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「おっはよう!」
香穂子は自宅の玄関を飛び出すと、迎えに来ていた土浦の横に並んだ。
「おう。行くか」
四月。今日は始業式。香穂子たちは最上級生になる。
「うう~。緊張するねぇ」
「何が」
「クラス替え!」
「あぁ……」
力強く言った香穂子に、土浦は気の抜けた返事をする。
「あぁって! もー。クラス替えだよ!? 同じクラスになれたらいいとか、クラス違っちゃったら寂しいなぁとか思わないかなー」
香穂子は口を尖らせた。
「そんなの、どうでもいいけどな」
相も変わらず土浦はそっけない。それが香穂子にはつまらない。
サッカーをしている時や、スポーツ観戦をしている時の土浦はそれに夢中になるあまり熱くなっているし、ピアノだってあんなに情動的な音を出すのに。
「どうでもよくないよ。高校最後の一年だもん。行事だって一緒に参加したいし、授業中の土浦君とか見てみたいし、学校生活一緒に過ごしたいよ」
「…………別に、行事は一緒に参加できるだろう。授業中の俺なんて別に見るものでもなし。同じクラスじゃなくたって学校生活は一緒に過ごせるだろ」
学校近くの交差点まで来ると、星奏学院の生徒たちがわらわらと歩いているのが目に付く。その人々の中、香穂子は「それじゃ駄目なの!」と声を上げた。思った以上に声が大きくなりすぎて、視線を浴びる。
だが、土浦のあまりのそっけなさにだんだん腹が立ってきた香穂子はそのことに気付かない。
「もうっっ」
ぷくっと頬を膨らませた。自然と足早になる香穂子に土浦は難なくスピードを合わせると、一緒に正門を通った。
桜は早くも散り始めていて、正門前は桜の花びらで絨毯が出来るほど。毎日毎日掃除をしても追いつかない。今正門前を通る間にも花びらはひらひらと宙を舞い、そのうちの一枚がふわりと香穂子の髪の毛に引っかかる。
それに気付いた土浦は指を伸ばしたが、背後から「おっはよー!」と今日もテンションの高い声がしたので慌てて引っ込める。
後ろを振り返ると、天羽が走り寄って来るのを見つけた。
「おはよー」
「二人とも今から掲示板見るの?」
天羽が香穂子の横に並ぶと、再び歩を進める。土浦は一歩分遅れて二人の後に続いた。
「同じクラスになってたらいいねー」
「ねっ。そしたらきっと楽しいよね!」
天羽が香穂子と同じように思ってくれていたのが嬉しくて、香穂子は笑顔で大きく頷いた。
「土浦君ったらねー。どうでもいいって言うのよ!? クラス替えなんてどうでもいいって」
「へーえ?」
天羽がやや後ろの土浦をちらりと振り返る。その目と口調に含みがあるのは土浦の気のせいではないと思う。それに対して土浦は僅かに眉を上げただけだった。
エントランスの外にクラス分けが書かれた大きな紙が貼り出されている。既にそこには人だかりが出来ていた。前の方へ近寄るのもままならない。
「あー。出遅れたわねぇ」
天羽が背伸びをして前の方を窺う。香穂子はその横でぴょんぴょん跳ねている。
「見てやるよ」
身長が人より高いうえに、視力もいい。ここは土浦の出番だった。
少し人を掻き分けて前へ進むと、目を凝らす。
頭一つ周りから付き抜けている土浦の後頭部を香穂子と天羽はじっと見つめていた。
「ドキドキするよぅ……」
香穂子の手は自然と胸に当てられている。
「入試の時よりもドキドキするー……」
「コンクールの時よりも?」
「うーん? うん」
天羽は思わず笑みを漏らした。
「おーい、土浦くーん! まだー?」
「そんなにすぐ全部が見れっかよ」
肩越しにさっと振り向いてそれだけ返すと、再び前を向く。
それからそう時間を置かずに、土浦は人だかりの後ろで待つ香穂子と天羽の元へと戻ってくる。
「どうだった!?」
真っ先に香穂子が訊いた。
「お前は一組。天羽と俺が四組」
「えええ―――――っ!!」
香穂子の叫びがエントランス前に響き渡る。
「あらら………」
天羽が気の毒そうに香穂子を見た。
「嘘だぁ! 土浦君意地悪してるでしょ!」
「するか、そんなもん」
土浦は低い声で即座に否定した。
「わたし見てくるっっ」
「あっ、香穂!」
止める間もなく、香穂子は人だかりの中へ飛びこんでいった。
ぎゅうぎゅうに押しつぶされながら、一番前へと踊り出る。
「絶対、意地悪してるんだ………」
ぶつぶつ言いながら、一組から名前を目で追っていく。
「あった……わたしの名前だ」
だが、同じクラスの中に土浦の名前はなかった。何度見ても同じだった。
「…………嘘ぉ……」
既に半泣き状態である。
視線を転じて、四組のほうを見る。天羽菜美。土浦遼太郎。そこには確かに二人の名前があった。
肩を落としてなんとか人ごみを抜けると、二人のところへ戻る。
「やっぱり違ったよぅ………」
ぐすっと鼻をすする香穂子の頭を、天羽はよしよしと撫でてやった。
「だから言った通りだろう。こんなこと嘘ついてどうする」
容赦ない言葉を浴びせ掛けるのは土浦である。だが、それに反論す気力も香穂子にはなかった。
天羽と一組まで届けられて教室に入っていった香穂子を見送ると、四組へと足を向ける。
「目が怖いよー、土浦君」
横目で天羽を見たら、ニヤニヤ笑っていた。
「素直じゃないなぁ。土浦君だって香穂と離れるの嫌なくせに」
「………………んなこと、うだうだ言ってもしょうがないだろう」
「あはははは! いやー、一年間面白くなりそう! 香穂がいなくて調子崩してる土浦君がつぶさに観察出来るわ」
じろっと土浦は天羽を睨んだが、天羽は平然としていた。
「よっし。いろいろ観察して、しょげてる香穂に報告してあげようっと」
「止めろ!」
素早く制止したが、それを聞き入れるような天羽ではない。
「おっ。いいね、その反応! でも、これくらいいいでしょ。香穂だって寂しいんだからさ」
香穂子の名前を出されて反発出来なくなる。
それに、土浦だってクラスが離れてしまったことを、かなり残念に思っているのだ。
同じクラスになれたらいいと思っていた。そしたら運動会だって文化祭だっていろんな行事を一緒に参加できる。ああいうのはほとんどクラスでの参加になるから、準備や練習だって一緒に行える。面倒だと思うけれど、それも香穂子とだったら楽しい時間になるはずだった。
授業中の香穂子を見てみたい、と土浦も思っていた。いや、授業中に限らず、ずっとだ。クラスが違えばやはり見えない部分がある。それがもどかしいと、去年充分思い知った。
「ま、しょうがないよね。一年頑張りなよ!」
ばん、と力いっぱい背中を叩かれて、土浦は「そうだな」と頷くと四組の教室へと踏みこんだ。
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