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「パッヘルベルのカノン………いいですね」
志水は微笑んだ。
「カノンって面白いですよね。同じフレーズを追いかけっこしていくだけなのに、あんなに綺麗な曲になっていく………。その中でチェロは一つのフレーズをずっと繰り返すだけですが」
「じゃあ、今度のコンサートではそれでいこう」
加地が軽く香穂子の肩をぽんぽんと二度叩く。
「うん!」
香穂子はホッとして笑顔を浮かべた。
カノンを弾こうと言い出したのは香穂子だった。この間、校内で音楽科の生徒がカノンを演奏しているのを聴いてからずっと自分でやってみたかったのだ。何しろ一人では成立しない楽曲である。ヴァイオリンが二人、ヴィオラとチェロが各一人、最低でも必要だ。
「あとヴァイオリンが一人必要だけど………もちろん心当たりはあるんだよね」
そう言われて、浮かべていた香穂子の笑みは萎んでしまう。
「どうしたの?」
「心当たりはあるんだけど………実は断られちゃってて。他の人もまだ見つかってないの」
「月森先輩はどうでしょう?」
志水が問う。
「断られたのが月森君だったの」
「そうでしたか。それは残念でしたね」
ため息混じりの香穂子の声に、あまり残念とは思えないような口調で返事をしてくれる。
「月森君ねぇ………月森君じゃなきゃ駄目なの?」
加地は腕組みをして香穂子を真正面から見つめている。その眼差しが思いの外鋭くて、香穂子は驚く。いつも穏やかな表情をしている人にこんな一面があったとは知らなかった。
香穂子が驚いているのに気がついたのか、加地は相好を崩した。
「ヴァイオリンは他にもいるでしょ」
「うん。だけど、折角だから月森君ともやってみたかったんだ。こないだのコンサートでも一緒に演奏できなかったし。月森君の演奏は聴いててもいいなぁって思うんだけど、一緒に演奏すると、なんていうのかな、自分の中からいつもと違う何かが引っ張り出されて、それで楽しい演奏が出来るんだ」
「そう………じゃあさ、僕から話してみようか」
「ええ!?」
「日野さんの話を聞いてたら、僕も月森君と一緒にやってみたくなったからさ」
加地はにっこりと笑った。
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