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069.ペット

「あのね、子猫がうちに来たの! ね、見に来ない?」
 朝の登校時。
 待ち合わせ場所に着いた途端、先に来て待っていた香穂子は「おはよう」の挨拶もそこそこにそう切り出した。
 はじけんばかりの笑顔に、余程子猫が来たことが嬉しいと見える。
 土浦は苦笑しながら頷いた。


 香穂子の家に行くのは、これが初めてではない。かといって、それほど行ったことがあるわけでもなく、その回数はまだ片手の指で足りるほど。
 放課後、香穂子の家へ向かう途中、子猫がいかに可愛いかを延々と土浦は聞かされた。本当に嬉しそうに喋るので、土浦まで何だか微笑ましい気分になってくる。土浦の緊張も、幾分かはそれによって和らいでいた。
「あれ? 誰もいないのかな?」
 ハンドルを握って玄関ドアを開こうとした香穂子は、思わぬ抵抗に首を傾げる。
「ちょっと待っててね」
 言いながら香穂子が自分の鞄の中を探り出したのを見て、土浦の緊張が再び首をもたげてくる。
 家の人が誰もいない?
 これまで香穂子の家を訪ねた中で、そんな事態になったことはなかった。つまりはこれが初めてである。家の人がいないこと。それは、気を遣わなくてもいいことなので、緊張は解けてしまっていいはずだ。
 なのに、土浦の動きがぎくしゃくとしてしまうのは………。
 土浦は軽く首を振った。その変な緊張感を取り払うように。
「何してるの?」
 ドアを開けた香穂子が、挙動不審な土浦に怪訝そうな顔をしていた。
「いや、何でもない」
「そう? さ、どうぞ」
 香穂子は何も気づいていないようだった。むしろ子猫のことで頭がいっぱいなのだろう。
 助かった、と内心ほっと息をつく。
 家の中へは土浦が先に入ったが、靴を脱ぐのは香穂子のほうが早かった。
「ただいまー!」
 そして、そのまま素早い行動でリビングへと飛び込んでいく。普段の香穂子からは考えられないような素早さだ。
 土浦がその後を追って、リビングへ入ったときには、その隅の方に居場所を与えられている子猫を抱きかかえていた。
「みゃあちゃん、ただいま! 元気だった?」
 香穂子の声に、みゃあとか細い鳴き声が返る。なるほど、この鳴き声から名前を付けたようだった。
「えへへ~。可愛いでしょう?」
「………親ばか」
「え?」
「何でもない」
 笑みで崩れた顔をしている香穂子のほうへ歩み寄る。ぺったりと床に座り込んでいる彼女の傍にしゃがんだ。
「みゃあちゃん、土浦君だよー。初めましてー」
 土浦に子猫がよく見えるようにわざわざ体の向きを変えてくれた。
 全体的にグレーっぽく見えるのは、黒い縞模様のせいだろうか。腹部の毛は真っ白である。手足が短く、顔がでかい。その顔の中で一際目立つのが目。土浦の姿が見えているようではあるが、きょとんとしているだけ。
「何だ、雄か」
「真っ先に出る感想がそれ~?」
 可愛いとも何とも言わなかったのが、少々不満のようだ。
「みゃあちゃんって呼んでるから雌だと思うだろ、普通」
「いいじゃない」
 ねー、と子猫に相づちを求めている。香穂子の腕の中で、みゃあと子猫は鳴いた。
「土浦君も抱いてみる?」
「いや、いい」
 即答しながら、心持ち身を引いた。
「そう?」
 その僅かな土浦の動きには香穂子は気づきもしなかったようで、少し首を傾げて「だっこしてくれないんだって」と子猫に話しかけている。子猫はまたみゃあと泣いたが、特に不満に思っていなさそうだ。
 ほっと少し肩の力を抜いた。
 誰にも言ったことはないが、実は小さくて壊れやすそうなものを扱うのが、土浦はひどく苦手だ。特にこんな子猫など。土浦の大きな手なら、片手で充分な大きさ。ちょっと力を入れてしまうと取り返しのつかないことになってしまいそうで、怖い。足下にまとわりついてきたら、うっかり踏んでしまいそうで怖い。
(頼むから、ちゃんと抱いててくれよ……)
 口には出さずに、心の中で土浦は香穂子にそう懇願していた。


 とはいえ。
 何もいつまでも子猫の相手をしていなくてもいいではないか。
 土浦は憮然と香穂子の横顔を見つめていた。
 当の香穂子は子猫を抱き上げたり下ろしたり話しかけたりと、とにかく子猫を可愛がることに夢中になっている。
 いちいち「ほら、可愛いでしょう?」と同意を求めてくるので、すぐ傍にいる土浦の存在を忘れてはいないようだが、これではほったらかしにされているのと変わらない。
 初めのうちこそ、子猫の行動一つ一つに笑み崩れてた香穂子を可愛いと思っていたが、そんな気持ちはもはやどこかへいってしまっていた。
「………――そろそろ帰るわ」
「え?」
 思いも掛けない言葉だったのだろう。立ち上がった土浦を香穂子がきょとんと見上げている。その香穂子の膝に前足を載せていた子猫が同じように土浦を見上げている。
「帰っちゃうの?」
 猫とばかり遊んでいるんなら俺はいなくてもいいだろう、というのをすんでのところで飲み込んだ。代わりに短く「ああ」と返す。
「…………そう……」
 香穂子が肩を落としたように見えるのは、土浦の願望が見せるものなのか。
「じゃあ………」
 もう少し、と続けようとした土浦だったが、「みゃあちゃん、土浦君帰っちゃうんだって。冷たいよね」などと子猫にまた話しかける香穂子に背を向けた。眉がこれ以上ないくらいに吊り上がっているのが自分でもわかる。
「じゃあな」
 口調が強くなってしまうのを抑えられない。我ながら大人げないとは思うが、どうしようもない。
「ちょ、ちょっと待って!」
 リビングを出ようとして土浦は、足下に抵抗を感じて前につんのめりそうになる。
「なっ」
 足下に目をやれば、香穂子がほとんど寝ころんだ形で手を伸ばして、土浦のズボンの裾を掴んでいた。
「もしかして、土浦君、何か怒ってる?」
 上目遣いに寝ころんだまま訊ねてくる香穂子に、咄嗟に言葉が出ない。
 香穂子は鈍いほうだとは思っていた。言葉を濁したり、遠回しに言ってみたりと、土浦がそういう手段を取ったときは、大概本当に言いたいことに気づかない。香穂子に対しては直球勝負でないと気持ちや考えが伝わらない。
 それはよくわかっていたし、あまつさえ、そのあたりも可愛いと思っていたりもする。
 だが、この状況でその鈍さを発揮されてしまうと、可愛いを通り越して憎らしくなってくる。
 香穂子はズボンの裾を掴んだまま、体勢を立て直す。子猫が香穂子の傍にとてとてとたどたどしい足取りで歩み寄っている。
「…………土浦君?」
「ないがしろにされた、とか思うだろう普通は」
 感情を抑えようとするせいか、いつもより声が低くなっている。
「え?」
「俺もそんなに心が広いわけじゃない」
「え? 何? ないがしろにって……そんなこと…………あ」
 ようやく思い当たったようだった。
「土浦君、みゃあちゃんに嫉妬してる!?」
 何でこうもデリカシーがないのだろう、香穂子は。
 身も蓋もないではないか。
「なんだー。そうだったんだー」
 一転して香穂子の顔には笑みが戻ってくる。反対に土浦の表情はますます険しくなっていた。
「おかしいねー。みゃあちゃんに嫉妬しなくたっていいのに。ね?」
 子猫がまた前足を香穂子の膝に載せようとしているのを、ひょいと抱き上げながらくすくすと笑っている。
「うるさい」
 恥ずかしくなって乱暴な言葉遣いをしてしまったが、香穂子はダメージを受けていない。
「みゃあちゃんはもちろん可愛いから好きだけど、土浦君を好きなのとは全然別なのになー。何も心配しなくても、土浦君のことはちゃんと好きだよ?」
 鈍いくせに。
 どうしてこうストレートな物言いをするのだろう。いや、鈍いからか。
 赤くなる顔面を隠すかのように、下半分を手で覆う。
 香穂子は相変わらず土浦の足下で、にこにこ笑って土浦を見上げている。
(くそ………)
 結局香穂子には敵わないのだ。
 子猫にまで嫉妬してしまうほど、香穂子が自分以外のものに夢中になってしまうことを、面白くないと思う。そうやってやきもきしているのに、香穂子はたった僅かな言葉で土浦を参らせる。
「それで、もう帰っちゃうの? まだ遊んでいく?」
 無邪気な言葉に、むくむくと土浦の中で意地悪な感情がわき上がる。
「…………遊んでいく」
「そう?」
「香穂で」
「え?」
 土浦は座り込んだままの香穂子に覆い被さるようにして、素早くその唇を塞いだ。軽く口づけて顔を離すと、一瞬の後、香穂子の顔は耳まで真っ赤に染め上がった。
「やだ、ずるい!」
「何が」
 言い募ろうとした香穂子にもう一度キスをする。今度はさっきよりも少し長く。
「………っ」
 香穂子に喋る隙を与えないように重ねるキス。
 土浦が掴んでいる香穂子の細い腕に力が入っているのは、土浦の行動に抗議したいからなのだろう。だが、香穂子のその腕には子猫が抱かれている。放り出すわけにもいかないから、土浦の腕や胸板を叩く抗議行動を香穂子は取れない。
 やがて、ふっと香穂子の腕から力が抜けた。それを感じ取って、更に深く口づけを交わしていく。
「みゃあ」
 するりと子猫が香穂子のその腕の中から脱けだした。続いて土浦の足の甲に鋭い衝撃。
「ふみゃっ」
「ってぇ!」
 次の瞬間、土浦は声と共に香穂子から顔を離していた。そして足をかばう。その動作の大きさに、子猫がころりと床に転がった。
 きょとんとしていた香穂子が、事態を把握して笑い出した。
「あはははは! みゃあちゃんってば、土浦君にヤキモチ焼いたんだ!」
「笑い事じゃない」
 恐ろしく不機嫌な声だったが、香穂子は今更そんな声に怯むこともない。笑い続けたまま、床に転がった子猫を抱き上げた。
「ふみゃー」
 子猫は香穂子の腕に抱かれながらもなお、土浦を威嚇することを忘れていない。
「………一人前に男かよ」
 その言葉に、香穂子は更に声を上げて笑った。
 笑い声を聞きながら土浦は深々とため息をつく。
 そこに含まれた思いに子猫は気づいたのか、「ふみゃー」ともう一度土浦を威嚇した。

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こちらはまみこ様のキリリクとして書き上げた作品です。リクエストの内容は100のお題から選んで頂きまして。香穂子ちゃんが猫を飼い始めて、土浦氏が遊びに来るという細かいシチュエーションまで決めて頂いたのでした。(駄目な書き手………)ちなみに、甘いのをご所望とのことで。頑張らせて頂きました~~~~~。いやもう、ホントに。甘いかどうかはわからないですけど、私の中では甘いです。何猫かというのは敢えて書きませんでした。が、ちょっと柄のことに触れているので、そのあたりで適当に想像して頂ければ。一応モデルはあります。ちょっと土浦氏が別人なような気がしないでもないですが、でも嫉妬が似合う人のような気もします(失礼な)。猫に嫉妬してちゃどうしようもないですけどね。そしてナチュラルに愛を叫ぶ(叫んでないですけど)香穂子ちゃん。このカップリングになると、香穂子ちゃんは火原っちみたいになります。天然さん。うちの香穂子ちゃんは相手に寄って性格が変わる模様………。


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