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092.デート

 彼女が怒っているのは何故なんだろうか。

 いつもよりも早い足捌きで歩く香穂子に遅れまいと歩調を合わせながら、月森は考える。
 とりあえず、今日顔を合わせた時のことから思い返してみる。


 約束の時間は午後一時。
 十分前には待ち合わせ場所に到着していた月森は、彼の姿を見つけて笑顔で駆け寄ってきた香穂子を、やはり笑顔で迎えた。
 この時は香穂子は怒っていなかった。
「待たせちゃった?」
 いつもの香穂子のセリフに、「いや」と答えるのもいつのもこと。
「今日は何と、月森君にプレゼントがあります!」
 月森の前に立って、香穂子はバッグの中から二枚のチケットを取り出すと、得意気に月森に良く見えるよう掲げる。
 それは、今駅前のコンサートホールで行われている、世界的に有名な男性ヴァイオリニストのリサイタルチケットだった。月森自身、このヴァイオリニストには注目をしていて、是非見に行かなくては、とチケットが発売される前から香穂子にも話していた覚えがある。
 それを香穂子はきちんと覚えていてくれたわけだ。二日間、昼夜二回、つまり四回しか公演がないので、このチケットを取るのはなかなか苦労しそうだとも。
「今日は、これを聴きに行きましょう!」
 チケットの陰から除かせた香穂子は得意満面。
 微笑ましくて、つい笑ってしまう。このチケットを取るために、香穂子はかなり頑張ったのだろう。
「そうだな。香穂子にも聴かせたいと思っていたくらい素晴らしいリサイタルだったから、ちょうど良かった」
 実は、昨日このリサイタルに行ってきたのだ。昨日の夜、急遽「チケットがあるから」と知り合いに誘われた。
 予想を超えて素晴らしい公演だった。もう一度聴きたいと思ったほどに。今日、香穂子と会ったら真っ先にそのことについて話そうと決めていた。だからまた聴くことが出来るとは思っていなくて、これはとびきり嬉しい予定外。
 ところが―――。


 この辺りから雲行きが怪しくなった。
 香穂子の顔から笑みが消えてしまったのだ。
 何故なのか。
 わからないまま、今に至る。
「香穂子」
 早足の香穂子がコンサートホールとは逆のほうに向かっていることに気がついて、慌てて呼び止めた。
 香穂子は無言で振り返る。その目が据わっていて、怖い。
「コンサートホールはそちらにはないと思うが」
 香穂子がにっこり微笑んだ。ますます、怖い。
「だって、もう聴いたんでしょ? なら、わざわざ行かなくてもいいじゃない?」
「は?」
 香穂子の言っている意味がわからない。
 リサイタルを聴きに行きたいがために、香穂子は手に入りにくいチケットをわざわざ入手したのだろうに、何故そんな発想に至るのか。
 香穂子の言葉の意味を理解しない月森に、香穂子は更にかちんと来たようだ。浮かべていた笑みすら引っ込んでしまう。
「私、月森君と聴きたくてすっごく楽しみにしてたのに自分だけもう楽しんでるし、ちょうど良かったなんて酷い!」
 真正面から強い口調で言い返されて、月森は面食らう。
 今、とても嬉しいことと、理不尽なことを一緒に言われた気がする。
「俺も香穂子と聴きたいと思っていた」
 まずそのうちの一つに答えを返した。
 多くの人が行き交う日曜日の駅前。道のど真ん中で向かい合って言い合う二人は、道行く人たちの注目の的だ。
「それに、今だって香穂子と聴きに行けることを楽しみだと思っている。昨日、聴きに行ったときだって、香穂子と聴けたら良かったのにと思ったから」
 静かに言葉を続ける月森の前で、香穂子の目がふっと力を無くす。上目遣いで月森のことを窺うようにし、僅かに目の縁が赤くなっているようにも見えた。
「ごめんなさい」
 言葉もさっきまでの勢いが失せていた。
「今のは、私の勝手な言い分で、理不尽だった。あんまり考えないで言っちゃった………。月森君のことだから、リサイタルを聴きに行く予定があったのならもっと早くに話してくれていただろうし、それが出来なかったということは急に決まったことなんだよね。それに、私がチケット取ったこと、話してなかったのも悪いし」
 香穂子の口元には自嘲気味の笑みが浮かんでいる。
「本当にごめんね。………今からでも、一緒に行ってくれる?」
「当たり前だろう。………同じ事を何度も言わせないでくれないか」
 今になって、自分が繰り返し言ったことに恥ずかしさを覚える。急に頬が熱くなった。
「うん。ありがとう」
 香穂子は今度は心から嬉しそうに微笑んだ。
 更に顔が熱を持ったことに気付いたが、それでも月森は香穂子のその笑顔から目を離せなかったし、そして月森自身、笑みを抑えることは出来なかった―――。

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ネタを思いついた時には画期的だ! と思っていたのに、いざ書いてみるとなんじゃこりゃって感じです………。でも書き上げたので、アップはする。お題が「デート」。だけど、ちっともデートらしくないです。デートしようとしているところで終わりです。なんじゃそりゃ。書きたかったのは、素で照れるようなことを言っておいて後からそれに気付く月森と、その月森に怒っている自分が少しアホらしく思える香穂子。………書きたいものの時点で何かを失敗しているような気がしないでもない………。ただ、月森は計算とかなしで、火原とは別の意味で天然で恥ずかしいセリフを言ってしまい、その後でその恥ずかしさに気がついて照れる、というタイプのように思えたもので。しかし、火原を書くのと違って苦労しました。たったあれだけの文章を書くのに、二日かかっていますから!

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