[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
手を繋ぎたいなぁ。
少し前を歩く土浦の背中を見ながらぼんやりとそう思う。
人混みに揉まれるのは嫌だからと、近所の小さな神社に初詣。その提案はもちろん土浦からだったし、確かに人混みは香穂子もあまり得意ではないから、土浦の提案に賛同した。
しかし、元旦である今日。小さな神社もなかなか賑わっていた。同じように考える人は珍しくないと言うことだ。
歩くのが困難というほどではないものの、人の流れには逆らえない。
その中で、香穂子は一組のカップルを見て意識してしまった。
年の頃は土浦と香穂子よりも少し上だろうか。手を繋いで身体を密着させて歩いていた。
それを見て単純に羨ましいと思ったのだ。
土浦はべたべたするのを好まない。人前だと特にそうだ。
香穂子にしても、人前でべたべたすることには抵抗がある。それでも時々思うのだ。手を繋いで街中を歩いてみたい、と。
街中で行き交うカップルが仲良く手を繋いでいるのを見て、つい、土浦の手をじっと見つめてしまうことが最近多くなった。
かといって、手を繋ぎたいと土浦に言うこともない。
却下されるとわかっているから。
「わっ」
小さく叫んで、香穂子は衝撃を堪えた。ぼんやり歩いていたら、逆流してくる誰かとぶつかったのだ。
そして、いつの間にか土浦との距離が開いていることに気がつく。二人の間にはいつの間にか三人の人が入り込んでいた。
土浦はそのことに気づいていないのか、人の間を確実に前へと進んでいく。もうすぐで賽銭箱の前に着く。賽銭箱の前にも人垣が出来ていたが。
先へ行ってしまった土浦に追いつこうと香穂子も頑張るが、人の流れの中ではどうにもこうにも抗えなかった。結局諦める。さすがに賽銭箱の前まで行けば、土浦も香穂子が傍にいないことに気がつくだろうし、そうしたらそこで待っていてくれるだろうから。
果たして、土浦は後ろを振り返って香穂子がそこまで辿り着くのを待っていてくれた。
「大丈夫か?」
人の間を割って土浦の横に並んだ香穂子は「大丈夫」と頷く。
「とっとと詣でて帰ろうぜ」
賽銭箱の真ん前に立つことは諦めて、人垣の外から賽銭箱をめがけて賽銭を放り投げる。木箱に当たる音が聞こえたのでちゃんと入ったとは思うが、目で見て確かめられなかった。
周りの人に倣って、手を合わせる。
無心に願い事をして顔を上げると、視線を感じた。視線の主は土浦である。
「やけに熱心だな」
「当然です。土浦君は熱心にお祈りしなかったの?」
「俺はそれなりに、だな」
「ふーん」
「なんだよ」
香穂子の短い一言に含みを感じたのか、土浦が不満げな表情を見せる。
「何もないよ。さ、帰ろう」
その表情を気にせず、今度は香穂子が先に立って歩き出した。
すぐに土浦は香穂子の横に並ぶ。
「ね、お茶して帰ろうよ」
「俺はなんか食いたい」
「じゃ、両方出来るところね」
とんっとまた誰かと肩がぶつかる。さっきのように弾かれることはなかったが、反対側の肩が土浦に当たる。
「ごめん」
「いや………」
香穂子の謝罪に反射的に答えただけのようだった。ちょっと上の空だ。
「香穂」
名前を呼ばれたので、視線で応えた。
「手を貸せ」
「え?」
「いいから」
言うやいなや、土浦は返事も待たずに香穂子の手を取って握った。
「土浦君?」
「いろいろ考えるな! 照れるから」
土浦は顔を上げて正面を睨みつけている。目の縁が心なしか赤い。
「見るな!」
すかさず怒られて、香穂子はその顔を見るのを止めたが、浮かんでくる笑みは隠せない。
「笑うな」
「それは無理。だって嬉しいもん」
香穂子は土浦の手をぎゅっと握りしめる。
こんなに早く御利益があるとは思わなかった。
(神様、ありがとう)
「ねぇ」
繋いだ手を軽く引っ張って、土浦の気を引く。
「来年も、この神社にお参りに来ようね!」
INDEX |