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寒くないように身支度をしてから、出かける旨を叔母に伝えようとキッチンを覗き込んだ。
「あ、桂ちゃん。ほら、つきたてのお餅よ」
志水の姿を素早く見つけた叔母は、志水が何か言うよりも先にキッチンカウンターの内側から手招きをした。志水は招かれるままに、叔母の元へと歩み寄っていく。
叔母が示すものをカウンター越しに触る。
「桂ちゃん、つきたてのお餅食べたことある?」
「ないです」
「そうだと思って、買ってきたの。すごーく美味しいのよ。ほら、食べてみて」
半分強引に餅を差し出されて、志水は受け取る。
本当につきたてで、手のひらに乗せられた餅は、まだ少し暖かい。真っ白な粉を被った真っ白な餅。
美味しそうだ。
つん、と指先で餅の表面を押してみた。
弾力が志水の指先を軽く押し戻す。
「………………」
「ほらほら。見てないで食べて良いのよ」
「はい………」
しかし、志水の手はまたつん、と餅の表面を押して止まる。
(………何かに、似てる………)
つきたての餅を触るのは初めてなのだが、この感触を志水は知っていた。
だが、それが何なのかが浮かばない。
志水は頭をフル回転させて、自分の記憶と照らし合わせながら、踵を返した。
うっかりしていたが、出かける予定だったのだ。
「あら、桂ちゃん出かけるの?」
「はい」
上の空で返事をしながら、玄関へ向かう。
「お餅は置いていったら?」
「はい」
頷いたけれども、志水はそのまま玄関から出てしまう。
手に握った餅の弾力を感じながら、待ち合わせの場所へと向かった。
電車に乗って移動しているうちに、手の中の餅は少しずつ表面を固くしていっていたが、さっきの弾力を志水は忘れていない。
(何だろう………)
思い出せないまま、志水は待ち合わせの場所に到着してしまった。
「あ、先輩」
そこには、約束の時間より少し早いのに、香穂子がもう立って待っていた。
「遅くなってごめんなさい」
今日は幾分暖かいとはいえ、寒空の下で待たせてしまった。
「大丈夫。さっき来たばかりだから」
香穂子は笑顔を志水に見せる。それにつられて笑おうとして、唐突に答えが頭の中に浮かんだ。この手の中にあるものと同じ感触をしているものの答えだ。
確信を得るために、餅を持っていないほうの手を香穂子のほうへと伸ばした。
いきなり志水の手が自分のほうへ伸びてきた香穂子は、驚きで咄嗟の反応が出来ないでいる。
志水はそんな香穂子に構わず、彼女の頬に触れる。それだけではなく、指先で軽く突いた。
「あ」
志水の記憶が綺麗に繋がった。
「これだ」
手にしている餅と、香穂子の頬。
同じだ。
確証を得た志水はにっこりと微笑んだ。
頬を軽く着いた指先を今度は輪郭に沿って滑らせる。
初めてこの餅を手に乗せたときに感じた、ほのかな暖かさも同じようにあった。
香穂子の頬は、つきたての餅と同じ。
「あれ?」
香穂子の頬を滑らせる指先が、熱を感じた。
見れば、香穂子は顔を真っ赤にして、目を伏せていた。
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