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テレビから流れてくる除夜の鐘の音を聞きながら、土浦はコタツに潜り込んでいた。うたた寝しているうちに紅白歌合戦は終わっていた。だからどちらが勝ったのかわからないが、まあどちらでもいい。
「ミカン食べる?」
土浦が起きた気配に気づいて、姉が声を掛けてきた。
「あぁ…………」
もそもそと体を起こした。
コタツで寝ていたおかげで喉が渇いている。
「親父達は?」
現在、居間でコタツを囲んでいるのは土浦と姉だけである。さっきまでは確かに両親も居たのだが。ちなみに弟は友達と年越しパーティーだとか言って出て行っている。
「紅白終わった途端上っていったわよ」
はい、とミカンが二つ手渡される。
「どうも」
早速ミカンの皮を剥く。
「ところであんた、約束とかしてないの?」
同じくミカンの皮を剥きながら、訊いてくる。
「何の」
「彼女と。一緒に年越したりしないの?」
ニヤニヤ笑いがちょっとむかつく。
「しない」
「そー」
それきり興味を無くしたように、ミカンを頬張り始める。
部屋を支配していたのは除夜の鐘の音だけだったが、それも止んでいた。壁の時計を確認すると十二時を過ぎていた。
年が明けた。
香穂子とは初詣の約束をしているだけだ。夜中に行っても神社は人が多いだけだし、近所に神社もないので夜中の移動は大変だ。昼間になったからといって人が少なくなるわけではないが、夜中より減っていることだけは体験上知っている。
人混みに揉まれながら出かけるよりはゆっくりできるのでいい。
と。
とんとんとん、と階段を下りてくる足音。足音は居間の前まで来るとぴたっと止まり、続けて襖がすぅっと開かれる。そこから顔を出したのは母親だ。カーディガンの前を合わせて首を竦めている。
「あら。もう寝たんじゃなかったの?」
「外に女の子がいるんだけど」
母親と姉の言葉が被さる。
「は?」
「玄関の所を女の子がウロウロしてるんだけど………。あんた心当たりあるんじゃない?」
母親は迷わず土浦を見た。
「いや………」
いいかけて、まさか、と思い直す。
「まさか、な………」
嫌な予感がする。というより、それ以外考えられない。
土浦は足早に玄関へ向かった。母親と姉の手前、焦った素振りは見せないように気に掛けながら。
玄関のドアを開けると、すぅっと冷気が滑り込んでくる。
玄関ポーチに降り、門の外を窺い。そして、すぐに見つけた。
「香穂!」
少し脇の方で、指先を自分の息で暖めながら土浦の家の二階を見上げていた彼女は、土浦の姿を見てぱあっと顔を輝かせた。
「あけましておめでとう!!」
「何してんだ」
二人の声が重なった。
一瞬あっけにとられた土浦だったが、はっと我に返り、つかつかと歩み寄ってその腕を掴む。
暖かそうなコートを着ているが、そのコートは冷たかった。どのくらいこうしていたのだろう。
「ええっと。一番最初に挨拶しようって思って。でも年越しの時って電話繋がりにくいから、じゃあ顔見ればいいかなって。でも来たのはいいけど、もう夜中だし、チャイム鳴らしたりしたら迷惑だって気づいて、どうしようかなーってちょっと途方に暮れてたところだったの」
呆れた。
笑顔の香穂子を見ていて、つい大きく息を吐いてしまった。
「あ、その。ごめんなさい。迷惑だった?」
香穂子の顔からみるみるうちに笑顔が萎んでいく。
「いや。そうじゃないけど。誰も気づかなかったらどうするつもりだったんだ」
「その時はその時かな、と」
ますます呆れた。
別に最初の挨拶は、初詣に行くときにだって出来る。なんだってわざわざ………。しかも夜道を一人歩いて。
「……………ちょっと待ってろ。送っていくから」
「え! だ、大丈夫!! ちゃんと帰れるし!」
「いいから」
土浦は一旦家の中に引っ込むと、自室へとまっすぐ向かう。ジャケットを羽織り、自転車の鍵をひっつかんで逆戻り。途中居間にいた母親と姉にちょっと出てくる旨を伝える。
門柱に凭れて香穂子は土浦を待っていた。
「行くぞ」
自転車を引っ張り出しながら、香穂子に後ろに乗るよう指で示した。
「はーい」
自転車に跨った香穂子は、土浦にしっかりと身を寄せて腕を回す。
冷たい空気を切り裂きながら自転車は加速する。
「しっかし、ホントにお前、何考えてんだ」
「何って。だって、一番最初に言いたかったの。それだけだよ!」
風の音に負けないように、香穂子は声を張り上げた。
「それだけって………」
それ以上、土浦は何も言えなくなる。
どうしていつも香穂子はこうなんだろう。思いもかけない理由でとんでもない行動を起こす。
だが。
それが土浦をいい気分にさせるのもまた事実。
「土浦君!」
「何だ」
「今年も宜しくね!!」
きっと今年もまた、こうやって香穂子に振り回されるんだろうな、と思うと知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。
人に振り回されるのはあまり好きではないが、香穂子ならいい。
本人には絶対に言えないけれど。
「ああ、こっちこそ宜しくな」
土浦はそう返す。
とりあえず今度の年越しは、香穂子と一緒に過ごすことにしようと思いながら。
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