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君の隣で

 窓脇に寄せられたカーテンを膨らませ大きく揺らした秋風が、香穂子の髪をそっとなでていく。さらさらと揺れる一本一本の髪の毛が、手を伸ばせば届く距離にある。そのうちの何本かが香穂子の頬にかかる。
 思わず手を伸ばしそうになったが、素早く香穂子は自分で頬にかかった髪を払っていた。
行き場の無くなった加地の手はそのまま頬杖になる。
 香穂子は時折顔を上げては、黒板に書かれた文字をノートに書き写している。チョークが黒板を叩く音、平坦な調子で読み上げられる源氏物語―――午後の古典の時間は眠りを誘われて、頭を垂れている生徒も少なくない。
 その中で香穂子はきちんと前を向いていたし、加地も眠気に襲われることもなく時を過ごしていた。
 眠くなるわけがない。
 何故なら、それは隣に香穂子がいるから。
「………加地君………」
 香穂子が小声で、加地の名を呼んだ。
「何?」
「………あんまり見ないでくれる?」
 そう言った香穂子の頬がほんのり桃色に染まる。
 綺麗な色だな、と加地は思う。
「ごめん。でも、無理」
 香穂子がとうとう加地のほうを見た。その視線には困惑と幾ばくかの恥じらいが含まれていた。
「ずっと見ていたいんだから」
「~~~~~~っ」
 香穂子の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
 加地の表情は自然と綻ぶ。
「折角こうして隣の席に座ってるんだから。この特等席を利用しない手はないでしょ」
「加地君!」
 香穂子が強い口調で加地の言葉を止める。
 静かな教室で、その声がどれだけの音として響くのか香穂子は全く考えていなかったのだろう。
「日野さん?」
 教壇から投げかけられた、老教師の声に香穂子は自分の声の大きさを知る。教室中の視線が香穂子に集まっていた。うつらうつら、船を漕いでいた生徒の視線も余さず集めていた。
「あ………」
 香穂子はこれ以上なく顔を赤くして、俯いた。
「どうかしましたか?」
「い、いえ………何でもないです」
 消え入りそうな声で、教師の言葉を否定する。
「そう?」
 深入りすることなく、教師は授業を再開した。全ての視線が香穂子から外れて、そこでようやく香穂子は恨めしげに加地を見た。
 加地はそれに笑顔を返す。
 香穂子はわかっていない。
 睨まれたくらいで、止められるわけがない。
 こうして、同じ教室で机を並べているという幸運。
 父親にねだって星奏学院へ転入した。だが、同じクラスになれるという保証はなかったし、同じ学院でもう一度香穂子に会えたらいいと思っていた加地にとって、これは幸運以外のなにものでもない。
 見つめる度に新しい発見をする。
 どんな小さな事も、それは加地にとって大きな発見。
 その表情も、一つ一つの仕草も全て。
 だから。
 見逃したくない。
 全てを見ていたい。
 全てを知りたい。
 今までの香穂子を、今の香穂子を、これからの香穂子を。
 ―――君の隣で。

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めちゃくちゃ短いです。うちでは初めて幸せそうな加地を書くことが出来ました。いつも誰かしらのライバル役で(サイトに上げていたSSSはそもそもそういうコンセプトだったし、ブログでもいい目をみていません)、ちょっと哀れでしたが。この人は最初から香穂子好き全開で、火原が自分の気持ちに気がついてから香穂子好き全開にしたのとは、また違うんですよね。その辺の違いがまだよく掴めていないのですが………。ただ、香穂子としてはまず加地の気持ちに一歩引くと思うのです。それから、次第に………という感じで。だから、今回の話はまだ香穂子は加地のことを想っていないのです。実は。地→日の話ですね。


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