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うっかり、机に突っ伏して寝ていたかなでは、すぐ傍で携帯電話が震える音で目を覚ました。
「う~~~………」
開ききっていない目を擦りながら、携帯電話を手に取る。サブウィンドウには、メールの着信を知らせるライトが点滅していた。
携帯電話を開いてメールを開く。
『ハピバ!!』
絵文字の付いたタイトルに、デコレーションで賑やかなメールが目に飛び込んでくる。誰なのかと考えるまでもない。こういうメールをくれるのは水嶋新だ。
それでようやく思い至る。
明日は誕生日だ。
(………………ん?)
時計を見ると、午前零時を僅かに過ぎたところだ。どうやら新は、日付が変わった途端、メールを送ってきたようだ。こういうマメさはさすが新だなぁと思う。
『ありがとう』
すぐにメールの返信を打ち始めたかなでだったが、その耳に今度は聞き慣れない音が飛び込んでくる。
最初はちょっと遠慮がちだった。しかし、暫くするとコツンコツンと部屋に響くほどの音になる。
その音が窓から聞こえることに気付くまで、五分ほどかかった。
「なんだろ………」
携帯電話を置いて、椅子から立ち上がる。窓のほうへ歩み寄って、そのままガラス越しに外を見ようとぐいっと窓ガラスに顔を近づけた。
外灯ももう消えてしまっているし、そもそも女子寮はニアとかなでの二人しかいない。外は真っ暗だった。かなでの部屋から零れる灯りが寮の庭の一部分だけをかろうじて照らし出しているような状態だ。
そして、その朧気な灯りの中に―――。
「蓬生さん!!」
窓を開けないままで叫んだのに、声が届いたのだろうか。元々こちらを向いていた顔に笑みが浮かぶ。それから、ひらひらと手を振ってくる。
「えええ!? 何で!?」
叫びながら、窓をガタガタと開ける。
「蓬生さん! どうしたんですか!!」
「かなでちゃん、夜中だから静かにせんとあかんよ」
唇に人差し指を当て、穏やかに注意を促すのは土岐蓬生に間違いない。だが、彼は今神戸にいるはず―――。
バタバタと、床に転がっていたクッションを蹴散らしながら、部屋を飛び出し床に穴を開けそうな勢いで階段を下りていく。玄関から飛び出すと、そこに蓬生が立っていた。
「おでこまるだしや」
「ふえっ」
蓬生が優しくかなでの前髪を元の位置へ戻す。その際にさっと触れていった指先にドキッとする。
「寝てたのを起こしてしもたかな?」
最後の一払いを名残惜しそうに指から滑らせながら、蓬生が訊く。
「起きたところだったから………」
「寝てたんやないの」
蓬生は苦笑いを見せる。
「そうじゃなくて、その前にメールが来たから」
「メール?」
苦笑いがちょっと意地悪そうなものに変わる。
「なんや、先越されたんやね。どうせ、至誠館のほうの水嶋やろ」
「すごい………どうしてわかったんですか?」
「そんなん、予想のうちや。でも、誕生日に一番最初に顔を見たのは、俺や」
極上の笑み。その笑みに、かなでは顔を赤くする。
何だか照れくさくて、急いで言葉を探す。
「蓬生さんって意外と負けず嫌いなんですね」
「負けず嫌い? そんなんとちゃうよ。小日向ちゃんが好きやから、飛んできたんやん」
ドクドクと心臓が跳ね始めていた。
(どどどどどうしたんだろっ。蓬生さんがなんかなんかすごく積極的だよ!)
「ああ、そや。プレゼントがあるんよ」
ドキドキする余り、少しずつ挙動不審になっていくかなでを他所に、蓬生はのんびりと自分の上着のポケットから小さな包みを取り出す。綺麗にラッピングされたそれを、かなでへと差し出した。
差し出されるままにかなではそれを受け取る。
「ありがとう、ございます………」
かなでの手のひらにもすっぽり収まってしまう小さな小箱。
「開けてみてもいいですか?」
「もちろん、ええよ」
リボンをほどき、箱を開ける。
「わぁ………綺麗」
それは、ステンドグラスのストラップ。
赤と黄色と緑とをバランス良く合わせて、薔薇が作り上げられている。薔薇の形のストラップは、周りの少ない灯りを受けて、それでも煌めく。
「喜んで貰えて良かったわ。本当はアクセサリーを贈りたかったんやけどな。学校には着けていかれへんやろうし、そうなったら小日向ちゃんのことやからしまったままにしてしまうやろうと思って、ストラップにしてん。そしたら、携帯に付けて、いつでも持ち歩いてくれるやろ」
好きな人から貰ったアクセサリーをしまい込んだままにするほど間抜けではないと言おうと思ったが、それだとアクセサリーをねだっているみたいなので、反論しないでおいた。それに、嬉しいことに変わりはない。
「小日向ちゃんのことを想うて、作ったんよ」
「え!? これ、蓬生さんの手作りなんですか!?」
あまりに驚いた顔だったのだろう。蓬生が声に出して笑う。
「それくらいの気持ちで選んだんよ」
「………………もう、久しぶりに逢ったのに!」
久しぶりに逢ったのに、蓬生はいつものようにかなでの事をからかってばっかりだ。
そうして、ふと気がつく。
(そっか………)
逢うのは久しぶりなのだ。夏休みの一ヶ月は毎日のように見ていた顔なのに。それからは、滅多に逢えない。逢っていない。新幹線であっという間なんて言うけど、やっぱり神戸までは遠くて。
その距離を、誕生日だからと来てくれた蓬生。
「………………すごく、嬉しいです」
貰ったプレゼントに視線を落として、小さく伝えた。
何だか。
涙が出そうだ。
嬉しいからだと思うが、それだけじゃない気がする。
「なんや、切ない気分やな」
顔を上げたら、蓬生は見たことのない笑みを浮かべていた。
切ない。
蓬生の言った言葉がすとんと、かなでの真ん中に落ちてくる。
嬉しいのに、それなのに、胸が苦しい。
「泣いたらあかんよ」
今にも零れそうな涙を、その言葉で堪える。
「そんなん、泣かれたら、あかん。連れて帰りとうなる」
けれども、それは出来ないことなのだと、かなでも蓬生もわかっている。
「ほら、わろてや。小日向ちゃんはわろとるのが一番なんやから」
「じゃあ、蓬生さんも笑ってくださいね」
不意を突かれたのか、蓬生の顔から表情が一瞬だけ消える。だが、その後はすぐさま笑顔になった。
「ホント、敵わんわ、小日向ちゃんには」
蓬生はそう言う。
だけど、敵わないのはかなでのほうだ。
誕生日だからと、午前零時にやってくるなんて。それで、こんなにも喜ばせてくれて、切ない気持ちにもさせてくれる人なんて、そうそういない。
「そや、言い忘れとったわ」
こっそりと目尻に残る涙を拭うかなでに、蓬生は更に言う。
「誕生日おめでとう」
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