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つよがりな彼女

「ほら、行ってこい」
 ぽんっと軽く香穂子の背中を押した。押されるにまかせて、香穂子はお化け屋敷の入り口の前に立つ。そこで一度だけ土浦を肩越しに振り返ったが、にやっと笑ってみせるとそれを受けて、暗幕をくぐって入っていった。
 入り口だけではなく、教室の内部は全て暗幕で覆われている。一片の光も差し込まないように細心の注意を払っている。一室だけをお化け屋敷にしているし、そこには驚かす役目を果たすクラスメイトたちが潜むスペースも必要だから、さほどの大きさではない。五分もあれば一周してしまうだろう。ただ、その五分の中に手を掛けた仕掛けを盛りだくさんで用意している。作りとしては満足の出来だ。そして、評判も。
 土浦は、出口が正面に見える位置で廊下の壁に凭れ、香穂子が出てくるのを待った。
 廊下は、ひっきりなしに人が行き来する。外部からの客も出入りして、賑やかなことこの上ない。もともと各教室で行われている催しも賑やかだし、目を楽しませるために多彩に彩られて見た目にも賑やかだ。華やかさに浮き立つ校内。毎日の殆どを過ごしているこの場所が、非日常に侵されている。この非日常が目眩を起こしそうなほどの高揚感を生み、学院祭は更に盛り上がる。
 しかし、悪くない。
 たまにはこんな雰囲気もいい。
 背中にある窓は今日は解放されている。秋晴れの今日は少し風が冷たいと感じていたが、この空気にはちょうどいい。それに、太陽の光は背中にぬくもりを与えてくれる。
 腕組みしてその心地よさを味わっていた土浦は、正面に香穂子の姿を見つけて、その腕を解いた。
「よう。どうだった?」
 作り手として、このお化け屋敷は満足の出来だ。
「うん、面白かったよ」
「そっか。なら良かった。お前こういうの平気なんだな」
「へっちゃらだよ」
 へにゃっと香穂子が笑って頷く。
「ならさ、もう一つお化け屋敷、行ってみないか?」
「え?」
「他のクラスでもやってるところがあるんだよ。そっちはうちと違って日本っぽいやつなんだけど、敵状視察も兼ねて見てみたいと思ってたんだよ」
「そうなんだ」
「さ、行こうぜ」
 土浦は香穂子の肩を押して、歩き出した。
 もう一つのお化け屋敷は普通科の三年生がやっていた。近づいていくと、中からけたたましい悲鳴が聞こえてきた。入った客の声なのか、それとも驚かすための効果なのかよくわからないが、大音量だ。香穂子がびくっと肩を揺らしたのがわかった。
「すげぇな」
 待ち受けている入口も何故かおどろおどろしい。ご丁寧に不気味なBGMまで付いている。
「お二人様ご案な~い」
 入り口に立っていただけなのに、さっさと押し込まれてしまった。
 中は真っ暗だった。足下すら覚束ない。
(覚束ないのは、足下が安定していないからか)
 床を踏んでいるんじゃない。
 何かふわふわしたもの―――これはスポンジか?
「日野」
 歩き出した土浦の後ろから香穂子が付いてくる気配がなかったので振り返ったが、入り口を離れてもいないというのに、本当に真っ暗で何も見えない。目もまだ慣れていない。 ただ、気配だけが香穂子の存在を気づかせてくれる。
「行こうぜ」
「うん………わっ」
 香穂子はこのふわふわした床に足を取られたらしく躓いたようだ。
「おい、大丈夫か」
「うん、だいじょ………っきゃああああああああっっっ!!!」
「!!!」
 気遣う言葉に返ってきたのは、耳をつんざくような悲鳴だった。
「日野!!」
「いやああああっっ!! な、なんか、触っちゃった!! いやああああああっっ」
 悲鳴は土浦の横をすり抜け、そのまま勢いよく何かに体当たりしてまた悲鳴を上げる。その悲鳴はどたんという物音と別の叫びと重なっていた。
「おい、日野!」
 慌てて近寄って香穂子の肩に手を掛けたが、暗がりだったせいか目測を誤ったらしい。土浦の手のひらに触れたのは頭だった。低い位置に頭がある。
 しかし、香穂子にとっては、今自分に触れている手が土浦のものだとはわかっていないらしい。それどころか手だとも認識していないようだ。
「―――――っっっ!!!」
 声に成らない悲鳴を上げて、香穂子はもがいてバタバタと突き進もうとしている。
 ………多分、通路を破壊しながら。
「まさか………」
 土浦は今更知る。
 しかし、今はそのことについて思いを巡らせている場合ではない。香穂子を追わなくては。


「………ほら」
 謝り倒してお化け屋敷を離れた二人は森の広場のベンチに座っていた。賑やかな騒ぎもここまでは押し寄せてはいない。
 遠くに聞こえる賑やかな音以外はいつも通りの様相だ。
 冷たいジュースを香穂子に差し出すと、香穂子は小さく「ありがとう」と言って受け取った。
「ったく。怖いなら怖いって言えよ。………って、俺がちゃんと聞かなかったせいか。悪い」
「ううん………」
 笑おうとしたのだろうが、お化け屋敷から逃げることに全力を使い果たしたのか、香穂子はそんな余裕もないらしい。
「だって、土浦君楽しそうだったし………水を差すの悪いし」
「何変な遠慮してるんだよ」
「遠慮とかそういうんじゃないんだけど。土浦君のところのお化け屋敷は何とか大丈夫だったんだよ。怖くなかったわけじゃないけど。それに土浦君が参加してるんだもん。見てみたかったし。でも、その次のはもうダメだった」
 香穂子ははあーっと大きく息を吐いた。
 その頭を二回軽く叩く。そして手は載せたままにする。
「俺に無理してみせてどうするんだよ………悪かったな。気づいてやれなくて」
 土浦の手の下で香穂子は小さく首を振った。
「でも、意外だな。怖いもの知らずだと思ってたからさ」
「そんなことないよ」
 恨めしげな目が前髪の間から見えた。それが可笑しくてつい笑ってしまう。
「笑い事じゃないのに………」
「悪い悪い。………でも、癖になりそうだ」
「え?」
「時々さ。お化け屋敷行こうぜ。遊園地とかにあるだろ」
 そう提案したら、頭に置いたままの土浦の手を外す勢いで頭を上げて、とても情けない顔を晒した。
 それがまた土浦の爆笑を誘う。
 からかわれたことに気がついて、香穂子は頬を真っ赤にすると、ぷいっと顔を背ける。
「大丈夫だって。………今度は手を繋いでてやるからさ。そうしたら、少しは怖くないだろ」
 笑いを堪えながら、土浦は香穂子にそう提案する。一度は離した香穂子の頭にまた手を載せながら。

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これは土浦との文化祭イベントから浮かんだもの。選択肢で「へっちゃら」と答えると親密度アップするんですが、マンガコルダの香穂子はめっちゃお化け屋敷怖がってたじゃないですか(そして可愛かった!)。あまつさえ土浦は心配していたじゃないですか。ということで、ここでやせ我慢している香穂子だといいなぁと思ったところから書いた話です。

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