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094.バレンタインディ

「香穂子、今日はお休みよ。風邪引いたみたい」
 昼休みが始まってすぐ。
 志水は、香穂子の教室へと足を向けた。
 昨日の帰り道、香穂子の体の調子があまりよくなかったようだから、様子を窺おうと思ってのことだった。
 そうしてちょうど教室から出てきた一人の生徒を捕まえて香穂子を呼んで貰うことにしたが、返ってきたのがその言葉だった。
「そうですか………」
 風邪引いたかな、と冗談めかして言っていた香穂子だったが、その通りだったわけだ。
「失礼しました」
 香穂子のいない教室に用はない。ぺこりと頭を下げると志水はスタスタと歩き始めた。
 帰りにお見舞いに行こう。
 そう考えながら、練習室へと移動する。
 ひとりでの昼食。久しぶりだ。
 最近は香穂子と一緒に食べることの方が多いから。
「………あ。お昼ごはん………」
 練習室のドアを開けながら、思い当たる。いつもなら香穂子が用意してくれている弁当がある。たまにおかしな味のするものが入っていることがあるが、概ね美味しい。
 だが、今日はそれがない。購買部で買ってこなければならない。
「………でも、もうないかな」
 昼休みの購買部の争奪戦は凄まじいものだと入学早々実感してからは、登校途中で仕入れるか、二時間目が終わった後など早めに買いに行くようにしていた。
 既に、昼休みも十五分以上が過ぎている状態では、何も残っていないだろう。
「いいや………」
 そのまま練習室に入ると後ろ手にドアを閉めた。
 練習室で一番場所を取っているグランドピアノの椅子をズルズルと窓際まで引っ張っていく。窓を背に椅子に座ると目を閉じた。
 昼休みもこの学院内には音が溢れている。いろんな音。
 人のざわめきの中に、ピアノの音、トランペットの音、フルート、オーボエ。チェロ。ヴァイオリン。それぞれに鳴らす楽器の音。
 自然に指が音を追い始める。今は抱えていないチェロの形を思い浮かべながら。


 寝ていた。
 午後の授業が始まる前の予鈴で目が覚めた。
 寝過ごさなくて良かった。次の授業は好きだったから。
 目を擦りながらのろのろと立ち上がる。
 こつん、と靴先が何かに当たったので、足元に目をやると、そこにはいくつかの箱が並んでいた。一口に箱と言っても、形も大きさも様々で、ただどれもこれも丁寧にラッピングがされていた。
「………なんだろう、これ……」
 しゃがんでそのうちの一つを手にとってみる。
 ころ、と中で何かが転がる気配がした。
 なんだか良く分からないが、ラッピングされているものを見る限り、プレゼントだろう。ここに置いてあるということは、自分への。
「…………誕生日……でもないし…………。やっぱり僕のじゃないのかな……。誰か間違えて置いていったのかな………」
 だからと言ってここに放り出していくわけにもいかない。一つ残らず抱えると、練習室を出た。
「あ、志水君」
 か細くやや高い声が志水を呼んだ。
「冬海さん」
 厚みのある本を二冊両腕で抱えた冬海が歩いてくる。
「………すごい……」
 冬海の目が志水の腕の中へ向けられている。
「冬海さん、これが何だか知ってるの?」
「え?」
 思いもよらない質問だったらしい。
「あの………志水君は、わからないんですか?」
「うん。さっき寝て起きたら足元に並んでた。プレゼントかなって思うけど、誕生日も違うし」
「えと、今日はバレンタインデーだからだと思います」
「バレンタインデー………」
「あの、まさか、知らない、とか……」
「それなら知ってる。………確かチョコレートをプレゼントする日だよね」
「えっと………」
 間違っているわけではない。だが、ちょっと認識が違っているような気もする。訂正するかどうか迷った冬海だったが、「そうか」と一人で何かを納得している様子の志水に言葉をかけることは出来なかった。


 香穂子の家へ行くのは初めてじゃない。
 だが、香穂子の部屋へ入るのはこれが初めてだと、部屋に通されてから気付いた。
「香穂先輩、お加減いかがですか?」
「うん、もうずいぶんましになったよ」
 香穂子はベッドの上で体を起こしていた。ましになったと言うわりに、まだ体を動かすのはだるそうだ。
「あ、そこの机の椅子、動かして座って? ごめんね、お客様なのにそんなことさせて」
「いえ。ちょっと顔を見たかっただけなんです。先輩もまだきつそうだから、すぐにお暇します」
 香穂子の気遣いが嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
「ゆっくりしていけばいいのに……。でも、風邪うつっちゃったら、わたし責任感じちゃいそうだしな」
 香穂子は心底残念そうな顔をする。
「あ、そうだ」
 志水はまだ抱えたままだった鞄の中を漁る。
「お見舞いにって思って持ってきたんです」
 そう言って差し出したのは、可愛くラッピングされた六角形の箱。水色の紗の入った包装紙に、濃紺のリボン。
「え?」
「今日はバレンタインデーだから」
「ええと、あの、ありがとう………」
 香穂子はお礼を言いながらも、恐ろしく複雑な表情になる。
「あれ……? 香穂先輩、チョコレート嫌いでしたっけ?」
「ううん。好きだけど………ねぇ志水君。バレンタインデーってどんな日か知ってる?」
「ええと。チョコレートをプレゼントする日ですよね」
「それから?」
「それから?」
 志水は首を傾げる。それ以上のことを訊いてくる香穂子の意図がわからなくて。
「……………………志水君が思うバレンタインデーって、チョコをプレゼントする日ってことなのね」
「違ってますか?」
「ううううーん………」
 唸った香穂子はそのまま咳込む。
「先輩、横になってください。その方が楽でしょう?」
 背中をさすってやりながら提案すると、咳が落ちついたところで「平気」と香穂子は辞退した。
「その認識、あながち間違っているってわけじゃないけど………」
 呼吸を整えたあとで、再び話し出す。
「あのね。一般的にバレンタインって、女の子が好きな人にチョコレートを渡す日なの。別にチョコレートじゃなくてもいいんだけど。それで、好きな人に気持ちを伝えるのね」
「………はぁ。そうなんですか」
 そんなことは知らなかった。かつてチョコレートをくれた女の子にどうしてチョコレートをくれるのか、と訊いたときにそのように教えてもらっていて、それを信じていた。冬海も訂正しなかったし。
「あぁ。だからなんだ」
「え?」
「ここへ来る前に、そのチョコレート買ってきたんですけど、お店の人が僕の顔を見てなんだか不思議そうな顔をしていたんです。………あまり男は買ったりしないものなんですね、バレンタインのチョコレートって」
「そうなるかな」
 そりゃあお店の人も不思議な顔をしたくなるだろう。こんなぼんやりした可愛い男の子が、バレンタインのチョコレートを買いに来たとなっては詮索するな、と言われてもしたくなる。
「そうか…………」
 しばらく志水は考え込む。やがて、何かを思いついて顔を上げるとまっすぐ香穂子を見つめた。
「でも、まるっきり間違っているわけでもないですよね」
「どうして?」
「だって、好きな人に贈るものなのでしょう? だったら、問題ないかと。僕、香穂先輩のこと好きですし」
「…………………っ」
 息を詰めた香穂子は、次の瞬間激しく咳き込んだ。
 その顔が赤くなっているのは、熱のためか、咳のためか。それとも………?

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別に尻切れトンボというわけじゃありません。例えそう見えたとしても、これでおしまいです。………要は上手く締められなかったってことなんですけどね。香穂子は志水のあまりの可愛さに絶句しちゃったんですよ。そういう感じです。ということで。志水、難しいよ………。ごめんなさい。せっかくのバレンタインなのに、甘くなくて。これが志水初書き。そして二度とないかもしれない………。志水はどうしても可愛い弟にしか見えないんですよ。だからこれが限度です~~~。とりあえず、病気の見舞い品としてチョコレートを持っていって、最後のセリフを言わせたいが為に作った作品でした。見舞い品なのがポイント。そしてバレンタインディの認識を微妙に間違っているのがポイント。こういう天然ボケっぷりがいいかと。それにしても、志水という人柄をイマイチよく掴んでいないので、セリフばかりの話になってしまった挙句、その言葉遣いなんかも不安定でした。またプレイしてもうちょっとよく掴んでおこう………。ついでに、これ「木漏れ日のソナタ」を聴く前に書いたものでして、昼食を抜いた志水に相違がありますが、お気になさらぬよう………。ちなみに冬海ちゃんも初書き。どっちかというと、志水は香穂子と組ませるより、冬海との方がしっくりくるような気がします。


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