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「暗い顔してなんだよ」
待ち合わせのエントランスで見つけた香穂子は冴えない表情をしてベンチの一つに腰掛けていた。頭上に暗雲が垂れ込めているような気さえして、今日晴れてたよな、と思わず天気を確認したくなったくらいだ。
「だって………」
ようやく長い試験週間から開放され、夏休みまであと僅か。心浮き立つこの時期だというのに、この暗さはいったいなんだ。
「試験の成績が悪かったのか?」
がくりと香穂子の肩が落ちた。土浦の言ったことは図星だったらしい。
「がったがた」
「………まぁ、予想できないことでもなかったがな」
香穂子を見つめているとなんだか哀れに思えてきて、軽く天井を仰ぐ。
「そうだけど………予想以上だったんだもん」
学内コンクールを終えた後も、香穂子は熱心にヴァイオリンの練習を重ねていた。将来その道に進むことを考えているのかと尋ねたことがある。そのときの答えは「わからない」だった。今はただヴァイオリンを奏でることが楽しい、それだけで続けているのだと。これから先はどうなるのかわからない。だから、音楽科へ転科しないかという打診も断っていた。
「ちょっと見せてみろ」
「へ?」
のろのろと香穂子が顔を上げる。
「成績表」
「やだ!」
さっきまでの弱々しさを吹き飛ばすような、即答。
「恥ずかしいもん」
「今更、恥ずかしがることでもないだろ」
「だって、土浦君が見たら絶対鼻で笑うし」
「………お前、いったい俺をどんなふうに見てるんだ」
香穂子はしぶしぶ、バッグの中から成績表を取り出す。何も言わずそのまま土浦に手渡した。
無闇に折りたたまれた成績表を広げて、土浦は言葉に詰まる。
そんなに言うほどないじゃないか。
最初はそう言おうと思っていたのだが、言えなくなった。
そんなに言うほどだったのである。
確かに、悪い。
お世辞にも、大したことないなんて言えない。
「これは、さすがにちょっと………まずいだろ」
「わかってるよ」
香穂子はぷっと頬を膨らませる。
「勉強しないとな」
「だよね………」
膨らんだばかりの香穂子の頬は、またしゅんと萎む。
「明日から猛勉強だな」
「明日から!?」
「当たり前だろ。幸いにしてもうすぐ夏休みに入るんだから、時間は充分あるだろ。ヴァイオリンだって練習出来る………なんだ?」
上目遣いにじとっと見つめられる。
「土浦君、先生みたい」
「なんだそれ。俺は先生じゃねぇぞ」
「じゃあ優等生」
「お前………俺を怒らせたいのか? んなこと言ってると、勉強見てやんねぇぞ」
「え!? 土浦君、一緒に勉強してくれるの!?」
「お、おう………」
がばっと上がった香穂子の顔は喜びで輝いていた。身を乗り出してくる。その勢いに土浦は僅かに身を引いた。
「うん! よし! じゃあ頑張る!!」
力強く拳を握る姿に、土浦はふっと笑みを漏らす。
「頑張れ」
香穂子がそれに応えて、笑顔を見せた。
暗雲はどこかに消え去ってしまっていた。
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