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火原を騙しているんじゃないかと、香穂子に言われた。
「火原がいると、自然といい人になるんだよ」
そう返した。
香穂子はいったんは納得した表情を見せたが、やはりしっくりこないようだった。先を行く火原の後を二人で追いながら、ぶつぶつ言っている。
「確かに、火原先輩の前だと自然にいい人になっちゃうのはわかります。わかりますけど、柚木先輩の場合は極端すぎるし、火原先輩の前だけじゃないですよね、いい人になってるの。というか、私にだけですよね、そんなに意地悪なのは」
「おや。気に入らないのかな?」
「気持ちいいものじゃないですから」
「なかなか言うもんだね」
柚木が、他の誰にも見せない一面を香穂子に見せるようになった当初は、少し距離を置いて接していたようなところがあった香穂子もこの頃は慣れたのか、遠慮のない言葉を返してくることがある。だが、それが面白くもある。こんなに気骨のある異性はそういない。
「それより、どうして火原先輩にはその本性を見せないんですか? 親友なのに」
「親友だから全てを明かさないとならないなんて、誰が決めた?」
「誰が決めたとか、そういうことじゃなくて………柚木先輩は火原先輩に明かしていないことがあるって心苦しくならないですか………?」
「ならないね」
即答だった。
考える間もないほどの返答に面食らったのは香穂子だけではなかった。柚木自身、驚いていた。
その理由に思い至る時間はなかった。目的地に着いた火原が二人を呼んだからだ。
一人になって、柚木は自分が火原に心苦しくならない理由を考えた。
それは昼休みから数時間後、既に放課後になっていた。一人になれる時間というのは柚木には案外無いものである。それは、柚木が外面を良くしていることが生み出した副産物。煩わしいとは思うが、柚木が選んで得た結果についていきたものだから、受け入れるしかない。
ただ、香穂子に出会ってから、煩わしく感じる度合いは大きくなったようには思うが。
(心苦しい、ね)
本当に、火原に対してそんなことなど思ったことはなかった。
それは火原が柚木にとって取るに足らない存在だからということではない。むしろ逆だ。
火原だからだ。
つまり、それは香穂子に言ったことばそのまま。
火原がいると、自然といい人になる―――。
言い換えれば、火原にはいい人だと思われていたいのだ。
こんな本性など、見せたくない。見られたくない。
明るくて、そこにいるだけで人を集める火原。柚木が多くの人から慕われているのは、それは柚木がそれだけの努力をしているからだ。
どう足掻いたって、柚木は火原のようにはなれない。火原のようには出来ない。
柚木は今のままであるしかない。
でも、それでいいと思っている。火原のようになる必要はない。
だから、せめて火原の前だけは、本当にいい人でいたい。
本性をさらけ出せる香穂子の前にいるのはとても楽だ。だから柚木にとって香穂子は特別な存在である。
しかし、それと同時に絶対に本性を見せたくない火原も、柚木にとって特別な存在だ。火原の前でなら、本当にいい人になれる気がする。
(俺は、どうなりたいんだろうな)
自嘲の笑みが浮かぶ。
香穂子の前の自分と、火原の前の自分は正反対のものだ。相反するものが、自分の中にある。
―――この答えは、当分出そうにない。
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