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第三者のほうが物事を冷静に見ることが出来るのは当たり前のこと。
熱くなっている当人がいかに空回りしているかとか、険悪な争いの中身がしょうもないことだったりとか―――誰が誰を好きである、とか。
隠しているつもりでも、見ていればわかる。自分もまた注意している人物に関わりある場合なら尚更。
それは時々もどかしくて、時々苛立たしい。
「火原さん」
森の広場で延々とトランペットを鳴らし続けている火原の背後から近寄っていった。
最近、熱心に練習を重ねている姿をよく見かける。土浦から聞いたところ、火原が同じ曲を何度も何度も繰り返して弾いているとうのはこれまでになかったことらしい。
火原の見つめる先にはっきりとした目標が出来た。
そういうふうに、何かが火原を変えた。
何かが―――誰かが?
「火原さん」
加地の声に気がつかない火原にもう一度声を掛けた。今度は音が途切れた隙を突いて。
「あっ、加地君」
大きく息を吐き出した火原は肩越しに加地の顔を見た。
「熱心に練習してるんですね」
「うん」
トランペットを持っていない手で、自分の後頭部を軽くなでる。照れくさいらしい。
「こんなに同じ曲ばっかり練習することってこれまであんまりなかったから、新鮮なんだ。やってもやっても新しいことが見つかって面白いんだよ。今までこんなことにすら気がついていなかった自分が恥ずかしいよ。楽しいって思ってるだけじゃ、こんなこと知らないままだった」
「ちょっと休憩しませんか?」
加地は紙パック入りのコーヒーを見せて、火原を近くのベンチに誘った。
「冷たくって美味しい」
一気に半分ほど吸い上げてから、火原は満足げに笑った。一方の加地はストローを刺したっきり、一度ストローを口に咥えたものの、一口も飲まないまま離す。
「火原さん」
「何?」
「ちょっとした質問です」
硬い口調になってしまわないように心掛けながら言葉を続ける。
「もし、親友と恋人を選ばなくちゃならなくなったとき、火原さんはどちらを選びますか?」
火原はぽかんと加地を見つめ返してきた。
一瞬、質問の意味を取り損ねたのだろう。
「それって、柚木か香穂ちゃんか、どっちを選ぶかってこと?」
「火原さんならそうでしょうね」
「そんなこと出来ないよ! 柚木も香穂ちゃんもどっちも大事なんだからさ!」
「わかってますって。そこを敢えて質問してるんですよ」
「えええ~~~?」
悲愴な火原の叫びは、答えに窮しているからだ。加地はそう思っていた。
だが。
「じゃあ、そうなったら、選ばなきゃいけなくなるような状況を先にどうにかするよ」
答えはすぐに火原の口から出てきた。その速さにも驚いたのだが、内容にもまた驚かされて反応が鈍った。
「おれはどっちかを選ぶなんて器用なことできないし」
「そうですか」
ようやく出てきた加地の言葉はそれだった。それくらいしか返せない自分が可笑しくなって、笑いが込み上げてくる。
火原が、どちらかを選べないことは最初からわかっていた。それでも訊いてみたかったのだ。
それは、ちょっとした意地悪―――。
それなのに、意地悪にもなりはしなかった。最初から、無意味だったのだ。
「あれ? なんで笑うの?」
真剣な顔をして火原が困っている。
(それなら、少しは目的を果たせたかな?)
ひと目見たときからずっと気になっていた。その音を耳にしてから忘れられなかった。 ようやく再会できたのに、それは加地にとって余りにも遅い再会だった。
この持て余した気持ちの行き場をどこかにぶつけたくなっても仕方があるまい。これくらい、許して貰いたい。
(これくらい許されてもいいよね)
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