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023.生徒手帳

 森の広場に入った辺りでその音色に気づいた。明るく軽やかな音。
 日野香穂子の、音。
 音を頼りに月森はそちらへ向かう。
 自分とは傾向の違う音を出す彼女だが、その音は耳に良く馴染む。
 初めはなぜこんな素人がと思っていたが、香穂子はみるみるうちに上達し、今では月森もその実力を認めるまでになっていた。魔法のヴァイオリンがなくとも、自分たちと渡り合える、いや、もしかすると自分をも越えるほどの実力を。
 第二セレクションまでは香穂子に優勝を持って行かれたことがただ悔しかっただけが、先日の第三セレクションでは優勝も当たり前だな、と思うようになっていた。だからといって悔しくなかったわけではないが。そんな香穂子に負けてはいられない。月森はいい意味で香穂子に刺激されていた。
 ライバル。
 そう言い表すのが、いちばんしっくりくるだろうか。
 ひょうたん池、という見た目そのままの名前を付けられた池の近くに、香穂子の姿を見つけた。ちょうど一通り演奏を終えたところらしく、付近の生徒からぱちぱちと拍手を貰っていた。
 近寄っていこうとしていた月森は、何かを踏んだことに気づく。
 薄くてちょっと固いもの。
 身を屈めて手を伸ばし、それを取る。
 生徒手帳だった。
 見事に月森の靴跡がついていたので、さっと手で払う。
 誰のものなのか、表裏ひっくり返したところではわからない。生徒手帳は音楽科も普通科も同じものだ。
 失礼して、中を見ることにする。カバーが掛かっている表紙裏には学生証を挟み込むようになっているから、そこを見れば誰のものかわかる。
 右手にヴァイオリンケースを持っているので、必然的に左手で開かなければならない。親指を器用に滑らせて、表紙裏のところへ指を挟み込む。親指の力で表紙を押し上げた。
 少し首を傾げて裏を覗き込む。
 学生証の右上にある写真が目に入った。
「日野の、か」
 そう見えた。
 その途端、つるっと生徒手帳は月森の手から滑る。そのままぱさりと音を立て芝生の上へどこかのページを開き、伏せた状態で落ちた。
 小さく息を吐くと、今度はヴァイオリンケースを脇に降ろし、手を伸ばす。
 背表紙を掴み、そのまま持ち上げようとすると、今度はひらりと長方形の形をした紙が滑り落ちていく。
 紙、ではない。写真だ。
 静かに舞い降りたその写真は裏側を上に向けていた。
 何の写真なのだろう。
 生徒手帳に写真を挟んでまで持ち歩くなんて。
 親指と人差し指とで写真を挟み、持ち上げながら写真を表に向ける。
「………………っ」
 見てはいけないものを見てしまった、という、そんな気になる。
 火原が写った写真。
 カメラに向かってピースサインを出して、大口を開けて笑っている。
 画面いっぱいに火原が入っているのは、生徒手帳に挟むことが出来るように、ギリギリを切り落としているからだ。
 月森は写真から目を逸らすと、生徒手帳の中に戻そうとした。
「月森君もここで練習?」
 香穂子が声を掛けてきたのは、丁度その時だった。
「あ、ああ………」
 すっと、香穂子の視線が月森の手に吸い寄せられる。
 そしてその手の中にあるものを見て、笑みが浮かんでいた香穂子の顔が一変して真っ赤に染まる。
「そそそそ、それ、わ、わたしの、生徒手帳っ!?」
「ああ………ここに落ちていた」
 結局、写真を戻すのは間に合わず、右手に生徒手帳、左手に写真を持った状態である。それぞれを香穂子に手渡した。
 香穂子は急いで生徒手帳の一番後ろに写真を挟み込む。
「………あの、見ちゃったんだよ、ね………」
 上目遣いで月森を見る香穂子の頬は赤いままだ。
「見るつもりは、なかったんだが………」
「そ、そうよねっ」
 無理に笑い顔を作ろうとしているが、それは笑い顔にはならず泣き顔のように月森には見えた。
「……………火原先輩のことが好きなのか?」
「………っっ」
 更に香穂子の顔が赤くなった。さすがにこれ以上赤くなることは出来ないだろう。
 香穂子はぎゅっと胸に生徒手帳を抱きかかえる。
 そして、こくんと頷いた。
「で、でもね! 片想い、なの。ただ、一方的に好きなだけなの」
 後半は、香穂子が俯きながら言ったため聞き取りにくかった。
「あの、だから。………誰にも言わないで………」
 あんな明るい音を出す香穂子とは思えない口調に、月森は苛立ちを憶えた。
「言うわけがないだろう」
 少し強い口調になってしまった。ハッと香穂子は顔を上げると、やっぱり泣きそうな顔をして、でも笑った。
「そ、そうだよね………ごめんね」
 何故こんなにもイライラした気分になるのだろう。こんな顔の香穂子を見ていたくない。
「俺には関係のないことだ。それよりも最終セレクションの前だろう。そんなことに気を取られているなんて、余裕なんだな」
 言ってしまってから、即座に後悔していた。香穂子が傷ついた表情になったからだ。
だが、謝ることは出来なかった。
 香穂子から逃げるように、ヴァイオリンケースを提げると踵を返し、足早にその場を去る。苛立ちが歩調に表われる。
 さっきの言葉は嫌味だった。あんな言葉を言うつもりなんて、全く無かった。
 香穂子を傷つけるつもりなど、毛頭無かったというのに。
「………………」
 森の広場を抜け出ると、ようやくそこでいつもの歩調に戻した。深く息を吐く。
 冷静になれ。
 自分にそう言い聞かせる。
 香穂子の音が、軽やかで明るいのは、そうだ。火原の音に似ている。そんなことをどうして今まで気づかなかったのだろう。今更写真を見て衝撃を受けることではない。香穂子は初めから火原に影響を受けていたのだ。
 わかってしまえば、それだけのこと。
 あの音は火原のことを想いながら出した音。
 自然と、笑いが漏れていた。
「………バカだな、俺は」
 自嘲。
 何がライバルだ。
 香穂子が火原を好きだと知って、こんなにもショックなのは、ライバルとして香穂子を見ていたからじゃない。
 だが、そんなことに今気づいたとしてどうにもならない。
 香穂子の気持ちは火原を向いている。
 ならば。
 月森は顔を上げ、視線をまっすぐ前へと向けた。
 今度こそ、ライバルとして、香穂子を見よう。
 同じコンクール参加者として。同じヴァイオリン奏者として。

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舌の根も乾かぬうちに……………ご、ごめんね、月森君! 別にいい思いをさせたくない訳じゃないんだけど、このネタが思い浮かんだときには、君しか当てはまる人がいなかったのよ。(本当は柚木も候補に挙がっていました。でも難しそうなので止めました)そんなわけで、早くも月森2作目が登場しましたが、初の失恋もの。しかも恋心に気づいた途端失恋、というか失恋して初めて恋心に気づいたというか、なんとまぁとても可哀想な状況。やっぱりこの状況は月森しかいないよね。柚木様だと、こうも大人しく引き下がるとは思えないので、とんでもないことになりそうだもんね。そして今回も憎まれ役(笑)は火原っち。火原っちの創作をしていない分をここでカバー。でも、火原っちも別に香穂子とラブラブってことはなくて。時期としては最終セレクションの中盤あたりかな。ライバル度もほどよく上がっている感じ。そういえば、セレクション途中の話を書いたのも初めてだ。そうかー。こういう心の変化を書くのもアリなんだなー、と書きながら気づいていたり。好みとしてはラブラブ話がいいので、どうしてもゲーム終了後になっちゃうんだけどね。とか言いながら、今実は失恋モードなんですよね、私が。もちろん書きたい小説の。だから、つい、こんな話をかいてしまいました………。
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