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079.冬休み(日野香穂子/冬海笙子/天羽菜美)

「香穂、お待たせ~!」
 正門前に立っていた香穂子は、天羽に手を振って応えた。
 冬休み三日目。
 昼前からヴァイオリンの練習を兼ねて学院へ出てきていた香穂子は、ばったり天羽と遭遇。練習を終えてから、一緒にお茶をしにいくことにしたのだ。
 だが、冬の日が落ちるのは早い。三時に待ち合わせたのに、既に日が落ちようとしている。陽光が雲に遮られているせいで、余計に暗い。この分だと、行く予定にしているカフェに着く頃には、街は暖かな灯りを点していることだろう。
「さって、今日は何のケーキにしようかなぁ」
 天羽は行く前からメニューを決めることが出来るほど、そのカフェを熟知している。香穂子も同じであるが。
「あれ? 冬海ちゃんじゃない」
  駅前通りまでやってきた二人の視線の先には、駅前の噴水を熱心に見つめている冬海の姿があった。
「ふっゆうみちゃん!」
 香穂子と天羽は、両脇から冬海の肩を叩く。
 どっちを向いたらいいのか咄嗟に判断できなかったのか、冬海は両方に何度も首を動かして、肩を叩いた二人を見比べる。それから、ようやく後ろを向けばいいことに気が付いたらしく、身体の向きを変えた。
「香穂先輩、菜美先輩、こんにちは」
 冬海は柔らかく笑う。
「あ~~~、癒されるわ~~~」
 天羽が笑み崩れるのもよくわかる。香穂子は同意を示して大きく頷いた。
「あの、えっと………」
「ねぇねぇ、これからお茶しにいくんだけど、冬海ちゃんも一緒に来ない?」
 戸惑う冬海をよそに、天羽が誘いをかける。
「あ、はい! 是非」
 天羽の誘いに冬海は即座に反応した。
「よし、じゃ行こ!」
 三人で連れ立ってカフェへ行くと、店内はかなり込み合っていた。店先に席が空くのを待っている人がいるくらいである。
「あっちゃー………こんなに多いとは予想外だわ」
「別のお店に行こうか」
「あの、それなら、行ってみたいお店があるんです。ここからすぐですし………どうでしょうか?」
 冬海の提案に、香穂子も天羽も一も二もなく頷いた。
 店内は暖かくそれだけでほっとする。コートを脱いで、店の奥まった席に落ち着いた。
 冬海の誘った店は、落ち着いた雰囲気の店だ。きゃあきゃあ騒ぐことを許されないような落ち着きである。しかし、居心地は良かった。席はわりと埋まっていて、そこここで会話されているというのに、うるさくない。人の喋り声の心地よさを感じる。
 テーブルは同じ形と色で統一されているようでありながら、一つ一つ微妙な違いがある。椅子もそうだ。古びた色合いの木材を使って㠁全て手作りなのかもしれない。
 オレンジ色の照明は、ギリギリのところまで明るさを絞っているようで、暗いわけでもないが決して明るいことはない。それでもこの照度は気持ちを落ち着かせてくれる。
 店内には、アンティークの小物も並べられている。ただのインテリアではなく販売もしているようだ。
「ところでさ」
 注文を終えると、声のトーンを抑えて天羽が口火を切る。
「冬海ちゃん、さっき何のお願い事してたの?」
「え?」
「ほら、熱心に噴水に向かってたじゃない」
「あ、あれは、お願い事というか、ただちょっとぼーっとしてただけで………綺麗だなって思って」
「そうなの? てっきり恋のお願いとかしてるんだと思ってたのに」
 天羽は残念そうだ。この年頃だからというのもあるのだろうが、持ち前の好奇心でもって、天羽は人の恋の話を聞きたがる。恋の話なら香穂子も聞きたいが、藪蛇になることのほうが多いので敢えて口を挟まずにいた。
 しかし、それが逆に天羽の興味を引く結果となる。
「あんたはどうなのよ。最近も順調?」
 冬海からあっさりと対象を変えて、香穂子につっこんでくる。この三人の中で彼氏がいるのは香穂子だけなのだ。その話を聞くのが相当面白いらしい。「当てられたわ」などといいつつ、結局根掘り葉掘り聞き出そうとするのだ。
「あんたんとこは波風立たなそうだしねぇ」
 報道部の彼女はゴシップ好きな一面も持ち合わせている。
「冬休みはどうしてんの? デートとかするんでしょ? どっか行く予定立ててるの? 旅行とか」
 矢継ぎ早の天羽の質問を受けてたじろぎながら冬海を見ると、冬海もまた目をキラキラさせて香穂子が応えるのを待っている。
 だが、香穂子には二人の期待に応えられる言葉を持っていない。
「どこにも行かないよ」
「えっ?」
「何で!?」
 予想通り、天羽と冬海は驚いている。
 香穂子自身、驚いているというよりこういう冬休みになるとは思っていなかったのだから、当たり前の反応だろう。冬休みが来るまでは、あちこちへ出かけたり、二年参りをしたりといろいろ考えていたのだ。
「先輩が受験生だから」
 腑に落ちたのか、身を乗り出していた天羽も冬海もゆっくりと椅子に背中を預けた。
「だから、冬休みは一切会わないことにしたの」
「ええっ!?」
 天羽は店内に響き渡る大声を、冬海は驚きで開いた口元をぱっと両手で隠した。
 大声を上げて店内の厳しい視線を受けた天羽も慌てて口を押さえる。だが、香穂子の発言には黙っていられないらしく、またテーブルに身を乗り出す。
「なにそれ、どういうこと?」
「勉強に集中して貰おうと思って、冬休みは会いませんって宣言したの」
「火原さんはそれで納得してるの?」
「多分。わかった、って言ってたし」
「いや、口ではそうかもしれないけど………」
 香穂子にもわかっている。そう言ったときの火原は途轍もなく寂しそうな表情だった。それでも、香穂子の言い分を飲んだ。何しろ自分の事だ。自分の将来がかかってくることなのだから。
「そういえば、火原先輩、オケ部にも顔を出さなくなりました」
「本格的に勉強してるってことね」
 いまいちその姿を想像するのは難しいが、少なくともこの三日、姿を見ていないどころか、一度たりとも連絡は取り合っていない。
「あの火原さんが、ねぇ………」
 天羽も勉強付けの火原を想像できないでいるようだ。
「で、あんたはどうなのよ」
「私?」
「そう。会わないって宣言しちゃった張本人だから、まさか自分から会いたいとは言わないだろうけど、本心はどうなのよ」
「どうなのよって………」
 真っ向から天羽と冬海の眼差しを受け止め、そして観念した。
「会いたいに決まってるじゃない」
 項垂れた頭をテーブルに肘を付いた手で支える。
「たった三日なのに、会いたくてたまらないんだから。先輩には我慢してって言ったけど、私のほうが先に我慢出来なくなりそう」
 練習中もお風呂に入っているときも、御飯の時もベッドに潜り込んでからも、今何をしているだろう、勉強頑張っているだろうか、メール来たりしないかな、電話こないかな、ばったり会ったりしないかな、とそういうことばかり考えている。まるっきり告白する勇気のない片思い状態に似ている。質が悪いのはその状況を作り出したのが他ならぬ自分というところだ。
「香穂先輩………可愛い………」
 小さく呟いたつもりだろうが、静かな店内では冬海のどんな小さな声も聞こえた。
「冬海ちゃんに可愛いって言われた………」
 がくっと更に頭を落とす。
「えっ、あの! ご、ごめんなさい!」
「いやいやいや、でも可愛いよ、あんた」
 天羽が冬海の後押しをする。そう言いながら、香穂子の頭を軽く撫でた。
「特に、自分からドツボにはまってるところが」
「自分でわかってるから、言わないで」
 恨みがましい目を天羽に向けると、笑っていた。
「まあまあ、そんなに落ち込まないの。私たちがいるでしょ。寂しかったらいつでも遊んであげるし、一緒に遠出も初詣も行くよ。おしゃべりだって愚痴にだって付き合うからさ! ね、冬海ちゃん」
「はい! 私、楽しみにしてますね」
「………ありがと」
 香穂子はようやく顔を上げて、二人にちょっとだけ泣いているように見える笑顔を見せた。

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コレの前に書いたのが男の子ばっかりだったので、その反動で………というわけでもないのですが。1月に書いた「除夜の鐘」の香穂子バージョンですね。それに天羽ちゃんだけを絡めるつもりでしたが、冬海ちゃんも入れたくなったので、ガールズブラボーになりました。構想だけはコルダ2の前に出来上がっていたせいではないのですが、アンサンブルのことについては一切触れていません(^_^;) 大盛り上がりのクリスマスコンサートの話をしても良さそうなものですが。しかし季節外れもホントにいいところ………。寒い感覚を思い出せなかったです、もう。


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