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冬に降る雨

「降り出しちゃったね」
 軒下から空を見上げる。
 火原の隣で香穂子も同じように首を伸ばして空を見上げた。
「ね。傘いったでしょう?」
 得意気な声を辿って香穂子を見れば、表情にも嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「ホントだね」
 朝、香穂子と一緒に登校するために、家まで彼女を迎えに行った際、香穂子は傘を持って出てきたのだ。冬には珍しく雲一つ無い青い空が頭上には広がっていた。空気は冷たかったし、他の季節と比べて空の青は薄かったけれども、快晴であるということだけで気持ちが浮き立った。
 夕方、下校時もまだ空には青空が残っていた。ただ、青空より黒い雲の割合が多かったけれども、それは冬には珍しくない光景だったから、このままだと香穂子の傘は必要ないんじゃないかと思ったくらいだ。
 その後、楽譜を買いに行きたいという香穂子に付き合って寄り道をすることになった。そして今、楽器店から出てきたところで、香穂子の傘が必要となったわけだ。
 香穂子はばっと音を立てて、傘を開いた。開いた傘を傾けてにっこりと微笑む。勝ち誇った顔だ。
 そんな香穂子を可愛いと想う。自然と笑みが浮かぶ。
「いこっか」
 香穂子の手にある傘をスマートに取り上げて、今度は火原がその傘を傾ける。言葉を使わないで香穂子に傘の中へ入るように促すためだ。
 香穂子は火原に身を寄せる。普段歩いている時より近く感じるのは、確かに香穂子が火原に出来るだけ寄ろうとしているからだ。少しでもお互いの肩が濡れないようにするために。
 だから、香穂子との距離が縮まる相合傘が火原は好きだ。
 でも、最近は以前ほど相合傘を嬉しいとは思えない。
 なぜなら、こんなに近くにいるのに、香穂子に触れられないからだ。
 左手には傘を、右手にはトランペットのケース。つまり両手が塞がっている状態だ。
 これでは、手も繋げない。
 季節は関係なく手は繋いでいたいものだけれど、この季節は特に香穂子のぬくもりを感じたくて手を繋ぎたいと思う。寒いから、火原のコートのポケットに香穂子の手ごと突っ込むこともある。ポケットという狭い空間の中で温められたお互いの手は、お互いに触れることで更に熱を持つ。そのぬくもりが火原を幸せにする。
 雨が降ると、手を繋ぎたいと思う気持ちが増す。冬の雨は冷たい。空気が冷たいから雨も冷たいのか、冬の雨に触れると感じる冷たさは二倍増しだ。指先がぬくもりを求めるのに、香穂子と手を繋ぐことが出来ない。それが、もどかしい。
 隣を歩く香穂子を横目で窺う。
 香穂子は鞄とヴァイオリンケースとを一緒に両腕で抱えていた。ヴァイオリンケースを濡らしたくないからだろう。指先が赤くなっているように見えるのは、火原の願望のせいではないだろう。
(あっためてあげたいな………)
 火原の指先がぬくもりを求めている以上に、香穂子の指を温めてあげたいと思った。
 しかし、当の香穂子は指先が冷えていることに頓着していないようで、嬉しそうに歩いている。時々、肩が揺れて火原の腕に当たる。それもまた香穂子は嬉しそうだ。
 少し前までは、火原もそうだったのだけれども。
「冬の雨の日は、嫌だな」
 ぽつりと呟いたら、香穂子がびっくりした顔で火原を振り仰いだ。あんまりにも驚いた表情なので、逆に火原が驚いてしまったくらいだ。
「本当に嫌いなんですね」
「え?」
「今の、すっごく実感がこもってた言い方だったから」
 否定できなかった。
「どうして、って訊いてもいいですか?」
「………………」
 答えようと開いた口からは、白い息だけが吐き出された。口にしようとして、余りにも火原の答えは子供じみているんじゃないかと思えてならなかったからだ。「手を繋げないから」なんて。
 しかし、香穂子の求める視線からは逃れられなくて、火原は結局口にした。
「そっか………」
 火原の答えを聞いて、香穂子はしばし無言になった。その無言が、火原には酷く居心地が悪かった。火原の子供じみている言葉に呆れているんじゃないかとさえ、勘ぐった。
 無言に耐えられなくなって、何も思いつかないが何か言おうと火原が口を開くと同時だった。
 香穂子が傘を持つ火原の左手首を掴む。香穂子の指は冷え切っていたが、それを指摘する間も無かった。
 傘を持つ火原の指先に、香穂子はその唇で触れた。
 火原の思考はその行動により完全に停止した。何も考えられなくなった。
 だが、指先が一気に熱を持つ。
 触れた香穂子の唇も外気に晒されているから冷たかったのに、それでも指先が熱くなった。
「暖かくなりました?」
 香穂子は上目遣いで火原に問う。得意気だ。
「う、うん………」
 火原は頷くことしかできなかった。
 とんだ不意打ちだ。
「良かった」
 香穂子の手が、火原の手から離れる。
 それを見て、ようやく火原の思考が再開する。
「よ、良くないよ! おれはあったかくなったけど、香穂ちゃんは冷たいままだよ!」
「そうですけど、あんまり辛いとも思わないし」
「ダメだよ! 大事な指先なんだから!」
「そうですか?」
 自分のことなのに他人事のように、香穂子は言う。
 だけど、その次に見せたのはまた得意気な笑み。
「じゃあ、こうします」
 香穂子は火原の腕に指を絡めた。火原の脇腹と腕とで挟むような感じだ。
「こうしたら、暖かいです」
 更に身を密着させる。
「ね?」
 呆然としているうちに、全てが決まってしまったようだ。
 火原はただ頷くだけだった。
 だが、次第に嬉しさが込み上げてくる。
 火原が、香穂子に触れられないという状態はなんら解決されていない。ただ、香穂子から触れているだけ。
 それでも、火原は今幸せを感じていた。
 手を繋いでいるよりも近くに香穂子を感じて。
(けど………)
 予感がある。
(また、きっと、これじゃ物足りなくなるんだろうな)
 じゃあ、その時はどうしようか。
 今度は火原が考える番だ。
 でも今は、今あるこの幸せを噛み締めていようと思う―――。

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相合傘をしているカップルを見て思いついた話。そうか、両手が塞がってしまうんだよなーと、改めて気がついたので。火原が押されている話になってしまってちょっと妙な気分ですが(押されるのは土浦の役目だと思っている)、たまにはいいかと。香穂子がほんの少し小悪魔的。手が塞がっているから「手を繋ぎたい」と思う火原を書きたかっただけなんですけどね。締まらなかった………。
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