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「可愛いストラップだね、火原」
柚木に、ズボンのポケットからはみ出している携帯電話のストラップを目敏く見つけられた火原は「えへへ」と声に出して笑った。
「でしょ。これ、香穂ちゃんとお揃いなんだー」
手に取った携帯電話からぶら下がっているストラップのモチーフはヴァイオリン。ト音記号と一緒にゆらゆらと揺れている。
「それはいいね」
柚木はにっこりと微笑んだ。
それを受けて火原は、笑いを照れに変えた。
学内コンクールが終わってから、火原と香穂子はつきあい始めた。つきあい始めてからまだ二ヶ月の二人はまだ初々しく、可愛らしい恋愛をしている。休みが明けるたびに火原から聞かされる週末の話は微笑ましいものばかりだ。
揃いのストラップを買ってそれぞれに付けることも、微笑ましいことの一つ。
音楽室に行くという火原と別れて、柚木は生徒会室へと向かう。秋に行われる文化祭のことで相談を受けることになっているからだ。特別教室棟を抜けて、普通科校舎に入ってすぐに、柚木は香穂子の後ろ姿を見つけた。
「日野さん」
柚木に呼び止められた香穂子の手には、携帯電話があった。画面が開いているところを見ると、どうやらメールを打っていたようだ。
「こんにちわ」
途中だったのだろうに、ぱたんと携帯電話を閉じる。
そして柚木は気がついた。
火原とお揃いだという、香穂子の携帯電話に下げられているストラップに。
「どうかしました?」
柚木が何も言わずに携帯電話に―――正確にはストラップに視線を向けているだけであることを不思議に思った香穂子がそのまま疑問を口にする。
「ああ、そのストラップ―――」
そう言われて、香穂子は携帯電話を目の高さに持ち上げた。ストラップが大きく揺れる。
「火原とお揃いだと聞いていたんだけどね」
「あ、はい。そうですよ」
香穂子の頬が少し赤味を帯びる。
「でも、日野さんのは………」
言いかけて、止めた。その代わりに柚木はふっと笑った。
「なるほど」
「え?」
「いや、何でもないよ。引き留めてごめんね」
「いいえ」
質問しかけておきながら一人で納得してしまった柚木に、香穂子は首を傾げながらも軽く頭を下げて踵を返した。
その背中を見送りながら、柚木は更に笑みを深くしていた。
火原と香穂子のストラップは厳密にはお揃いではない。
火原のストラップは、ヴァイオリン。
そして、香穂子のストラップは、トランペット―――。
「………本当に、可愛いことだね」
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