[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「悔しいぃ~~~~~」
香穂子はボスッとベッドの上にあった枕を殴りつけた。殴られた枕は律儀にその形のままにへこむ。
そのへこんだところに香穂子は顔を突っ込んで、俯せに転がった。息苦しくなるので、顔を横へ向ける。
「あーあ………」
口から漏れるのはため息。さんざん罵詈雑言を並べ立てた後なので、もう出てくる言葉がなかったのだ。
香穂子の視線はベッドに座り込む前に放り出した鞄からはみ出している綺麗にラッピングされた小箱。プレゼントに他ならない。中身は財布。何軒も店をはしごして選んだもの。使ってくれるであろう人のことを思い浮かべながら、一番しっくりくるものを選んだ。
今日は、それを渡すために学校まで出向き、部活が終わって帰宅するところを待ち伏せた。このプレゼントを受け取ってくれるときの表情を思い浮かべて口元を緩めながら。
そこまでは良かった。
だが。
「悪い。今日はサッカー部の奴らとこれから出かけるんだ。また今度にしてくれないか?」
そう言われた。
確かに今日は約束などしていなかったし、そもそもは驚かせたくて香穂子も黙っていたのだ。だから既に約束を入れていたとしても香穂子が怒る筋合いはない。
だが、むっとしたのは事実である。折角待っていたのに、という想いが香穂子にはあった。
「今度じゃ駄目なの! 今じゃなきゃ」
ついそう言い返していた。言葉に険が含まれていたのに気づいたが、出てしまったものを引っ込めることは出来ない。
目の前で、相手の顔が険しくなった。最近、香穂子の前ではあまりしなくなった不機嫌な表情。
「あのなぁ。んな勝手なこと言うな。奴らと先に約束してたんだから、それを俺の勝手で破るわけにいかないだろうが」
そんなことは言われなくてもわかっている。
正論をいちいち返されると、余計カンに障る。
「もういい!」
そう叫んで土浦に背を向けた。
「おい!」
土浦が呼ぶ声が聞こえたが、それを無視して香穂子は足音も荒くその場から離れて、そうして自分の家へと帰ってきたのだった。
一人になってある程度文句を叫んでしまうと、冷静さが顔を出す。これまでの自分の言動を巻き戻して再生している。
「はあぁ~~~~~っ」
盛大なため息が漏れる。
冷静になってみれば、自分の態度がいかに自分勝手なものかよくわかる。
「わたしってやな女だ………」
枕に顔を埋めた。
何を置いても自分のことを最優先してくれるはずだ、というエゴがあったのも認めざるを得ない。
これじゃ思い通りにならないと癇癪を起こす子供といっしょだ。
(土浦君、呆れたよね………)
最悪の気分になってしまったのは自分のせい。そして土浦の気分を害したのも自分。
どんどん自己嫌悪の深みにはまっていくのがわかったが、どうにもならない。
(でも、なんかわたしばっかり好きな気がする………)
土浦はああいう性格だから、はっきりと気持ちを表現してくれることも少なく、香穂子が土浦のことを何より優先させるほどには、土浦は香穂子のことを優先してくれていない気すらする。
別に土浦が香穂子のことを好きではない、と考えているわけではない。好きで居てくれるのは間違いないと思う。香穂子ほどに親しくしている女の子も他にいないようだから。
だけど………。
(そりゃあ、やっぱり先約を優先するのは当たり前だけど)
物足りなく感じるのだ。
(贅沢かなぁ………)
ベッドに俯せになったまま落ち込んでいた香穂子を引き上げたのは、放り出していたバッグからはみ出していた携帯電話の呼び出し音だった。流れる音は「愛のあいさつ」。たった一人にしか設定していない音。
慌てて飛び起きて携帯電話に手を伸ばす。ベッドから下りるのもそこそこに手を伸ばしたので、バランスを崩して前のめりに傾く。慌てて反対側の手で体を支えたが、ぐしゃっと肩から落ちた。
打ち付けた痛みにうっすらと涙を浮かべつつ通話ボタンを押した。
「も、もしもし!?」
『お、おう。俺だ』
電話に出た香穂子の勢いに、幾分戸惑ったような返事が返ってきた。
「土浦君、どうしたの?」
ベッドの脇に座り直しながら、したたかにぶつけた肩を撫でる。
土浦からの電話が嬉しい気持ちが半分と、それを喜ぶ自分の身勝手さに自己嫌悪の気持ちが半分とで妙な気持ちだ。
『どうしたっていうか、連中がお前に電話しろってうるさいから』
「え?」
話が見えない。
連中と言うからには、サッカー部の部員であるのは間違いないだろう。今一緒にいるのだろうし。
しかし、何故彼らが電話しろと土浦に進言してくれたのだろう。
『折角誕生日を………お前が祝ってくれようとしていたのに、何でそっちを断るんだ、と』
さんざん言われたに違いない。それでしょうがなく電話を掛けてきたのだ。
想像するに、彼らにも香穂子に言ったことと同じようなことを述べたのだろう。そうしたらかなりの勢いで反論にあったというところだろうか。その様子が想像できて香穂子は声を立てずに少し笑った。
『俺は自分が間違ったことをしているとは思わないんだが。やっぱり先約のほうを優先するのは当たり前だと思うし…………うるさい、こっちへ来るな!』
後半の言葉は遠ざけられていたので、香穂子に言ったものではないようだ。
『悪い。………それで、謝るのも何だか変だとは思ったんだが、お前がもし俺のことを祝ってくれようとしていたのなら、ちょっと考えなしのことを言ってしまったかと思って』
その先を土浦ははっきりとは告げなかった。だが、それでも香穂子の落ち込んでいた気持ちは浮上していた。我ながら単純だとは思う。
「ううん。こっちこそ勝手なこと言ってごめんね」
ひとしきり土浦に対して文句を言っていた口から、すんなりと謝罪の言葉が出る。
「だから気にしないで。今日はサッカー部の人たちと楽しんで。その代わり」
『なんだ?』
「明日はわたしと約束してくれる?」
『あぁ……わかった』
それから少しだけ言葉を交わして電話を切った。
通話を終えた携帯電話をしばし見つめた後、放り出されていたプレゼントに手を伸ばす。口元に浮かぶ笑みを抑えきれず、香穂子はそうっと大切に持ち上げた。
INDEX |