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057.文化祭(ALL)

 練習室の一つに、学内コンクールに参加した面々が集まっていた。コンクール以降、こうして全員で顔を揃えるのは初めてである。校内で出会えば言葉を交わすし、練習時間や場所が重なったときに合奏をすることもあるが、全員で、ということはなかった。
 こうしていると、コンクール期間中のことを思い出す。ヴァイオリンを初めて手にしたときの戸惑い、音を出すことの楽しさ、重なり合う音色、うまく音を出せないことへの焦燥、誰にも言えなかった秘密───それらがいっぺんに蘇ってくる。
 あれから半年。
 まだ半年、もう半年。
「で、なんなんだ? こんなところに全員呼び出して」
 土浦の声が、香穂子を物思いから呼び覚ます。
「何かあるの?」
 ピアノの椅子を馬乗りになって占領している火原が更に促す。
「何かあるというわけじゃなくて、何かしよう、という提案なんですが」
 部屋の一番奥で皆が揃うのを待っていた香穂子は、窓の前に立って、全員の顔をぐるりと見回す。
 壁際で腕組みをして立っている月森が、少し眉を動かした。
「提案?」
「どんな提案なの?」
 火原は香穂子の言葉を鸚鵡返しに口にし、柚木が質問を重ねる。
「もうすぐ文化祭ですよね。それで、ゲリラライブをしたいな、と」
 冬海が「ゲリラ」という言葉にびっくりした表情を見せる。
「ライブ………」
 志水は別の言葉に反応した。
「すごく衝撃的な言葉だけど、つまり、このメンバーで文化祭の日に前触れ無く演奏会をやろうということだよね」
 優しい言葉で柚木が言い直す。
「そういうことです」
「いいね、それ! 楽しそうだ!!」
 香穂子が頷くとすぐに火原が賛同の意を明らかにする。
「演奏会………合奏………」
 嬉しそうな顔をしているのは志水だ。
「せっかくコンクールで知り合えた仲は大事にしたいし、みんなで何かをするっていう機会はあんまりないから、チャンスだって思ったんです。コンクールもいい思い出だけど、それ以外にも思い出を作れたらいいなって。それに、先輩たちは来年の春には卒業してしまうし、今じゃなきゃって」
「そうだね」
 柚木が穏やかに微笑んだ。
「いい思い出になりそうだ」
「合奏………楽しみですね」
 志水がもう決まったこととして発言する。
 しかし、それに反意を示す者は誰一人としていなかった。決していい顔とはいえないが、月森にしろ土浦にしろ、香穂子の提案を悪いとは思わなかったようだ。
「けど、やっぱゲリラはまずいだろ」
「えー。いいじゃん。みんなを驚かせたくない?」
「場所の問題があります。このメンバーとなると、弦や管はともかく、ピアノを確保しなければなりませんし」
 月森が横目で土浦を見たのを、土浦も気が付いてほんの少しだけムッとした表情をする。
「キーボードは? ダメ??」
「それも手ではありますけど………」
「じゃあ、講堂を使ってしまえばいいかと思います」
 あっさりと志水が言うので、一同納得しかけるが慌ててストップの声がかかる。
「講堂は無理じゃないかな。多分、みっちりとプログラムが組まれるから………申請するにももう締め切ったはずだし」
「それにさ。やっぱ、青空の下がいいよ。みんなに聴いてもらいたいなら、正門前とかでさ、ぱあーっと!」
「それなら、キーボードでピアノは代用するしかないですね」
「じゃあ決まり! 場所は正門前」
 火原がそう断定したときに、香穂子は嬉しさでホッとする。
「一応、生徒会に使用する旨は伝えておくよ。ただ、秘密にしてもらうようにお願いしておくから」
「あー! 楽しくなってきた!」
 火原は言葉どおりに楽しそうな表情をしている。それを目の当たりにして、他の面々にもその気持ちが伝染していくのが、それぞれの表情から知れる。
「何を演奏しましょう?」
「やっぱり誰でも知っている曲がいいだろ」
 香穂子の目の前で、ああでもないこうでもないと意見が飛び交う。
「香穂先輩、楽しそう」
 香穂子の横に移動してきていた冬海が、香穂子の顔を見て言う。
「冬海ちゃんだって、楽しそうな顔してるよ」
 指摘すると、冬海は恥じらいを含んだ笑みを見せる。
「はい。今、とっても楽しいです」
「良かった。実は、ちょっと心配してたんだ。火原先輩は絶対賛同してくれそうだって思ってたけど、月森君とかは渋りそうじゃない? だから、こうしてみんなで意見を交わしてくれてるのが嬉しい」
 セレクション期間中に、一度だけ全員で合奏をしたことがあった。香穂子はそれを忘れられなかった。音を出し始めるときこそ、合わなかったりと躓きもあったが、一度ぴたりと合ってしまうと、そこからはただ楽しかった。音を重ねることが楽しかった。だから、またやりたかったのだが、コンクール終了後、なかなか全員が揃うことがなかったのである。寂しいけれど、それぞれの生活に戻っていったから。
 確かにコンクールはあったし、それが香穂子の生活を一変させたのは事実。
 だが、同時にあれは夢のようだとも思えて。
「お前ら、二人で何話してるんだよ。ちゃんと交われよ。特に日野。お前は言い出しっぺだろ」
「はーい」
 香穂子は冬海と顔を見合わせて少し笑うと、みんなの輪の中に入った。

 文化祭当日。空は、香穂子たちの演奏会を歓迎するかのごとく、澄み切った青色をしていた。心地よい秋の爽やかな風が穏やかに吹いている。絶好の演奏会日和。
 頑張ろう。
 そう思っていることには変わりない。だが………。
 確かに、生徒会には柚木から話をしてもらっていた。
 だが、コンクールの参加者達がゲリラライブをすることは、どこからか知れていたらしく、準備をする前からかなりの人だかりが出来ていた。
(ちょっとやりづらい………)
 弦の調整をしながら、どんどん大きくなる人垣に香穂子は気持ちを奪われていた。
「うわー。いっぱい集まってくれたね!」
 火原が無邪気にそういうから、余計に緊張する。
「こんなに楽しみにしてくれている人がいるなんて、嬉しいね」
 柚木が追い打ちをかける。
「緊張………します」
 冬海の声がか細い。
「何だよ。緊張しすぎだって」
 がつっと、土浦に頭を掴まれた。
「気楽にいけばいいさ。志水を見てみろよ。落ち着いたもんだ」
 落ち着いているといえばそうだが、多分、合奏をすることしか頭になくて観客のことを気にしていないだけではないだろうか。椅子に座って、チェロを触っている。
「日野。出だしを間違うなよ」
 月森の言葉は、いつものことながら容赦ない。だが、当然のことである。今日は初っぱなから躓きたくない。
「頑張ります」
「じゃあ、そろそろ始めようか!」
 火原の言葉に全員が頷いた。
 始まる気配に、人垣のざわめきが消える。
(うん。大丈夫)
 香穂子は一つ息を吸った。
 構えたヴァイオリンから最初の音を響かせる。

 音は重なり響合う。空に吸い込まれる、無限に広がる音色。
 いつしか、香穂子は合わせている音だけに集中していた。周りで聴いている人がいることを忘れていた。
 最初はあまり乗り気になれなかったコンクール。ヴァイオリンなんて扱えなかった。なんで、私がと思ったことも一度ではない。
 それでも。
(私、ヴァイオリンをやれて良かった)
 きっかけはむちゃくちゃだったけれど。
 香穂子は背後の妖精像を想う。
 姿は見えないけれど、きっと今この音をリリは聴いてくれているだろう。
 だから。
 この音色を知るきっかけを与えてくれた、希有な存在に感謝の気持ちを込めて―――。

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全然、文化祭関係ない………。文化祭だからってだけでゲリラライブさせようって思っただけです。本当は全員出してあげたかったのですが、収拾付かなくなりそうだったので中止。これだけの面々だけでもセリフに差がありますし。今回は誰が何をしゃべったかを丁寧に文章化しなかったので、セリフから読み取って貰えると有り難いです(他力本願)。そういえば、今月はコルダ発売から丸3年なんですよねー。それをちょっと思いながらだったので、記念の意味も込めて。


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