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七夕の伝説

 朝から空を覆っているのは、灰色の分厚い雲。その雲は容赦ない雨を開いた傘の上へと叩き付けてくる。
 傘の蔭から空の様子を窺って、香穂子がため息をつく。
「これじゃ、織り姫と彦星も会えないね」
 声に元気がないのは、もう一週間以上も雨が続いているし、湿気を含んだ空気が鬱陶しいせいもあるだろう。まして、今朝は雨脚が強いためにどんなに気を付けて歩いても、地面から跳ね返される雨に否応なく足下を濡らしてしまう。
 こんな日には、はしゃぐ気分にもならないだろう。香穂子の隣を歩く火原とて、流石にうんざりする。
 香穂子と一緒に過ごせるのが、せめてもの救いだ。
「織り姫と彦星って年に一度しか逢えないんだよね」
 七夕にまつわる星の話なら、基本的なことくらいは知っている。それ以上は知らないけれど。
「それってすごく淋しいなぁ………」
 香穂子が本当に淋しそうなので、傘を傾げて香穂子の顔を伺おうとする。だが、香穂子の傘に阻まれて見えなかった。
 雨は、こういうことすらもどかしく感じさせる。
「一年に一度しか逢えなかったら、その一度がものすごく大事で貴重なのに、雨だったらダメなんてもっと辛い」
「うん」
 もし、火原が香穂子とそうなったら耐えられないと思う。というか、間違いなく耐えられない。
 今だって、一分一秒でも一緒にいたいと思うのに。授業が始まってしまうと、昼休みまでは逢えなくて、身もだえするほどなのに。
 朝、一緒に登校しても、正門を通ってしまえば普通科と音楽科とではエントランスが違うから、そこで別れなくてはならい。それすら、離れがたく思うのに。
「じゃあ、昼休みに」
 傘の下からようやく香穂子の顔が覗いた。そこに浮かんでいる笑みに少しだけ気を持ち直して、火原は頷くと香穂子と別れる。晴れているときは、振り返り振り返りエントランスへ向かうのだが、今日はその場に佇んで香穂子がエントランスの中に消えていくのをじっと見つめてから歩き出した。
「おはよう………どうしたの?」
 既に登校していた柚木は火原が意気消沈していることに気付いた。相変わらず、親友のちょっとした違いにも目敏い。
「うん。大したことじゃないんだけど」
 自分の席に座るやいなや、上半身を机の上に投げ出す。
「織り姫と彦星みたいに一年に一度しか香穂子ちゃんに逢えなかったらつらいなぁって。しかもこんな雨の日だったら、次に逢えるのは来年ってことじゃない。そんなの耐えられないよ」
「ああ………なんだ」
 柚木がくすっと笑ったのがわかって、顔を上げると上目遣いで軽く睨む。
「笑い事じゃないんだよ」
「ごめんごめん。あまりにも火原が可愛くて」
 口で言うほど、悪くは思っていないのが明らかだ。面白くなくて火原は口を尖らせる。
 すっかりふくれてしまった火原に、取りなすように柚木が一つの話をする。
「でも、雨の日でも織り姫と彦星は逢えるんだよ」
「え?」
 火原は口を尖らせるのをやめて、体を起こす。
「晴れた時は天の川を船で渡って二人は逢うけど、雨の時はカササギが橋を架けてくれて、それを渡って逢うという話がある」
「そうなんだ! それ、後で香穂ちゃんに教えてあげよう!」
 我ながら現金だとは思うが、今の話だけでだいぶ気力を取り戻した。
「ありがとう、柚木」
「どういたしまして」
 やっぱり柚木の笑顔はなんだかちょっと含みがあるように見えたが、気にしないことにした。一年に一度しか逢えない織り姫と彦星はやっぱり辛いなとは思うけれども、これは一つの朗報だ。
 チャイムが鳴って、ホームルームが始まる。
「じゃあ、今日はこの間の期末テストの成績表を渡すぞー」
 それを聞いて火原は再び机に突っ伏すことになる。
 試験が終わって、その成績表が渡されるこのときが火原にとって何より嫌いだ。嬉しい気分になったことなど、一度もない。
 そして、今回も例外ではなく。それどころか、前回より下がっている始末。
 勉強をしなかったわけではないが、どうにもこうにも実にならないのである。勉強が出来ない体質だとしか思えない。
「火原」
 ホームルームが終わって教室を出て行く担任に手招きされて、突っ伏していた火原はぐずぐずと担任のところへと歩いて行く。小言に違いないのだから、足が進まないのは当たり前だ。
「お前、三年生だっていう自覚はちゃんとあるのか? さすがの俺も心配だぞ」
 返す言葉もない。
「あんまり彼女にうつつを抜かしてると、織り姫と彦星みたいに一年に一度しか逢えなくなるぞ」
 あまりにタイムリーな話で、きょとんと担任の顔を見つめてしまう。
「何だ。お前、織り姫と彦星が逢えなくなった理由を知らないのか?」
 火原がきょとんとした理由をそう取ったらしく、担任はそう言ったが、それも事実だったので頷いた。
「織り姫と彦星はお互いを好きすぎて、仕事をさぼっていちゃいちゃしてばっかりだったから、神様が引き離したんだよ。でも、それじゃあんまりだからって、一年に一度だけ逢えるように取り計らったんだ。お前も他人事じゃないんだぞ」
 それは困る。
 困るというか、一年に一度も逢えないどころか、引き離されるなんて耐えられない。
 それはただの伝説でしかないとわかっているが、身につまされるものがある。
 担任から解放されて、今度はふらふらと席に戻る。
 いちゃいちゃしすぎるほど、香穂子とは一緒にいないと思う。だが、寝ても覚めても香穂子のことを考えているのは間違いがない。
 火原にとっていつでも最優先すべきなのは香穂子のことだ。自分の事はさておいても、香穂子のことをまず考える。
 だけど―――。
 香穂子と火原の関係は織り姫と彦星の関係と同じではない。
 それは、香穂子が織り姫のように仕事を―――それはさしずめヴァイオリンといったところか―――放り出しているわけではないから。
 香穂子はコンクールが終わってから、それまで以上にヴァイオリンと熱心に向き合うようになった。学校での練習だけでは飽きたらず、教室に通うほどだ。香穂子のその一生懸命さは、香穂子をより輝かせ、応援したくなる。香穂子のことを一番に思う火原は、そんな香穂子の邪魔はしない。
 だけど―――。
 火原自身はどうだろう。
 香穂子を見つめて、香穂子のことを考えて―――それだけだ。
 火原は彦星と同じだ。
 何もしないで、香穂子を想うだけ。
 火原は、机の上でぐっと両の拳を握り締めた。


 昼休みになると、雨が上がっていた。屋上へと続くドアの内側にもたれて昼食を済ませてから香穂子と火原は、ドアを開けて屋上に出た。
「あ! 青空が見える!」
 いち早く香穂子がそれを見つけて指を指す。
 ものすごいスピードで風に流されていく雲の隙間から、久しぶりに見る青が見えていた。
「このまま晴れるといいのに」
 その言葉は朝の会話の続きだ。
「うん」
 火原は頷いてから、柚木に聞いた話をする。
「でも、雨の日でも二人は逢えるんだよ」
 カササギの話に、香穂子はすっかり感心していた。
 だが、その横で火原は硬い表情をしている。香穂子がそんな火原に気付いて、笑みを引っ込める。
「火原先輩………?」
 香穂子に答えるというよりそれは独白に近かった。
「オレ、勉強とかちゃんと頑張るよ。トランペットももっともっと吹けるようになる。自分の事にも一生懸命にならなくちゃ。織り姫と彦星みたいにはなりたくないから。一年に一度しか逢えないなんて嫌だ。そうならなくて済むように、ちゃんとする」
 それはまだまだ拙い目標としか言えない。何をどうちゃんとするのか、自分でもまだよくわかっていないからだ。
 それでも、それは一つの決心だった。
 香穂子に後れを取らないように、並んでいられるように。引き離されることの無いように。
 唐突な火原の言葉は香穂子にはちゃんと理解できなかっただろうに、香穂子は火原に笑顔を見せた。
「私も一年に一度なんて耐えられません」
 香穂子の言葉に、火原も笑顔になる。
「うん」
 頷いて、火原はそっと香穂子の手を取る。それからぎゅっと握った。
 願わくば、この手をいつでも取ることが出来ますように。
 そのためになら、何だって頑張るから―――。

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久しぶりに書いたコルダの話はやっぱり初代でした(^_^;) しかも、時系列で言えば1の後です。七夕の頃に思いついたのですが、文字に出来たのが今日でしたので、ちょっとズレている感も否めませんが。それにしても、七夕の伝説から教訓を読み取る人っていないような気がしますが………。まぁ火原らしいといえば火原らしい、の、かな?もっとうまく表現できたらいいんだけど………つまりは、頑張る香穂子の横に並んでもおかしくない男になろうと決心した火原というのを書きたかっただけです。

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