忍者ブログ
  ▼HOMEへ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

015.セーラー服

 飲み物を用意して部屋に戻ると、香穂子が本棚の前にかがんで、一番下の段に収納していた中学の時のアルバムを引っ張り出そうとしていた。
「勝手に漁るなよ」
「見ていい?」
 アルバムを手にした香穂子はにっこりと表現したくなる笑顔を見せて、土浦におねだりする。ここでダメだと言っても構わず見るであろうことが容易に予想できるので、土浦は無言で頷いた。香穂子の傍と、自分の前に即席のカフェラテが入ったグラスを置く。
 この部屋にはエアコンが効いているが、キッチンからここまで来るまでの間に、グラスは結露していた。露が静かに下に向かって流れて、床の上に丸い円を描き始める。
 香穂子は最初のページにある学年全員が集合している写真に目を走らせている。
「あ、土浦くん発見!」
 床にアルバムを広げて、指さした先には確かに土浦の姿があった。
 見つけるのが早い。
 それは土浦にとって少し嬉しいことだ。
 百五十人以上いる同級生たちの中から、さほど苦労することもなく土浦の姿を見つけた香穂子が、自分のことを特別だと思っていてくれていることの表れのようで。
「この頃からもう背が高かったんだねー。周りの人より頭一つ飛び出てる」
 土浦はムッとした表情を隠すようにグラスを煽った。
 特別だったのは、香穂子の気持ちではなくて自分の背の高さだったということか。
 浮き上がった気持ちは、グラスの中の氷のように底へと沈んでいく。
「さて。土浦君はどこのクラスなのかな」
 クラス別に個人の顔が並んでいるページへとすすむ。
「あはは! 畏まってる! 怖い顔~」
 香穂子が声を上げて笑う。
「何がおかしいんだよ」
「だって、そんなにカメラを睨みつけなくてもいいじゃない。みんな怖がるよ」
「うるさい」
 仏頂面は元からだ。
 今、土浦の顔は写真の中の顔と同じ表情になっていた。
 一方、土浦をそんな表情にさせた張本人は、食い入るように写真の土浦を見つめている。
「やっぱり少し今より幼い感じかなぁ………。でも小学生の時の可愛さはないね」
 そういえば、香穂子には小学生の頃の姿を見られているのである。こちらは香穂子の以前の姿を何一つ見たこともないというのに。不公平だ。
(後で小学校のアルバムを探してみるか)
 同じ小学校だったのだから、香穂子も載っているはずだ。そのことに何故今まで思い至らなかったのだろう。
 ちなみに、今探さないのは、それもまた香穂子にネタにされて笑われそうな気がするからだ。
「あ………」
 香穂子の視線は土浦から動いていた。
 小さな呟きは、あんまり嬉しい気持ちは込められていなかった。少し気落ちさえしているようだ。
 それに気がついて、わかった。
 香穂子が何に反応したのかを。
「………………………」
 香穂子が今見ているのは、かつて少しの間だけ土浦と付き合ったことのある同級生だった。ひょんなことから、香穂子と彼女は顔見知りとなったのである。彼女のことを見つけ出すのも当たり前だ。ましてや、同じクラスだったのである。
「昔っから可愛かったんだね」
 土浦は敢えて何も返さなかった。
 肯定も否定も、香穂子の前では出来なかったからだ。
 可愛いといえば、香穂子のほうを可愛いと思う。香穂子には言わないけれども。だが、それを今口にしても香穂子はきっと心から嬉しいとは思わない。複雑な気分になるだろう。芯がしっかりしていて、ぶれないように思える香穂子だけれども。
「セーラー服なんだね」
「お前んとこは、ブレザーだったんだよな」
「そう」
 香穂子の視線は写真の上から離れない。
「………私も、セーラー服着たかったなぁ………」
 小さく漏らした言葉。
「何だ。今のだってセーラーついてるから、セーラー服だろ」
 そう返したら、上目遣いで睨みつけられた。
「………………」
「なんだよ」
「そういう意味じゃないもの」
「何が?」
「わかんないならいい」
 香穂子はぷいっと顔を背けて、熱心にアルバムのページを繰り始めた。
 土浦は黙って、その指の動きを目で追う。
 ―――本当は、わかっている。
 香穂子が何を思って、セーラー服を着たいと思ったのか。
 星奏学院の制服ではなく、土浦が中学時代を過ごした学校の制服を着たいと、言っているのだ。
 それはつまり、土浦と同じ中学に通いたかったということ。
 土浦は、広げているアルバムの真ん中に、手をついた。
 視界を邪魔されて、香穂子が顔を上げる。
 土浦から香穂子に顔を寄せた。そして、その柔らかい唇に自分の唇を重ねた―――。

拍手[1回]








「制服を着たかったな」というセリフがぽんっと浮かんで、一気に書き上げました。土浦がちょっと積極的。たまには香穂子より上手なのもいいよね。最近は書く度に香穂子に振り回されてばっかりだったから………。

 


PR

Copyright © very berry jam : All rights reserved

「very berry jam」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]