはり対抗意識である。
 ましてや、音楽だけではなく、それ以外にも対立の火種があるのなら尚更のこと。
「あっれー。二人ともどうしたの?」
 視力検査が行われている部屋の前で対峙している月森と土浦を通りがかりの生徒が遠巻きにしている中に、その険悪な雰囲気をものともせず割って入ってくる明るい声。
 二人同時に声のほうを振り向く。
「あ、月森君眼鏡だー。わー、似合うねー」
 香穂子がにこにこと歩み寄ってくる。香穂子と一緒に歩いていた彼女の友人は少し離れたところで足を止めた。
「今から視力検査?」
 横に並んだ月森と土浦の前に香穂子は立つ。
「今済んだところだ」
「ああ、お前もか?」
 月森と土浦の言葉が重なる。
 香穂子は小首を傾げて、それからにこっと笑って「うん、私は今から」と応えた。
「それで? 何の話してたの? あ、来週公園で火原先輩たちと合奏する話?」
「「違う」」
 また重なった。口にした言葉もタイミングも全く一緒だった。
 香穂子が破顔一笑する。
「二重奏だね! 息もピッタリだし」
 咄嗟に返す言葉が見つからない。それは土浦も同じだったようで、苦虫を噛みつぶしたような恐ろしい顔になっているが、香穂子は全く意に介していない。
「そうだ! 今度一緒にカラオケ行こうよ! 二人のデュエット聴いてみたい!」
 パンと、手を打ってまで言うほどのことではない。
「それは断る」
「ごめんだね」
 強い否定の言葉に香穂子は「そう?」と心底残念そうな顔を見せる。
「絶対いいと思うのになー。今更、人前で歌うの照れなくてもいいのに」
「「そういうことじゃない」」
 またもや被る言葉に、月森と土浦は視線を合わせた。ここまで揃うと不愉快も極まれり、だ。
 香穂子は今度はため息をつく。
「あーあ。いいなぁ、二人とも息が合ってて。二年生コンビとか言われてるのに、私だけ仲間はずれだー」
「はあ?」
「何言ってるんだ?」
 さっき打ち合わせた手を今度は組み合わせて、少し上のほうを見ている香穂子の視線の先に月森の姿も土浦の姿もない。どこか遠くを見つめている。
「二人が仲いいからちょっとジェラシー」
「「日野」」
 強い口調で揃った月森と土浦の声に、香穂子の焦点が二人へと合う。
「「今すぐ視力検査してこい」」
 香穂子は一瞬きょとんとした表情になったが、少し口を尖らせると「はぁ~い」と頷いて二人の傍を離れていく。後ろからパタパタと事の成り行きを見守っていた友人がついていく。
「でもね」
 視力検査が行われている部屋に入る前に、香穂子は振り返った。
「月森君と土浦君は、一番仲良しになれるの、間違いないと思うよ!」
 にっこりと笑顔を残して、香穂子は部屋へ入っていった。
 残された月森と土浦は半ば呆然とした状態で、香穂子が消えていったドアへと目を向けていた。

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何も言うことはありません。バカな話でごめんなさい。視力検査とくれば、目が悪い月森君だよなーと思って書き始めたのはいいんですけど、気づいたらこんな話になっていました。尚、書きたかった一言は「今すぐ視力検査してこい」でした。ただそれだけー。ちなみに、巷でジャージとか流行っているようなのでそれに乗っかってみました。月森君の眼鏡も。


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