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休み時間のたびに呼び止められ、その度ごとに腕の中はチョコレートの包みでいっぱいになる。結局一日が終わるまでその状態が続いた。毎年のこととはいえ、今年は一段と数が多かったようだ。
「ありがとう。大事に食べるね」
放課後、正門前。
柚木が微笑むと、顔を真っ赤にした普通科の一年生二人は「しっ、失礼しますっっ」と声をひっくり返しながら走り去ってしまった。
「さて、と…………」
正門の外には柚木を迎えに来た車が、彼が乗り込むのを待っている。後部座席のドアの脇で直立して待っていた運転手は、柚木が近づいてくると、恭しく一礼してドアを開ける。柚木は主にチョコレートで重くなった荷物を預け、さっさと車に乗り込んだ。
ドアが静かに閉められる音を聞きながら、足を組む。
「じゃあ、彼女を追いかけて」
運転手が乗り込んでくると、行き先とも言えない行き先を告げる。運転手は「はい」とだけ短く返答して車を発進させた。
肘をついて、窓の外へ目を向ける。
ほどなくして、柚木はやや肩を落とした普通科の制服を着た後ろ姿を見つける。
「止めて」
走り出したときと同じく、静かに車は停止した。少し行き過ぎるが、ちょうどいい。
柚木は自分の手でドアを開けて車を降りると、彼女を待ち構えた。
「柚木先輩………」
車が横を通り抜けた時点で、柚木のことに気づいていたのだろう。ずいぶん早い段階で足を止めている。
柚木の方から残りの距離を詰めていく。
「どうして、先に帰ってしまったのかな? 日野さん」
笑顔と共にそう尋ねたら、香穂子は気まずそうに柚木から目を逸らして俯いた。
もともと徒歩で登校できるほどの距離しかないのだから、車に乗ってしまえばあっという間である。
ゆっくり話しておきたかったので、わざと遠回りをさせることにした。
香穂子は柚木の視線を受けながらもじっとしている。鞄を膝に乗せ、その上で両の拳を力いっぱい握りしめている。
「今日は一度も話しかけてこなかったな。割って入ってくる勇気がなかったのか」
「入れませんよ!」
ようやく香穂子が顔を上げて柚木に反論する。
だが、柚木の顔に笑みが浮かんでいるのを見て、慌てて顔を逸らした。
「何で香穂子の方が遠慮するんだ」
「…………………あの人たちを退けたらどんなに怖いか、先輩は知らないんですよ」
「知ってるよ。香穂子が彼女たちからいろいろ言われているのもね」
柚木が香穂子を特別扱いするようになったことは別に隠しているわけではないし、柚木のファンを自称する女の子とて柚木の事ばかり見ているのだ。気づかないわけがない。
そして、彼女たちは香穂子のことを認めていない。
柚木の迷惑になるようなことはしない彼女たちだが、やはり嫉妬心もきちんと持ち合わせている。それを香穂子にぶつけてしまうのも、無理はない。
仕方のないことだとわかっていても、あからさまに敵意をぶつけられてばかりいたら、さすがの香穂子も意気消沈してしまう。
「先輩は意地悪です………」
「今頃気づいたのか?」
いけしゃあしゃあと言う柚木に香穂子は恨めしげな視線を投げた。
柚木の本性を知るのは、学校内でも香穂子くらいのものだ。金澤や天羽も何かしら感じるところはあるようだが、ばれてはいないだろう。
「俺が人気があるなんて、初めからわかっていたことだろう。今更何を気にしている?」
「…………それは、そうですけど」
「何だ?」
「……………………やっぱり、他の女の子にも優しいのって、嫉妬しちゃいます」
意を決した香穂子がすっと顔を上げてしっかりと柚木を見据える。今度はその視線に柚木の方がたじろいでしまう。
香穂子は自分の意志を強く伝えるとき、相手の目を見る。その視線が時々、すべてを見透かされてしまうようで圧倒されることがたまにある。
「それで」
香穂子から目を逸らしてしまいそうになった柚木は、話を替えることにする。
「お前は俺にチョコをくれないのか?」
「用意してますけど………」
香穂子は言葉を濁すだけで、一向にそのものを出す気配がない。
「けど、何だ?」
少しだけ苛立ちが口調に表れる。
それがわかったのだろう。香穂子は渋々といった感を拭わずに、鞄の中を探る。
のろのろとした動作でそれが鞄の中から現れると、半ばひったくるようにして柚木は香穂子の手からそれを取り上げた。
世界的に有名なブランドの名前が入った包みとリボン。その箱はとても小さく、想像するにトリュフのようなものが、三つ入っているくらいだろう。
「ごめんなさい………」
小さな声で香穂子が謝る。
「何故謝る?」
「…………本当は、手作りにしようと思ったんですけど、口に合わなかったら困るから止めて、じゃあどのチョコレートにしようって考えたら、きっと美味しいチョコを食べ慣れてるはずだから、有名な美味しいチョコがいいんじゃないかって。でも、そうしたら、一つ一つが高くて…………」
それで、こんなに小さな箱になったのだ。
「それなのに、みんな、大きいのとか上げてて…………わたしがこんな小さいのじゃだめだって思ったら………」
すごすご引き下がるしかなかった、というわけか。
「バカだな」
「う………」
言われなくても自分でうすうす感づいてはいたのだろう。反論は無かった。
ただ、香穂子は何故バカと言われたのか、本当のところはわかっていないだろう。だが、それを懇切丁寧に教えてやるほど、柚木はお人好しでもない。
こういうところを愛しく思ったなんて、口が裂けても言えない。
優しい言葉も、気遣う言葉も、他の女の子になら簡単に言える。嘘ではなくても、そこに柚木の本当の気持ちはないからだ。
しかし、香穂子は違う。
香穂子には言えない。優しい言葉も、気遣う言葉も。
そして、好きだという言葉も。
だから、代わりに柚木は言う。それでも、赤くなりそうな顔を見られたくないから、顔を背けて。
「それほどまでに考えて選んだものを恥ずかしがる必要なんてない。もっと自分に自信を持て。俺が選んだ女なんだからな」
香穂子からの反応は無かった。
あまりに長いこと黙っているので、気になって横目で香穂子を見る。
香穂子は僅かに頬を上気させて、笑っていた。
とても、嬉しそうに。
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