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077.雪

 夜半、降り出した雪は翌日一面の景色を真っ白にしてしまった。
 雪は放課後まで溶けずに残り、その珍しさに浮き足立っている生徒たちが正門前や森の広場などに繰り出している。
 月森はそれを横目に今日の練習場所を探していた。屋外での練習をする気はないので、必然的に音楽室か練習室になる。
「あっ、月森!」
 やたらに明るく大きな声に振り返ると、満面の笑みで駆け寄ってくる火原の姿。
「あのさ、今から雪合戦するんだけど、月森も混じんない?」
 挨拶も何もかもそっちのけで、ずばりと用件だけを切り出してくる。
「いえ、結構です。失礼します」
 軽く一礼すると、さっさと火原に背を向ける。
 しばらく火原は月森のことを見ていたようだが、誰かに呼ばれて走っていってしまった。
 思わず、ため息が漏れた。
 あの明るさは毎回毎回感心する。………見習いたいとは思わないが。
 火原は、その性格がそのまま出ている、突き抜けるような気持ちのいい音を奏でる。本人の話ではトランペットは中学の時に始めたものらしいが、それを全く感じさせない。といって、練習中の姿を見ていても必死でやっている感じではない。それでいてセレクションでは好成績を残すほど。天賦の才能と、人を惹きつけるもの。それを火原は持っている。悔しいがそれは事実。
 自分と比較するのはくだらないとわかっている。わかるきっている。それでも気になってしまう。
 もう一度ため息をこぼすと、月森は音楽室のドアを開いた。
 様々な音が入り乱れ、鳴っている。思ったより音楽室は空いていた。
 階段状になっている音楽室の前の方まで移動していくと、窓辺で金澤が外を眺めていた。
「若いってすごいなぁ」
 そんなことを呟いている。
 気にせずにヴァイオリンをケースから取り出していたら、金澤の方から声を掛けてきた。
「なぁ見てみろよー、月森。あいつら、元気あり余ってると思わないか? この寒い中、何で外で雪合戦なんか出来るんだ?」
 そんなことで同意を求めないで欲しい。
「うわっ。素手だぞ、あれ! ひえー。手袋くらいしろよー。見てるこっちが寒いっての」
 白衣のポケットに手を突っ込み、首を竦めて、いちいち感想を述べている。
 あまりにうるさいので、月森もちょっとだけ窓から覗いてみることにした。
「ほらほら。火原のやつ。何であんなに元気なんだ?」
 正門前で雪合戦が始まっていた。といっても敵味方というのはなさそうで、単にぶつけあって喜んでいるだけである。
 結構人がいた。普通科音楽科入り交じっているのは、火原の人徳であろう。しかも、男女関係なく。
 と。
「何やってっ………」
 それに気づいた途端、月森は走り出していた。
「おーい? 月森ー?」
 金澤の暢気な声が月森を呼んだが、無視をする。
 一気に階段を駆け下り、音楽科のエントランスから正門前へ。
「香穂っ」
 エントランスを出ると真っ先に目に入った姿を強い口調で呼ぶ。
 その声に、周りで遊んでいた人たちが月森の方を見て動きを止める。だが、それには構わずに月森はまっすぐに香穂子の方へ歩いていく。
 香穂子は月森の姿を見て、雪の玉を手にしたまま固まっている。
「何を考えているんだ! 君はヴァイオリン奏者としての自覚がないのか!?」
 がつっとその手首を掴む。その弾みに香穂子の手の中にあった雪玉がぽとりと地面に落ち、他の雪と混じる。
 香穂子の指先は赤くなり、触らずとも冷え切っているのがわかる。
「指は大事にしろと何度言えばいいんだ!」
 まくし立てる月森に香穂子は言葉を返せないでいる。
「あー。月森。ごめんごめんっ」
 少し離れたところにいた火原がぱたぱたと走ってくる。
「おれが誘っちゃったんだ。ごめんね」
「いえ。火原先輩に謝って貰う必要はありませんから。要は本人の自覚の問題です」
 そう言いつつも火原を見る目がきつくなる。
「月森君、ごめんね。先輩もごめんなさい」
 香穂子が控えめに笑む。
「香穂子ちゃんが謝ることないよ。無理に誘ったおれが悪かったんだし。だからあんまり香穂子ちゃんを責めないでやってよ、ね?」
 火原は後半を月森に向けて言う。
「…………別に、責めるつもりは………」
 何だか、自分が悪いみたいじゃないか。
 そう思ったことは押し隠して、香穂子を見る。
「……………」
 そこでようやく香穂子の手首を強く握っていたことを思い出し、その手を解放すした。そしてそのまま踵を返す。
「つ、月森君っ」
 香穂子の声にも足を止めない。
 ひどく、気まずかった。
 人の目も気にせずに香穂子に駆け寄っていってしまったこと。人前で香穂子に怒鳴りつけてしまったこと。香穂子に、そして火原に謝られてしまったこと。よりによって火原に。
「くそっ」
 毒づきながらエントランスに戻った月森を、軽い足音で駆け寄ってくる人がいる。振り返らなくても香穂子だとわかる。
「待って!」
 上着の背中を掴まれた。
 足を止めた。
「あの、心配かけてごめんなさい」
 振り向いた鼻先を香穂子の髪が掠めていく。香穂子が大きく頭を下げたからだ。
「………怒ったわけじゃないから………」
「本当?」
 恐る恐るといったふうに顔を上げた香穂子に頷いて見せると、さっとその顔が晴れ晴れとする。
 それから視線を逸らすようにして、香穂子の手を取った。
 指先から冷たさが伝わってくる。
「今日は月森君の手の方があったかいね」
 無邪気な香穂子の言葉に何も返さず、ただ黙ってその手を掴んでいた。
 確かに、香穂子に怒っているわけではない。もちろん、火原に怒るなんてお門違いだ。
だが、自分の中に燻っている憤りはそこに存在していた。
 何に対して憤っているのかも、その憤りはどこから起っているのかも。それを月森はちゃんとわかっていた。その気持ちを何と呼ぶのかも。
 嫉妬。
 それが、その気持ちの名前。
 香穂子と一緒にいるようになって、どれだけその気持ちを抱いてきたかわからない。そのたびに自分が嫌になる。そんな醜い感情を抱いてしまう自分を。
「月森君。一緒に練習しよ?」
 香穂子が月森の手を握り返してくる。
「そうだな」
 香穂子は気づいているのだろうか。そんな感情を抱く自分がいることを。そしてその度ごとに香穂子の笑顔や言葉に救われている自分を。
(いや、気づいて欲しくない、な………)
 月森の手のぬくもりと香穂子の手の冷たさがお互いの手の中で解け合って、同じ温度になるのを感じながら月森は思う。
 もっと自信が欲しい。
 こんなことくらいで気持ちが乱れてしまわないように。

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「青春してるねぇ~」とか何とか、通りかかった金やんが言ってそうですが。何でもいいけど、暗い! 暗いよ、月森。月森初創作なのに! 香穂子とラブラブで幸せなんじゃないの、本当は? なのに、何でこんな話になっちゃったのかなぁ。月森の人格のせいなのかなー(←人のせいにしない)。しかもうまく締められなかった………。うまく表現できたかも危ういし。月森って難しい………。あんまりまだよく把握してないせいもあるんだけどね。年明け一発目の創作がこれって………。しかも。火原っちが妬まれてますよ!(笑)ある意味貴重だ。殆ど使っていない楽典を月森に届けられる火原っちなのに。そんな火原っちに嫉妬しちゃう月森って案外可愛いかも?もともとこのお題は金やんと火原っちで構成するつもりで、金やん視点の筈でしたがあれよあれよという間にこんな結果に。まぁねぇ。金やんでどんな話にするんだって言われたら良くわかんないんですけどね。細部決めてなかったし。月森はまた機会があればリトライしたいな。今度はラブラブな感じのお話を………。
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