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075.ぬいぐるみ(金澤紘人×天羽菜美)

「あっ、ちょっとココいい?」
 今日は少し遠出をして、香穂子とショッピング。
 普段はあまり近寄らない場所で買い物をするのは、いろんな発見があっていつもよりもっと楽しい。新しい店が出ていたりしていて、それを冷やかしてみたり、思いも掛けない掘り出し物を見つけたり。財布の中身が心配になるけど、これを逃したらもう二度と出会えないような気がして奮発してみたり。
 その途中で天羽は足を止め、香穂子の腕を引っ張った。
 そこはテディベアの専門店だった。以前からここにある店で、今日は絶対ここへ寄ろうと決めていた。新作で気に入るものがあれば買っていくつもりだ。
「うわっ! 可愛いなぁ、この子。目がいい!」
 店に入ると並べてあるテディベアを隅から隅まで余すところ無く一つ一つ丹念に見ていく。
「けど、口元がもうちょいってところかな」
 抱え上げて、正面から横から背後から、上から下から、ありとあらゆる方向から眺め尽くす。
「ねぇねぇ、可愛い!」
 少し先をいっていた香穂子がひょいと抱え上げたのは、赤いハートを花に見立ててそれを束にしたものを抱えているものだった。同じものが他に四体座っているのが香穂子の脇に見えた。
 どうやら季節限定商品のよう。バレンタインデーが近いからなのだろうが、この日本においてバレンタインデーは女性から男性へとプレゼントするという行事で、バレンタイン商品としてテディベアの需要があるかどうかは疑問。
 だけど、これを見逃す手は無い。
「見せて見せて」
 香穂子のほうに近寄り手を伸ばす。
「いいねぇ。このちょっとたれ目がちなところが可愛いね」
 一つを手に、他の子にも目を向ける。この中で一番可愛いのはどの子か。しっかりと見極める必要がある。
 五体全てを抱えてあらゆる方向から見比べて、決めた。
「うん。今日はこの子にしよう」
「え? いいの? まだ他の見てないよ」
 天羽が即決したので、香穂子のほうがうろたえている。
「いいの。こういうのはインスピレーションだよ」
「それって、一目惚れ?」
「そーいうこと」
 香穂子が最初に抱えて見せてくれた子を連れて帰ることにする。
「じゃあ、私、それプレゼントするよ」
「何で?」
「誕生日プレゼント!」
 にっこりと香穂子は笑って、天羽の手の中からテディベアを抱き上げる。
「本当はサプライズにしようと思ってたんだけどね。今日、天羽ちゃんが名残惜しそうにしている子をプレゼントしようって。けど、すっごいこだわりあるから、どうせなら気に入った子をプレゼントしたいもん」
「えー! いいよ。だって安くないし。それに私のこと考えて選んでくれるっていうのが嬉しいんだから、何だっていいのに」
「それじゃ私の気が済まないよ。だから、他のも見ようよ。それで欲しいのがあったら買えばいいじゃない?」
 そういうと香穂子はさっさとレジへと向かった。しばし呆気に取られていた天羽はその背を見送りながら笑いをこぼす。
「じゃ、お言葉に甘えるとしますか」
 結局、その後どうしても欲しい! と思える子がいなかったので、香穂子がプレゼントしてくれたテディベアだけを抱えて店を出た。
「ほんっと、ありがとう! すごく嬉しいよ」
「喜んでいただけて、何よりです」
 次の店に行く前にオープンカフェで一息つくことにする。
「ねぇ。天羽ちゃんがテディベア好きなこと、金やんまだ知らないの?」
 アイスカフェオレの入ったグラスに刺さっているストローを口に含みながら、上目遣いで香穂子が質問してくる。
「知らないよ。言えないし」
「どうして?」
 香穂子にバレたのは何故なのか今でもわからない。ある日突然「これあげる」と言われて手のひらサイズのテディベアを貰ったのだ。それ以来、香穂子にはテディベア蒐集の話をしているが、それ以外の人には一切話さない。
 天羽自身、自覚しているように、同じ年の高校生と比べて自分は大人っぽいほうだ。姉御肌だとわかっている。服装だって、振る舞いだってそのようにしている。そんな外見なのにテディベアなんて、どちらかといえばふわふわした感じの可愛い女の子が似合うような趣味を持っているなんて、不釣合いで人には言えない。
 ましてや、最近は特に、だ。
 もうすぐ十七歳になるとはいえ、その年の差は十七歳。この差ばかりは縮まることは無く、そして少しでも大人でありたいと思うから、前よりもっとそう振舞うようになった。
「可愛いのに」
「だから! それが嫌なの」
 少しでも近づこうと思うから、出来る限り大人っぽくなりたいのに。テディベアが好きで集めていますなんて、言えない。
 多分、馬鹿にしたり、鼻で笑ったりすることはないと思うけど、子供っぽいとは思われるのは間違いない。
「でも、テディベア集めるのやめられないんだし。それも天羽ちゃんの一部だし。可愛い面があってもいいと思うんだけどなー。意外な一面に惚れ直すとかあるかもよ」
「惚れ直すって………」
 ありえない。
 そもそも惚れられているかどうかだって怪しいところだ。気に入られていることは間違いないし、いわゆる彼氏彼女かと問われるとそれはイエスだと答えていい。だけど、惚れているのは自分のほう。金澤は熱意と勢いに押されて付き合うことになったといってもいいかもしれない。
「秘密は良くないよ。早く言っちゃったほうが後々のためだよ」


「あー、天羽」
 報道部の部室を出てエントランスへ向かう途中で呼ばれた。
「ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが」
 振り返ると金澤がそこに立っていた。
「何?」
「運んで欲しいもんがあんだよ」
「今から?」
「今から」
 それ以上は天羽の返事も待たず身を翻してぺたぺたと歩き始めてしまう。しょうがないと思いつつ、その一方で嬉しさを堪えながらその後ろをついていった。
 今日は誕生日だったが、平日なのでゆっくり話す時間は取れないと思っていただけに、これは嬉しい。たとえ用事のついでだとしても二人きりで話す時間があるのとないのでは大違いだ。普段だって校内ではそうそうない機会なのに、それが誕生日となれば尚更。
「何を運ぶの?」
「見りゃわかる」
 連れだって入ったところは音楽科準備室だった。
「そこのダンボールな」
 部屋の真ん中にあるテーブルにダンボールが二箱、据えられている。
「俺の車まで運んでくれ」
「か弱い女の子に、こんな力仕事させるの!?」
 嬉しい気分が一気に飛んでいく。
「誰がか弱いか。この間、両脇にダンボール抱えて勇ましく階段を上っていくのを見たぞ」
「見たの!?」
「見た、ばっちり」
(最っ低。よりにもよって、あんなところを見られたなんて)
 報道部で使う資料を運んでいたのだ。もちろん天羽一人だけではなく、他の部員もそれぞれに抱えて上っていったのだが。何度も往復するのが面倒で一気に二つ抱えたらどうだとろうとやってみたのだ。最初は両腕で二箱重ねた状態で抱え上げていたのだが、重みに腕を引っ張られ、ダンボールが滑り落ちそうになったので、その持ち方に変えてみたのだ。結果から言えば、それは長い間耐えうる持ち方ではなく、もとの持ち方に戻したのだけれど、その僅かな時間のところを見られたというわけだ。
「じゃー、頼んだぞ」
「二箱とも!?」
「そゆこと」
「金やん、横暴」
「何を言うか。俺は俺でやることがあるの。ホレ、車のキー。トランクに積んどいてくれな」
 テーブル越しに投げられたキーを両手でキャッチすると、それを制服のポケットにしまってダンボールを一つ抱え上げる。一往復ですませたいところだが、このサイズを一度に二つ抱えるのはさすがに無理だった。
 見かけほど重くはなかったが、それでも楽ではない。最初はぶつくさと金澤に対する文句を口にしながら職員用の駐車場まで歩いていたが、二往復目には言葉を発する気力もなくなっていた。
(誕生日なのに………)
 そう思って、はっとする。
 もしかすると、金澤は天羽の誕生日を知らないのではないか。
(あり得る)
 思い返してみれば、今日が誕生日であることを金澤に吹聴した覚えもないし、金澤が積極的にそういう天羽の基本情報を仕入れるということも考えられない。
 だとすると、天羽にとってみれば今日は特別な日だが、金澤にとっては他とかわりない日でしかないのだ。
 もちろん誕生日にデートとか、もっと特別なことがあるなんて思っていない。想像はしたけれど、かなり非現実的なことなので、途中で止めた。とはいえ、期待することとは別だ。
 腕から力が抜けてダンボールを取り落としそうになる。慌てて抱え直すとふらふら歩き出した。
「ほい、ごくろーさん」
 車まで近づいて、どさっとダンボールを落とした。
「おいおいおい、気をつけろー」
 口ぶりの割には慌てていない足取りで、手は今し方まで吸っていた煙草を携帯灰皿でもみ消しながら近寄ってくるその姿に、口をぽかんと開いてしまう。咄嗟に言葉が出てこなかった。
「あーあ。大丈夫かね」
 転がったダンボールを、金澤は担いでそのまま開いたままの車のトランクに放り込む。
「な、な、な………」
「な?」
「何それ!」
「どれ?」
「何で先回りしてるの!? 信じられない! それなら一つダンボール運んでくれれば良かったじゃない!」
「そうは言っても、俺の用事が終わったのは天羽が出て行ってからだったしな。代わりと言ってはなんだが、天羽の荷物も持ってきたし、ダンボールを運んでくれたお礼に家まで送ろう」
「是非そうしてくださいっ」
 怒りを歩調で表しながら、助手席のドアを開けて再び天羽の動きが止まる。
「どうした? さっさと乗ってくれ」
「………だって、金やん」
 助手席は場所を取られている。
 一抱えもあるテディベアに。
「あー。そうだった。それプレゼントな」
 運転席に収まった金澤は天羽のほうへ顔を向けることなく言う。
「はい?」
「誕生日だろ、今日」
 一瞬言葉を失った。
「知ってたの」
「まぁな。ま、ともかく早く乗ってくれや」
 催促の言葉に従って、テディベアを抱え上げると、それを膝に載せて助手席に座った。
 ドアを閉めるとすぐに車は動き始める。
「プレゼント、金やんが選んだの?」
「他に誰が選ぶ」
 ハンドルを切る金澤は全くこちらを見ようとしない。
「何でテディベアを?」
「好きで、集めてるんだろ」
「そんな情報どこで」
 質問を重ねながら、既に天羽は気がついていた。金澤に情報をリークしたのが誰であるか。
「企業秘密」
 香穂子に違いない。香穂子しかいない。
 ぎゅうっとテディベアを抱える腕に力を込める。
 あんなにこの趣味を知られることは嫌だって言ったのに。
「………子供っぽいって思った?」
「そうだなぁ。普段の天羽からすれば意外な趣味だが、別に子供っぽいとは思わん。むしろ面白いな。………何だ。恥ずかしい趣味だって思ってるのか」
「恥ずかしいっていうか………あんまり人には知られたくないよ」
「恥ずかしいことはないだろう。俺がそいつを買いに行って、脇に抱えて店から出てくるのに比べりゃ」
 言われて想像した。即座に吹き出した。
 まったくだ。イイ年した男があの可愛らしい店から、こんな目立つテディベアを抱えて出てくるところは滑稽ですらある。ましてや金澤には似合わないことこの上ないのに。
 金澤だってそれをよく理解しているにもかかわらず、それでも出かけていって買ってきてくれたのだ。
 天羽の為に、天羽のことを想って。
「金やん」
「何だ」
「ありがとう」
 さっきとは違う力でテディベアを抱きしめる。
「誕生日、おめでとさん」
 金澤はようやく天羽に顔を向けて、少し笑ってそう言った。

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今年初のコルダ更新になりました。そして主人公が天羽ちゃん。お相手は金やんです。実はこのカップリングは好きです。これまで書いたことなかったけど。このお題はもう早くから天羽ちゃんで書こうと思っていました。テディベアのプレゼントがあるくらいですからね。当初は主人公・香穂子でどうにか絡ませようと思っていたんですけどね。なかなかうまく行かなくて。最終的に金×天になりました。実はここまで、設定したのがもう去年の話。天羽ちゃんのバースデー創作に………ってこの段階で決めていたんですよ。ですが書かないでいる内に一年です。ということで、天羽ちゃんおめでとう! 今年はお誕生日に間に合わせてみたよ!
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