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「土浦くーん! 見て見てー!!」
大きな声を上げながら、廊下の向こうから走ってくるのは香穂子である。
放課後。サッカー部の部室へ向かうために教室を出た土浦は足を止めて背後を振り返りながら、その姿を確認した。
だが、いつもと違う雰囲気の香穂子に掛ける言葉を失う。
「えへへー。似合う?」
土浦の目の前で立ち止まった香穂子は、くるりと回ってみせた。ポニーテールにした香穂子の髪がその動きを追う。
「何だ、その格好」
ようやく出てきた言葉はそれだった。
香穂子は制服姿である。しかし、それは見慣れた星奏学院のものではなく、真っ黒でしかも男物。つまりは学ラン姿なのである。
香穂子の体に合わせて作ったものではないのは明らかで、肩の位置は合っていないし、袖も指先まですっぽり隠れている。ズボンの裾など折り返している。
似合うかと聞かれれば、返答に困る。似合わないわけではないが、似合っているとも言えない。いつもと違う雰囲気になってしまっているので、若干戸惑いもある。
「応援合戦の服だよー」
香穂子はぱっと両腕を広げた。
「あぁ………そうか」
一週間後に体育祭が行われる。学年を縦割りにしてチームを作る。つまり、各学年の一組が一チームということになる。自然、土浦と香穂子はクラスが違うので別のチームになる。
当初、香穂子はそれを大変残念がっていたのだが、今はそれほど気にしていないようで、練習や準備に張り切っている。
練習や準備で張り切っているのは何も香穂子だけではなく、久しぶりのイベントに校内が沸き立っていた。こうして香穂子と離している間にも、その横を段ボールを抱えた男子が歩いていたり、全速力で駆けていく女子がいたりする。それぞれの教室からも賑やかな声が聞こえている。
「これで、フレーフレーとかやるんだよ! 詳しいことはライバルだから教えられないけど、本番楽しみにしててね。絶対カッコイイから!」
香穂子は得意げである。
ぶかぶかの学ラン姿で言われてもあまりカッコイイとは思えないのだが、応援合戦については香穂子に言われずともちゃんと見るつもりでいる。
それよりも、今は別のことが非常に気に掛かっている。土浦は少し迷いながらも、そのことを口に出した。
「それは、借り物なのか?」
一瞬何のことを言われたのかわからなかったのだろう。香穂子はきょとんとしてから「ああ」と納得したように笑った。
「うん。そうだよ。一年生の男の子がこないだまで着てたのとか、大事にしまわれたのとか。だって、うちには男兄弟いないから借りてこれないし」
やはりというか、予測は出来ていた。だが実際それを香穂子の口から聞くと、内心穏やかでなくなる。
香穂子が着ているのは、土浦が誰とも知らない男の制服。
香穂子を自分の気持ちでがんじがらめにするつもりは毛頭無いが、嫉妬心というのはどうにもならない。それを表に出すのは、非常に抵抗があるので何でもない振りをするけれども。
「ちなみに私のは火原先輩のなの。先輩、中学生のときはそんなに身長高くなかったんだって。それでもこんなにぶかぶか」
そう言ってぶらぶらと腕を振っている。
「何で火原先輩から?」
心持ち声が低くなったような気がしたが、香穂子は気づかなかったようだ。
「うん。ちょっと前に応援合戦の話をしたら、じゃあ俺の貸してあげるよって言ってくれたの」
「ちょっと待て」
「何?」
「火原先輩には応援合戦の内容を話したのか?」
自分にはライバルだからと詳細を教えてもくれないのに。
「だって、先輩は体育祭出ないし。でも見に来てくれるらしいから、そこまで詳しくは教えてないよ」
あっけらかんと言う香穂子に、土浦は沸き上がる情動を抑えるので必死だった。
その間に香穂子は「じゃ、練習があるからまた放課後ね!」と手を振って走り去っていった。
翌日。
朝の登校は土浦が香穂子を迎えに行くことから始まる。
「おっはよう!」
香穂子は土浦の顔を見ると真っ先に笑顔で挨拶をする。
土浦もそれに返したが、殆ど条件反射でしかなかった。さっさと挨拶を終えると、鞄と一緒に提げていた紙袋を香穂子の目の前に突き出す。
「なあに?」
白く大きな紙袋を押し付けるままに受け取った香穂子は、土浦の顔を見上げる。
「俺のを貸す」
「え? 何を?」
聞き返しながらも紙袋の中を覗いた香穂子は、そのまま言葉を失う。
紙袋の中に入っていたのは、制服だった。黒い男物の制服。
学ランがきちんんとたたまれている。
「これ………?」
「それを着ろ。お前には大きすぎるかも知れないけどな」
土浦には弟がいるため、お下がりに出来るよう中学の制服を取っていたのであるが、残念ながら弟は土浦ほど大きくはならなかったので、結局新調することになって土浦の学ランはクロゼットの奥にしまい込まれていた。
それを昨夜探し出してこうして持ってきたのである。
香穂子は袋の中身と土浦の顔を交互に見た後、にこっと微笑んだ。
「うん。わかった」
大事そうにその紙袋を抱え笑っている香穂子を見て、土浦も表情を和らげた。
だが笑顔で向き合っているうちに何故だか急に恥ずかしくなってきて、「行こうぜ」と慌てて香穂子から視線を逸らし歩き出す。
(余裕、ないな………)
照れ隠しのせいで早くなる歩調に、香穂子が追いついてくるのを背中に感じながら、土浦は苦笑していた。
隣に並んだ香穂子が土浦の顔を下から覗き込んで「何笑ってるの?」と訊いてくる。
香穂子の頭をぽんと軽く叩く。
「何でもない」
こんな些細なことで嫉妬していたなんて、みっともなくてまかり間違っても香穂子には言えない。
土浦は苦笑とは違う笑顔でその気持ちを隠すと、もう一度香穂子の頭を軽く叩いた。
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