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四泊五日の修学旅行。
昨日はハウステンボスを廻り、そして長崎市内のホテルにて宿泊。今日は一日自由行動で長崎市内観光となっている。
全員九時までにはホテルを出発しなければならなかったので、土浦はクラスの友人三人と八時半にはホテルを後にしていた。
「さて、どこから行く?」
ホテルから一番近くにあった電停で、地図を広げている。友人三人が地図を囲んでああでもないこうでもないと言っているのを聞く土浦の眉間には深く皺が寄せられていた。
「……………昨日、寝る前に決めたプランはどうしたんだ」
もともと低めの声をしているが、その声が更に低くなっていて、表情と合わさってとても迫力がある。
「あ、そ、そうだったな。じゃあ、最初は平和公園で………」
そこへ丁度電車が入ってくる。土浦はさっさとその電車に乗りこんだ。その後ろを追いながら、三人がそろって密かにため息をついたことに土浦は気付いていたが、放っておいた。
すこぶる機嫌が悪い。
それが今日の土浦に対する友人たちの見解だ。
そして、それは間違っていない。
非常に、土浦は苛立っていた。廻りに当り散らすのはお門違いだとわかっているので抑えようと努力はしているが、それが表情や態度ににじみ出るのを抑えるのは、もう限界に来ていた。
原因は明らかである。
修学旅行が始まって四日目。香穂子と一度も会っていないのである。
確かにマンモス校で一学年の生徒数も多い。学校ですら、同じ普通科にいても廊下ですれ違うこともあまりない。だから、こうして校外に出てしまえば、ますます顔を合わせる機会は少なくなるのも頭では理解している。
だが、理解しているからと言って、それはイコール納得ではない。
期待していないわけではないが、過剰に期待しているわけでもない。「会えたら嬉しいね」と香穂子が修学旅行に行く前日の夜、電話をかけてきてそう言っていたが、本当にその程度の気持ちでいたのだ。
それなのに。
会えないことがこんなにもきついとは思わなかった。
普段だって毎日会っているわけではない。お互いに都合もある。
いつもとは違う場所に来ているだけで、どうしてこんなふうに思ってしまうのか。いつもとは違う場所に来ているからこそ、だろうか。
吊り輪に手をかけ、揺れる車体に体を踏ん張る。横ではこれからの行動についていろいろ喋っているようだが、それに口を挟む余裕はない。
この三日で顔を合わせることはなかったし、今日も自由行動である限り香穂子と出会える可能性はすごく低い。夜は夜で一人で行動するのはなかなか難しい。それは香穂子も同じだ。二人で旅行に来ているのではないのだから。
平和公園には、既にちらほらと星奏学園の制服を着た生徒が来ていた。
とりあえず、記念像は見ておかねばなるまい。土浦たちはまっすぐそちらへ向かう。
歩きながら、自然と視線が香穂子を探す。
だが、見つけたのは香穂子ではなかった。むしろ、あまり顔を合わせたくない人物。
「月森か………」
呟くと同時に月森の方も土浦に気づいたが、お互い何も言わずに通りすぎることにする。その代わり、土浦は深く息を吐いた。月森が過剰に反応する。
「何か?」
「何でもねぇよ」
その言い方が癇に障ったのだろう。月森の眉がつりあがる。だが、友人に呼ばれた月森はそれ以上土浦に突っかかることなく、その場を離れた。
土浦は小さく舌打ちをする。
なんで香穂子ではなく、よりにもよって月森なのか。
少し離れたところで、事の成り行きを見ていた友人たちのもとへ、土浦はゆっくりと歩み寄っていった。
午後四時半。
チャンスは訪れた。
その時、土浦の機嫌は最低ラインすれすれまで悪化していた。あれ以上悪化できるのかと、それはそれで感心できるが友人たちにはたまったものではない。触らぬ神になんとやら。出来るだけ土浦を刺激しないように、それはそれは気を遣っていた。
グラバー園を一周してきて、今度は大浦天主堂を見てみようと天主堂へ続く階段に足をかけたときだった。
普通科の制服を着た女子のグループ。入場券を買い、更に奥の階段へ移動していた。
その中に、香穂子がいた。
香穂子は後ろにいる土浦に気づいていないようで、隣の友達と喋って笑い合っている。
「おい、土浦っ」
呼ばれたが無視する。
階段を一段飛ばしで駆け上がり、そのまま奥の階段へ突進する。
「お客さんっ」
入場券売り場のおばさんの声が更に声を掛けてきたが、それも無視する。
そして、土浦は香穂子の腕を捕まえた。
「きゃ!?」
不意の事態に前に進もうとしていた香穂子の体がやや後ろに仰け反る。バランスを崩すまでには至らなくて、体勢を整えながら振り返った。
「つ、土浦君!」
びっくりした顔をしているのをそのままに、土浦は腕を取ったまま強引に引き返す。途中ちらりと香穂子と一緒にいた香穂子の友人たちのあっけにとられた表情が視界に入ったが、もちろんそんなものに構うことはない。
売り場から出てきていたおばさんに「すみません」と短く謝ると、ずんずんと階段を下る。
更に下にいた、土浦の友人たちもぽかんとしている。これ幸いに彼らの目の前を通り過ぎ、お土産店の並ぶ坂をどんどん下っていく。
「つ、土浦君!?」
香穂子が慌てて名前を呼ぶが、止まらない。
「ちょ、ちょっと待って。歩くの、早いよ!」
「あ。悪ぃ」
言われてようやく土浦は歩調を緩めた。既に坂を下りきっていた。
香穂子はほーっと息をついている。
「あー、びっくりした」
腕を解放され、土浦と並んだ香穂子の口元に笑みが浮かんだ。
「やっと会えたね。わたし、もうダメかなーってちょっと思ってた」
電停へ足を向けながら、香穂子の歩調に合わせて歩く。
「……………その、無理矢理引っ張ってきて、悪かったな」
あれは、完全に衝動的な行動だった。香穂子を見た途端、捕まえなくては、と一瞬にして思っていた。
だが後悔はしていない。それでも強引過ぎたのではないか、とちょっとくらいは思う。
「ううん。嬉しいかも。こうやって一緒に歩けるとは思ってなかったし」
香穂子は頬を少し赤らめた。
それにつられて、なぜだか土浦まで照れてしまった。照れ隠しに、香穂子の手を取って引っ張る。
電停の傍の横断歩道を渡ってしまう。
「あれ? 電車、乗らないの?」
「………………いいんだよ。せっかくだから、ゆっくり歩いていこうぜ」
前を見たままで言う。
「うん!」
掴んだ土浦の手を、香穂子がしっかりと握り返してきた。
その日の夜。
点呼時間ギリギリに部屋へ戻ってきた土浦は、すこぶる機嫌が良くなっていた。
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