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ほんのちょっとだけ、喉がいがらっぽい気がして、火原は一度だけ喉を鳴らす。
「風邪ですか?」
隣を歩く香穂子は、その音を聞き逃さなかったようだ。すかさず、そんな質問が飛んでくる。
「ううん。大丈夫。ちょっと喉が気になっただけ」
「そうですか? 今朝はいつもよりちょっと気温が下がってたから………」
「だよね! 清々しい朝ってこういうことを言うんだなって思ったよ」
梅雨も一休みといったところか、今日は朝から空が澄み渡っている。夏が到来したと言ってもおかしくはないくらいにカラッとした空気が半袖の腕に気持ちいい。その分、気温も低く感じられた朝だった。
寝起きに汗ばんでいないなんていうのも久しぶりだ。いつもは薄い掛け布団でさえ蹴り飛ばしているのに、今朝はTシャツがまくれていた腹部を覆うのにたぐり寄せたくらいだ。
「そういえば………」
香穂子がおもむろに自分のカバンの中を探り始める。必然的に足を止めることになり、登校する他の生徒たちの邪魔にならないよう、道の端に避けて香穂子が捜し物を終えるのを待った。
さほどの時間はかからなかった。
「はい」
笑顔と共に突き出された香穂子の手のひらには、小さな小さな袋。一目でそれが飴玉だとわかる。
「のど飴じゃないけど、少しは紛れるかも」
風邪じゃないと言ったにもかかわらず、香穂子が心配してくれているのが嬉しい。
遠慮せずに、その飴玉を手に取った。
「ありがとう!」
断るわけがない。香穂子がくれるというものを、みすみす逃すわけがない。
そして、早速包みを開ける。
薄い黄色の飴玉。
口に入れてまず感じたのは甘さ。それから、香り。
「レモンだね」
「昨日、帰りに買ったんです。なんだか急に食べたくなって」
そう言って、香穂子も一つ口に含んでいる。それから、火原のほうを見て、にっこり笑う。
その笑顔に笑顔を返した後、火原は舌で飴玉を転がしながら、ふと空を見上げた。
(なんだか………)
青が眩しい空に、隣にいるのは大好きな女の子。
(このキャンディ、今の俺の気分そのまんまだ)
甘くって、だけど少しだけ酸味があって、爽やかな味。
それが今、口の中いっぱいに広がって―――。
「美味しいね、これ」
改めて、満面の笑みを浮かべた顔を香穂子のほうへ向けた。それから、前を向いて歩き出す。
だから、香穂子がその笑顔に眩しそうに目を細めたことには気付かなかった。
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