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ハッピーハッピーハロウィン

「いたずらかぁ………」
 呟きながら、火原は特別棟の二階の廊下を歩いていた。呟きは火原が今悩んでいることそのままの内容である。
 火原は何か悪戯をしなければならない状況に陥っていた。
 事の起こりは三十分前―――。
 創立祭のコンサートを終えて三日。今度は文化祭でアンサンブルを披露することになり、いつものメンバーで集合して話し合いをしている途中のことだった。何の曲にするのか、誰と誰が組むのか、そういったことを話し合っている最中である。
「あ、今日はハロウィンなんだった」
 唐突に言ったのは加地だった。
「………今の話し合いとどう関係が?」
 怪訝そうな顔というよりむしろ眉間に皺を寄せて不機嫌な顔になったのは月森である。
「関係はないけどね」
 月森の不機嫌な顔を気にすることもなく、加地はにこっと笑って全員を見渡す。
「ちょっと話し合いも詰まってきたし。ここらで気分転換でもしない?」
「気分転換って何?」
 飛びついたのは火原自身であった。
「折角のハロウィンだから、みんなでちょっとしたパーティーでもどうかなって」
「パーティー………」
 場違いな発言だと言わんばかりに繰り返したのは土浦である。
「そんな仰々しいものじゃなくて。今からだったら何の準備も出来ないけど、ハロウィンの気分を少しだけ味わってみるのは可能だと思うんだ」
「何をするのかな?」
 柚木が先を促す。
「ハロウィンといえば、トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、っていうことで、それぞれをびっくりさせ合うっていうのはどうかな」
「いたずらを仕掛け合うだけ?」
「そう。今からじゃお菓子の用意も間に合わないだろうし、簡単ないたずらくらいなら思いつくでしょう。学院内をそれぞれ自由に行き来して、出逢った人を驚かすだけ。それで一番多く驚かせた人が勝ち」
「勝ったら何か貰えたりするの?」
「何も準備していませんから、そこまでは」
「でも、楽しそうだね! やろうよ!」
 ―――この時までは確かに火原も乗り気だった。
 だが、今は何もいたずらを思いつかないまま、校舎内をうろついているだけだ。
誰ともすれ違うこともない。
 参加メンバーは、月森、土浦、志水、火原、柚木、加地、冬海と香穂子。それから話がいつの間にか伝わっていた天羽。
「香穂ちゃんに逢えたらいいなぁ」
 いたずらは思いつかないが、香穂子には遭いたい。どんないたずらをしてくれるのか、見てみたい。
「月森君とか土浦とかはどうなのかなぁ」
 二人とも明らかに乗り気でなかったから、もしかしたらどこかの教室でふて腐れているかも知れない。あの二人なら脅かしやすそうだ。
「冬海ちゃんは驚かすの可哀想だなぁ」
 あまりに驚かせてしまったら、泣いてしまうかもしれない。
「加地君とか柚木は想像もつかないけど………天羽ちゃんもスゴイの仕掛けてきそうだけど、一番手強いのは志水君かなぁ。何をしても驚かなさそうだもん」
 特別棟を出て、普通科棟へと移動する。
 まだ誰にも出逢わない。
 他の人たちは誰かを驚かしていたり、誰かに驚かされていたりするのだろうか。
「って、おれまだどうやって驚かすか決まってないんだった」
 このまま誰かと遭遇してしまったら一方的に驚かされてしまう。
 エントランスに足を踏み込んだ時、遠くから悲鳴のようなものが聞こえた。
 何事かと思ったけれど、その声の高さから天羽ではないかと推測をする。その後に聞こえた笑い声は加地のものだ。どうやら加地が一勝したようだ。
「うーん。負けてらんないや」
 改めて気を引き締めた火原の背中が軽く叩かれる。
 何の気なしに振り向いて、それが香穂子だと知れるとぱあと笑みを浮かべる。
「香穂ちゃ………」
 その名を呼びかけて、ぐいっと両肩を引っ張られた。
「えっ?」
 何の抵抗も出来なかった。引っ張られるままに上半身が傾ぐ。
 それから。
 香穂子の唇が火原のそれに触れてきた。
 火原は目を丸くしたまま、そしてそれ以外の何の反応も出来ないまま、香穂子の唇と手が火原から離れても、そのままの状態で固まっていた。
「驚きました?」
 少しだけ頬を赤らめた香穂子が、それこそ悪戯を思いついた子供のような目で火原を上目遣いに見ている。
「お………」
 少し声が出て、身体が動きを取り戻す。
「驚くよ!!」
 がばあっと仰け反るようにして、香穂子から離れた。
「い、今のって………!」
 今のはキスだ。
 香穂子から、キスをされた。
 火原にとっては初めてのキスだった。それをあっさりと香穂子が奪ってしまった。
「嫌な思いをさせたのなら、ごめんなさい」
 火原の反応が驚くばかりでいまいちだったのか、香穂子の目からいたずらっ子のようなものが消えて、伏せられる。
「嫌じゃないよ!! 嫌じゃない。嬉しいけど………」
 めいっぱい否定した後の自分の発言に恥ずかしくなる。
 嬉しいのは事実なのだが、事実であるのだが。
「良かった」
 香穂子のホッとした笑顔に益々恥ずかしくなってくる。顔が熱くてたまらない。きっと今真っ赤になっているのは間違いない。
「ああああの、今の………あの、みんなに、してるの?」
 恥ずかしさのあまりに変な質問をしてしまったと気がつくのは、香穂子の表情がまた変わったからだ。それは少し怒りを含んでいるように見えた。
「みんなになんてしませんよ。火原先輩だから、です」
「え? え? そ、それって………?」
 火原だから、キスをして驚かせた。
 火原じゃなければ、キスをして驚かせることはしない。
 火原だけ―――。
「ええ………?」
 混乱する火原を置いて、香穂子は赤い顔を隠すように背を向けてエントランスを駆け出していった。
「ええ―――!?」
 一人取り残されたエントランスで、火原は大きな声を響き渡らせた。


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ハロウィンだからと考えた………というより思いついた話です。結局最後の香穂子が火原にキスして驚かせた、というのを書きたかっただけです。 2の途中なので、火原とはまだ恋愛段階更新中のはずなのですが、ま、その辺は自由にすっ飛ばしまして。とりあえず、別に付き合っているわけではないです。ちなみにこの勝負、優勝は柚木あたりでしょうか。志水は確かに誰からも驚かされなさそうですが、驚かしもしなさそうなので最下位っぽいです。

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