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ふわふわとした髪の毛が揺れているのが棚の向こう側にちらっと見えて、香穂子はその人物が自分の知っている人かどうかを確かめるべく、棚の向こう側へ回った。
雑貨屋の一角。
女子高生や女子大生、OLなど若い女性に人気のお店である。シンプルで可愛い生活雑貨やステーショナリーなど取り扱っているものはさまざまだ。香穂子のお小遣いでは欲しい物が全て買えるわけではないが、陳列されている商品を眺めるだけでも楽しい。
別の用事で駅前まで出てきたが、ついでに寄ってみたのだ。
「志水くん?」
棚を回ると、果たして予想通りにそこには志水がいた。両脇を別々の女子高生と思しきグループに挟まれ、ゆっくりと左右に首を傾げながらマグカップを手にしてみたり、フォークを手にしてみたり、タンブラーを手にしてみたり。つまりは、何かを選んでいるようだ。
「志水くん、何してるの?」
それでも敢えて質問した。
「あ、日野先輩………」
片手にグラスを、もう一方の手には茶碗を掴んだまま、志水が振り返る。今、香穂子のことに気付いたらしい。
「こんにちわ」
「こんにちわ。………ねぇ、何してるの?」
こんなところで、という言葉は控えた。確かに、女性しかいない店ではあるが、男の子が入っていけないわけでもない。
「プレゼントを………」
「プレゼント?」
「はい。プレゼントを選んでいるんです」
「誰にって聞いてもいい?」
「冬海さんに」
すぐに返ってきた答えに思わずひゅうと口笛を鳴らしそうになる。
志水と冬海。のんびりしている者同士、なかなか良いカップルになるんじゃないかとは思っていた。コンクールの参加者同士ということもあって男の子が苦手な冬海も志水とは仲良くしているし、志水もコアな音楽の話を出来る相手だと冬海を他の女の子とは別の目で見ているように思える。だが、あまりにものんびりしていて、志水と冬海はカップルになるどころか恋心を抱くのも他の人よりずいぶんと遅いんじゃないかと思っていた。
ところが、どうだろう。香穂子の預かり知らないところで二人の仲は徐々に進展していたようだ。
「前に僕の誕生日にプレゼントをくれたから、お返ししなくちゃと思って」
手にしていたグラスと茶碗を棚に戻す。
「それでずっと考えているんですけど、何がいいのかよくわからなくて」
「冬海ちゃんの好きそうなものがいいよね、せっかくなら」
「はい。僕は冬海さんに枕を貰ったんですけど、これがとっても気持ち良くて重宝しているんです。だから僕も冬海さんが喜んで使ってくれそうなものをと思ったんですが」
難しいらしい。
「何も、使うものとかじゃなくてもいいと思うけど」
「そうですね………」
半分は上の空のようで、その棚の前から動こうとはしない。
「ほら、冬海ちゃん、花を育てたりするのって好きみたいだから、そういうのどうかな。鉢植えとか」
香穂子は店の入り口のほうを指す。
観葉植物やミニプランターなどもこの店では取り扱っていて、それが店頭に出されているのだ。
「そうですね」
少し、これはと思ったのか、志水が首をめぐらす。
二人して、そちらへ歩いていった。
「これなんか可愛いと思うけど」
ワイルドストロベリーの鉢を指すが、志水はうんと言わない。じぃっとそれらを見つめているだけだ。
四、五分ほどそうしていただろうか。
「先輩。せっかくアドバイスを頂いたのに申し訳ないんですが、僕、もう少し自分で考えてみます。これがいいと思うものがあると思うから」
香穂子と別れて、更に志水は駅前をぶらつく。
志水の言葉に香穂子はさほど気を悪くしたふうもなく(むしろ笑っていた)、雑貨屋の外で別れた。
香穂子をアドバイザーにしたら大変心強かったであろうことは予想できたが、志水としては自力でプレゼントを見つけたかった。
しかし、何にしたらいいのかさっぱりである。
しかも誕生日は今日。文化の日で学校は休みだから、プレゼントを渡すにしても明日になるが、それでももう間もなく日が落ちそうになる時刻にまだプレゼントを買うことが出来ていないのはまずい。実は午前中からこのあたりをウロウロしているのだが、まったくもってこれだと思えるものが見つからないのである。
「困ったな………」
小さな呟きは誰に聞きとめられることも無く、宙に消えた。もし、それを誰かが聞きとめたとしても、多分困っているようには聞こえなかっただろうが。
ふと、ホールの近くにある花屋が目に入った。このあたりを何周もしているのに、目に留まったのは初めてだった。
志水は花屋へ足を向けた。志水の目を惹き付けたのは、花屋の店先の一角を占めている、白やピンクのコスモス。
「いらっしゃいませ! 贈り物ですか?」
志水が何も言わないうちから、狭い店内から店員が出てくる。赤いエプロンをした活発そうな女の人だ。
「この黄色いのもコスモスなんですよー」
親切に次々を説明をしてくれているが、志水の耳からは全て零れ落ちていた。
これだ。
天啓とはこういうのを言うんだろうか。
そう思ったほどだ。
当初の予定では、笙子が喜んで使ってくれそうなもので、それとは全く違うが、それでもこれ以外にないと思った。
「これで花束を作ってください」
まだ喋り続けていた店員を遮って、志水はこの店に来て初めて口を開いた。
喋りを遮られたのには少し面白くなかったようだが、相手はお客様。店員は素早く笑みを浮かべる。
「コスモス以外にも何か混ぜましょうか?」
「いえ。コスモスだけで」
かくして、志水の希望通りにコスモスだけで花束は作られた。
花束を作っている最中にも、店員はまた喋り始める。
「これ彼女にプレゼントするの?」
「あ………」
だが、店員は特に志水の答えを必要とはしていなかった。
「コスモスの花言葉って知ってる?」
「いえ」
「乙女の真心、乙女の純潔という意味があるの。彼女にぴったり?」
喋っている間も止まらない店員の手さばきをじっと見つめながら、志水はその言葉の意味を考えていた。
笙子にぴったりの花言葉だろうか。
ぴったりかどうかはともかく、笙子らしい気がした。
「はい」
だから頷いたのに、店員はやっぱり聞いていなかった。志水の返答にかぶせるようにして、花束の金額が店員の口から飛び出してきた。
「志水くん!」
慌てて玄関から出てきた笙子は、志水の姿に目を丸くしている。
何の連絡もなしに、花屋を出てからその足で笙子の家を訪ねたのである。花束だったから今日のうちに渡してしまわなくては、と思ったからだ。
「誕生日おめでとう」
かまわず志水は花束を笙子に差し出す。
「えっ?」
「今日、誕生日だよね」
「う、うん」
笙子は頬をほのかに染めながら、差し出されたコスモスの花束を受け取った。
「ああ」
思わず声が漏れていた。
似合っている。
コスモスの花束は笙子にとても似合っていた。
ぴったりだ。
「あ、あの………ありがとう」
小さな声で、だけどはっきりと笙子が礼を言う。ふわりと笑う。
良かった。
自分が選んだプレゼントでこの笑顔が見られた。
笙子の笑顔が、志水は好きだ。
「どういたしまして」
志水はそう返しながら、自然に笑みを浮かべていた。
柔らかく、優しい笑みを。
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