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096.思い出(ALL)

 エアメールが届いていた。
 抱えていた荷物を机の上に下ろしながら裏を返し差出人の名前を確認する。
 Nami Amou。
「天羽ちゃんだ!」
 もう二年近く天羽とは顔を合わせていなかった。そもそも実家に帰ったのもこの二年でお正月のみ。その時も数日しか実家に居ることはなく、天羽とも都合がつかなかった。日本との時差もあって電話で話すことも数少ないし、国際電話ではやはり長話も出来ない。手紙のやりとりも頻繁ではない。初めは生活に慣れるまでが大変だったし、慣れてくると今度は日々やることがいっぱいで返事を出すのが遅れたりしている。
 だが、こうして手紙が来るとそれはやはり嬉しい。ペーパーナイフを取ってくる間も惜しんで香穂子は封を切った。
 折り重なった白い便せんと写真が一枚。
「うわっ、懐かしい」
 便せんを広げる前に写真を見て、思わずそう口にしていた。自然と口元がほころぶ。
 フレームの中に収まっている九人の顔。ほぼ中央部分に香穂子自身が写っている。逆に天羽が入っていないのは、この写真を撮ったのが天羽だからだ。
「わっかーい!」
 この写真を撮ったのは、五年も前のことだ。だがその頃のことは今でも色鮮やかに思い出すことが出来る。
 しかし、この頃から外見的にも香穂子はずいぶん変わったと自分では思う。こうして一人日本を離れていて、一緒に写っている人たちの顔も長い間見ていないが、誰しもが変わっただろうと思う。
 香穂子以外の一人一人の名前がすぐに浮かぶ。
 学内コンクール。それが今の香穂子を作ったのだと言っても過言ではないだろう。何せ、それまでヴァイオリン一つ触ったことの無かった香穂子である。それが今やこうして日本を遠く離れてヴァイオリンを奏でている。そしてそのコンクールをきっかけとして出会った人たち。それがこの写真に写る人たちだ。
 ようやく香穂子は写真から目を離すと便せんを広げた。
 簡単な挨拶文から始まる手紙には、更に香穂子を驚かせ喜ばせる内容が書かれていた。

「志水君! 冬海ちゃん!」
 星奏学院の正門の前で天羽は反対側からやってくる二人に気づいて手を上げた。
 冬海は天羽の姿に気づくとふわっと笑みをこぼす。
「こんにちわ」
 天羽の前まで来て軽く頭を下げた。
 一方、冬海の横を歩いていた志水はぼんやりと天羽を見てゆっくりと「こんにちわ」と返してきた。相変わらずぼうっとしている。
「ちゃんと起きてる? 志水君」
「はぁ………」
 大学生になってもちっとも変わらない。少々背は伸びたようだが、簡単に中身は変わらないのだろう。
 冬海は笑顔のまま「いよいよですね」と天羽に話を振る。
 肩を超えるほどまで伸ばした冬海の髪が、彼女が動くのに合わせて揺れている。
「そうそう! 早く行かなくちゃ! いい席確保しないとね」
 そう言って、天羽は肩から提げていた重い鞄を軽く叩いた。

「天羽ちゃん! こっちこっち!」
 講堂に入って空席を探しながら三人でウロウロしていると、前方から大声で呼ばれた。声のするほうへ顔を向けて、ぶんぶんと大きく手を振っているその姿を見つける。あまりの大声に周囲の注目を浴びているのだが、意に介していない。
「火原。こんなところで大声を上げてはいけないよ」
「あ、ごめんごめん。つい」
 口では謝っているが、本気で反省はしていないようだ。天羽たちがそこへ行くまで突っ立ったままで手招きしていた。
「柚木さんも今日は見に来られたんですね」
「さすがに最後だからね。火原も絶対に来いって言うし」
 火原の横の席にゆったり座っているのは柚木である。長く整った髪は横の方で軽く結ばれている。
「だってやっぱり気になるじゃないか。それにみんなすっごく上手いんだからさ。先輩としてさ、見たいじゃない」
 天羽たちが席に落ち着くのを待って、火原も自分の席にようやく腰を据えた。それでも周りをきょろきょろと見回しているのは、他に知った顔がいないか――正確には、かつての参加者がいないかどうか探しているからだろう。
 火原も柚木も今年の春大学を卒業した。柚木は家業を継ぐ形で就職を、火原は音楽とは関係のない会社に就職する傍らでトランペッターとしてジャズバンド活動をしている。二人ともそれほど暇ではないから、こうして平日の昼間に足を運ぶのも容易ではないはずだ。
 ふっと場内が暗くなる。間もなく始まるとのアナウンスが響く。
「他の人たちは駄目だったのかなぁ………」
 火原が残念そうに言う。天羽も全く同じ心境だ。
 高校を卒業してから、それぞれの道を進み始めて、バラバラになってしまった。もう一度あの時のように、最後にみんなで写真を撮ったときのように集まることが出来たらいいと、そう思っていた。
「あ、月森先輩だ」
 通路側に座っていた志水がぼそっと言う。
 月森は階段を下って、三列ほど前に一つだけ空いている席を見つけてそこに座る。志水の横を通り過ぎる際、ちらりとこちらへ目を向けただけだった。
 大学生でありながら、既に月森は全国的に有名人だった。ルックスが良いのもあって、マスコミ側も彼のことを放ってはおかなかった。この春にはCDまで出している。テレビに出たりすることは極端に嫌がっているようだが、いずれ引っ張り出されることになるだろう。その時が天羽としてはちょっと楽しみだったりする。
「あとは土浦君と日野ちゃんだね」
 月森を目で追いながら、火原は言った。

 星奏学院学内コンクール。
 それが正式名称である。
 数年に一度のペースで不定期に行われる音楽コンクール。その開催基準、出場基準は今でも不明であるが学内コンクールとはいえ、レベルは高い。それ故にこのコンクールに出場した暁には音楽家として成功するというジンクスがついて回るほどだ。
 今年は六人の参加者がいるこのコンクール。前回は五年前、天羽が在学時代に開催された。それに出場したメンバーが今天羽の左右に、そして少し前方に座っている。月森蓮、土浦梁太郎、志水桂一、火原和樹、柚木梓馬、冬海笙子、そして日野香穂子。
 今年もそうであるが、普通は音楽科から参加者は選ばれるものである。ところがその年は、普通科からも選ばれてしまったのである。それが土浦と香穂子。ピアノをやっていた土浦はまだしも、ヴァイオリンで出場した香穂子はそれまでヴァイオリンに触れたこともないという素人だったのだ。
 ところがここで奇跡としか思えないようなことが起こる。なんとその素人の香穂子が優勝してしまったのだ。このことは今でも語り継がれているし、今後も語り継がれていくだろう。ジンクスを実現して見せた人物としても。
 その香穂子は、現在フランスに留学中。世界的ヴァイオリニストとしての期待も高まっている。自慢の友人ではあるが、彼女一人が遠い人になってしまったように感じられて寂しくもある。
 忙しいのはわかっていたが、手紙を出した。コンクールが開催されると。
 せめて最終セレクションでも見に来てくれればいいのに、と密かに思っていたがやはり難しいのだろう。
 そういうところにも寂しさを感じる。それはとても身勝手な感情だとわかっているけれど。

「う~ん。やっぱりヴァイオリンの子が優勝だったね」
「そうだね。一番表現豊かだったと思うよ。ピアノの子も上手だったけれど、少し機械的な感じがしたしね」
「おれはトランペットの子に優勝して欲しかったなー。同じトランペッターとしてさ!」
 口々にコンクールの感想を述べながら講堂を後にする。
「よう。やっぱり来てたのか」
 講堂から外へ出たところで声がかかる。
「土浦!」
「来てたんだ!」
「何だ。そんなに驚くことでもないだろ」
 日に焼けて黒い土浦がそこには立っていた。結局外部の大学へ進学した土浦は、そこでサッカーを続けている。
「月森が来てるくらいなんだから」
 土浦の視線が天羽たちの背後に向けられる。その視線につられて振り返ると月森が腕を組んで立っていた。
「これであとは日野ちゃんだけだ。それでみんな揃うんだ」
「来ていないのか、日野」
「うん………。手紙では知らせたんだけど………」
「忙しいんだろうな」
 講堂の出口付近で立ち話していては人の邪魔になると、少し横に除ける。
「おー、前回のコンクール参加者そろい踏み。何ならお前らも演奏していくか?」
 ぺたんぺたんと、スリッパを鳴らして近寄ってきたのは金澤だった。白衣も健在だ。未だ音楽教師として星奏学院にいる。その少し後ろを歩いてくるのは王崎である。
「金やん! 王崎先輩!」
 王崎は大学卒業後、音楽教師として星奏学院に就職した。今年で教師生活四年目である。そして今年の音楽コンクールの担当教師でもある。さぞかし、出場者はやりやすかっただろうと、誰しもが心の中で思っていた。
「今日は月森君も土浦君も柚木君も来てくれたんだね。ありがとう」
「お疲れ様でした、王崎先輩。大変だったでしょう?」
「うん。でもすごく勉強になったよ」
 王崎の笑顔は今も変わらず見ている人をほっとさせる。この人になら頼っても大丈夫だとそう思わせる。
「何だ。俺の時はそんな労いの言葉貰った憶えないぞー?」
 金澤が無精ヒゲを擦りながら訴える。
「あんまり世話になった憶えもないけどな」
 容赦ない土浦の返答に、金澤は少しだけ眉を動かして見せた。
「そういえば、日野さんは? 日野さんだけいないよね?」
 その場に居合わせてる顔ぶれを確認するようにもう一度見渡してから王崎が問う。
「あ、はい。彼女、どうしても都合が………」
「あー、みんな揃ってるー!」
 天羽の言葉を遮る声が遠くから届く。遠かったが充分だった。一斉に全員がそちらを向く。
「日野ちゃん!」
 真っ先に返したのは火原だった。
 カツカツとヒールが講堂まで敷き詰められた石畳を蹴る音を響かせながら駆け寄ってくる姿。
 それは思い出の中にある彼女の姿と違っていたけれど、だが日野香穂子以外には見えない。
 なぜだか体が熱い。心臓がドキリと音を立てた。
「みんな、久しぶり!」
 息を切らせて香穂子は全員の前で止まった。
「日野ちゃん、来ないのかと思ったよ!」
「ごめんなさい。空港からこっち道が混んでてちっとも進まなかったんです」
 呼吸を整えながら、香穂子が答える。
「もしかしなくても、コンクール終わっちゃった?」
「終わったわよー! おっそいよ、ホントに!」
 天羽はばしっと香穂子の腕を叩く。必要以上に力が入ってしまった。
「ああー。残念。見たかったのに! その為に帰ってきたのに」
 講堂の入り口のほうへ目を向ける。既に人の出もばらついている。
「でも、こうしてみんなに会えたから、帰ってきた甲斐はあったかな」
 香穂子の言葉にそれぞれの口にそれぞれの笑みが浮かぶ。
「少しはゆっくり出来る? こっちにはどのくらいいられるの?」
「ん~。明日の昼の飛行機で戻らなきゃならないから、そうゆっくりはしていられないんだ」
「そうなの?」
 天羽はがっかりした表情を隠せなかった。それは火原も冬海も同じだった。
 いや、きっとこの場にいる全員が同じ気持ちだっただろう。ポーカーフェイスを装っている人がいるだけで。
「それならこれからみんなで何か食べに行こうよ! それくらいなら平気だよね?」
 火原がぐるりと全員の顔を見渡した。

「あら、カホコ。もう帰ってきたの?」
 部屋の鍵を開けていると、隣のドアが開いて見知った顔が出てきた。
「うん」
「もっとゆっくりしてきたらいいのに………めったに里帰りしないんだから」
「そうだけど。今はやることがいっぱいだし、それにいっぱい元気も貰ってきたから充分なんだ」
「そーお?」
 香穂子は一つ頷くと、鍵を開けたドアから自分の部屋の中へと入った。
 机へとまっすぐに向かい、立ててあるフォトスタンドを手に取る。天羽が写真を送ってきてから、新しく買ったものだ。そこには自分が参加したときの学内コンクール参加者が揃った集合写真。
 またみんなが揃うことが出来たなんて、嬉しかった。そう、単純に嬉しかった。
 香穂子がそうであるように、みんなそれぞれにやりたいことをやっていた。高校という場を離れて、バラバラに進み始めてから、頻繁に会うことが難しくなっていった。
 これからはもっと顔を合わせることが少なくなるだろう。
 でも、同じ思い出を持っている限り、どこかで繋がっている。
 きっと、ずっと―――。


拍手[1回]




若干テーマずれしているんじゃないかと思いますが。書きながら別のアプローチがあったなと思ったり、じゃあそれは別の形で書いてみようとか思ったり。そうこうしているうちに話はどんどん長くなり収集つかなくなる始末。ま、ともかくもコルダ発売1周年記念小説ということで。オールキャラ登場させてみました。が。喋りに偏りがありますね。月森君なんか一言も発していないような気がします(気がするじゃなくて実際そうだ)。出し過ぎた………。テーマとしては、香穂子たちが参加したコンクールから五年後。久しぶりに学内コンクールが開かれることになって、それに勢揃いする過去の参加者たち。今ではそれぞれの道を進んでいて………と、いわば後日譚のような話ですね。なんかこの人たちはどういう道を進んでいるのかばっかり考えていたら、小説の方がやっつけ仕事っぽくなってしまった………。反省。香穂子ちゃんが一番大きくはばたいているのは主人公のご愛敬。月森君も負けていませんが。つっちーはどちらかというとサッカーの道を進むかなぁ、とか。志水君と冬海ちゃんは大学三年生。火原っちの就職は、なんかテレビの歌番組とかのバックバンドでトランペットやってそうなイメージを持っていたんだけど、その辺のことに詳しくないのでああいう形にしてみました。普通のサラリーマン………。うーん。柚木様は実家を継ぐので決定。あとは大人組。王崎先輩はなんとなく先生になっているような気がしたので。私立だから何もない限りは金やんもまだいるだろうと。ちなみに金やんこの時点で38歳。まだ独身っぽそう。天羽ちゃんはそのまま報道関係かライターとしての就職を決めてそう。こういうふうに将来を考えるのはちょっと楽しかったです。小説としてはもっとスマートにしたかったですけれども。


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