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064.ランチタイム

 さて、どうしたものか。
月森は手にしている弁当箱の中身を凝視したまま、頭の中をフル回転させていた。
 屋上のベンチ。昼休み。月森が持っているのと同じ中身の弁当を食べている香穂子が隣に座っている。二人の弁当の中身が同じなのは、香穂子が作ってきたものだから。
 香穂子が弁当を作ってきてくれるようになって一週間。同じメニューのものを入れないように心がけているようで、毎日違う中身の弁当を食べている。そういう香穂子の心遣いも嬉しいし、何より単純に香穂子の作った弁当を食べられる、そのこと自体が嬉しい。
 もちろん残さず食べるし、食べ終わった後に礼を言うことも欠かさない。
 だから今日も同じように残さず食べて礼を言わねばならない。
 だが。
 月森の箸を止めているものが、ある。そのせいで、残さず食べるという非常に簡単なことが達成できるかどうか危うい。
 いや、残してはいけない。それは当たり前だ。香穂子がいろいろ考えて月森のために作ってきているのに、それを残すのは失礼に当たる。
 とはいえ、その為には………。
「どうしたの? おなか、空いてなかった?」
 香穂子が下を向いている月森の顔を覗き込んでくる。
 香穂子の弁当はもう半分以上が食べられていた。更に香穂子の弁当には月森の箸を止めた原因のものがもうない。食べてしまったのだ。
「いや」
 短く返して、月森は再び箸を動かし始める。
「そう?」
 香穂子はそれで引き下がる。
 それを除けて、他のものから少しずつ食べていく。しかし、そんな偏った食べ方をしてしまえば、香穂子が疑問に思うだろう。何しろそれは今日の弁当の中ではメインに位置するようなものなのである。バランス良く食べていくなら、最後まで残っているのは妙だ。それがとても好物で最後に取っておきたい、というのなら最後まで残っている可能性が無いわけでもない。だが、月森としてはそのような食べ方は好ましくない。傍から見ていてあまり行儀がいいと思えないからだ。
 とはいえ、今の月森はあまり行儀がいいと言えないことをやっている。
 覚悟を決めるしかない。
 香穂子をがっかりさせたくないのだ。
 折角香穂子が作ってきてくれた弁当を残すことも出来ないし、それにこれが嫌いだと悟られるのも恥ずかしい。
 腹を括る。
 狙いを定めて、箸を延ばす。
 それを挟んで、勢いに乗せて口へと。
 急いで咀嚼する。
(うん………?)
 嚥下してから、少し首を傾げた。
 それはもう一つある。
 月森は続けて食べることにした。
 今度は幾分かゆっくりと箸を動かし口へと運ぶ。
 咀嚼もゆっくりとしてみた。
(何故だろうか………)
 やはり、さっきと同じことに気づく。
 嫌いなそれを食べたのに、以前のような嫌悪を感じない。これまでは飲み込むのにも一苦労していたのに。飲み込もうとしても喉を通らないのである。酷いときには涙を浮かべたこともあった。だから最近では最初から口にしないようにしている。
 それなのに、今食べたそれは難なくというのは言い過ぎだが、これまでのような苦しい気分はなかった。それ単体でなく、肉詰めにされていたのが良かったのだろうか?
 いや違う。それでもそれの個性は消え去りはしない。どの料理に入っていてもその存在は強烈なのだ。これくらいで消えるものではない。
 では、何故か。
(………………………)
 考えてもわかりそうになかった。
 ただ、食べることが出来た。それが大きい。
「ごちそうさま!」
香穂子が軽く手を合わせた。
 いつもなら月森が先に食べ上げてしまうのに、それと格闘しているうちに香穂子のほうが先に終了してしまったようだ。
「ふ~、おなかいっぱい」
 そんなことを言いながら、下の売店で買ってきたお茶を飲んでいる。
 月森も急いで残りの弁当を食べてしまうことにした。嫌いなそれはもう月森の腹の中だ。あとは躊躇うものなど無い。
 やや遅れて月森も手を合わせる。
「ごちそうさま………ありがとう」
 弁当箱を閉じるとそう言いながら、香穂子に手渡す。
「どういたしまして。―――美味しかった?」
「え?」
 美味しかった、なんて訊かれたことはこれまでになかった。
(何でよりにもよって今日………)
 そう思ったが「美味しかった」と答える。
 それ以外の言葉を返せるはずがなかったし、それに嫌いなあれはそこまで嫌じゃなかった。
 今も口の中にそれの残滓は残っていて、お茶を飲むことで緩和させていたが。
「そう」
 香穂子の笑顔に何か含みがあることに気づく。
「何か………」
「月森君、ちゃんと食べたね」
「え?」
 香穂子の言葉に一瞬思考が止まる。
 しかし、すぐに動き出した頭がはじき出したのは、香穂子がそのことに気づいていたという事実。
 顔が一気に熱くなる。今鏡を見たら、間違いなく頬が赤くなっていることだろう。
「気づいて、いたのか」
 羞恥を憶えながらも、香穂子に確認しないではいられなかった。
「そりゃあ、あんなに親の敵を見るような目でじーっと睨んでたら、誰でもわかると思うけど」
 笑顔の香穂子から目を逸らす。
 あの時点で、隠すのには既に遅かったようだ。
「でも、食べてくれた。ありがとう」
 逸らした目を香穂子に戻した。
「別に礼を言われることじゃない………香穂子が、言うことじゃない。むしろ俺が言わなければならない………」
「ううん。残しても良かったんだよ。でも、私のこと考えて食べてくれたんだよね。だから、私がお礼を言いたいの」
 つまり。
 香穂子は全てお見通しだった、ということか。
 月森の強ばっていた顔がふっと解ける。
 隠そうとしていた自分が馬鹿みたいだ。確かにあれを嫌いなことを香穂子に知られるのは恥ずかしいが、そのことを隠そうとしていたのが、もっと恥ずかしい。
(全く、敵わないな………)
 何も言わずに香穂子を見つめたら、香穂子が「なぁに?」と首を傾げる。
「何でもない」
「そう? ………でも、月森君がピーマン嫌いだなんて………」
「何だ」
「なんか可愛い」
 ぱっと笑顔を見せて香穂子がそう言い、月森は絶句する。
 ―――やはり、香穂子にはどう頑張っても敵いそうにない。

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ネタだけはずーっとありましたが、ようやく完成。書き始めから終わるまでに1時間もかかっていないのに、どうして書き始めるまでにこれほどの時間がかかったのか。月森君は食べ物の好き嫌いがありそうですよね。きっと子供みたいにピーマンが嫌いに違いないと勝手に推測。そこからこの話は出来上がりました。嫌いなものも香穂子の手作りなら食べるだろうな、とか。作中ラストまで月森の嫌いなものがピーマンであることを指示語を使って伏せてきました。本当はそのまま伏せたままにしようと思っていましたが(読み手さんの想像に任せて)、肉詰めとか書いちゃったので、これは出すしかないな、と。だからお弁当にメインで入っていたのは「ピーマンの肉詰め」です。しかし、お題はランチタイム。確かにお弁当食べていますが、やっぱりお題からずれている?

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