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「加地くんってきみのことかぁ」
火原は香穂子と並んで立っている加地を見て朗らかに笑った。
「先輩、情報早いですね」
「そう? 音楽科でも評判になってたよ。カッコイイ転校生が普通科に入ってきたってクラスの女子が騒いでたし」
音楽科でも噂になるほどの容姿なのかと香穂子は驚く。確かに加地は目を惹く容姿をしているとは思っていたが、音楽科までそのことが伝わっているとは。
「加地といいます。宜しくお願いします」
「おれは火原和樹。音楽科の三年だよ! こっちこそよろしく!」
加地が気安く自己紹介をすると、火原も笑顔で応えた。
「それで、今何してるの?」
昼休みである。いつもならゆっくり昼食を取っている時間なのだが。
「校内を案内して貰っているんですよ」
「あっ、そうか! うん、そうだよね。それは必要だよね!」
うんうん、と火原は頷いている。
「それでどこを案内したの?」
「とりあえず、今普通科校舎を一回りしてきたところで、これから特別校舎に行こうかと思っていました。それからあと音楽科校舎を見て………」
「じゃあ、おれも一緒に案内してあげるよ! 音楽科校舎はおれのほうが得意だし」
「いいんですか? バスケとかの約束があったりしないんですか?」
「今日は大丈夫だよ」
「じゃあ、お願いします」
そう言ったのは香穂子ではなく人好きのしそうな笑顔を見せる加地だった。
こうして、火原を加えて三人で校内を回ることになった。途端に会話が賑やかになる。それまでは加地の問いかけに対して香穂子が応えるというふうだったのが、火原が好きなようにいろいろ喋って校内のことを説明して、隙を突いて加地がなんとか質問をするという状態になってしまった。香穂子に至っては火原に同意を求められた時に頷いたりするくらいしか口を開く間がなくなってしまった。
「では、音楽科校舎へようこそ!」
特別校舎から音楽科校舎へ入る前に、先頭を切って歩いていた火原が二人を振り返り、左手で入り口を示し右手は胸の前に当ててお辞儀をした。その様子に香穂子が小さく笑い声を上げる。
「香穂ちゃんも実はあんまり見たことないよね、音楽科校舎」
「はい」
「なら一緒におれが案内するからね!」
火原は張り切っている。そしてまた二人に先立って歩き始めた。
「いい人だね、火原さん」
加地がこそっと香穂子に囁く。
「うん」
一緒にいるといつも楽しい。火原の明るさはどんな気分の時でも香穂子の気持ちを解してくれる。
「もしかして、日野さん、火原さんのことが好き?」
あまりにもストレートな質問に、一瞬思考回路が止まる。
「えええええ!?」
出てきたのは大声だ。昼休みで賑わっているとはいえ、その声は廊下に大きく響き渡り周囲の注目を浴びた。火原も驚いて足を止めて振り返っている。
しかしながら大声を出した本人はそれどころではない。完全にパニックになっている。次に何を言ったらいいのかすら考えられないほどだ。何かいいたいのに、それは言葉にならない。
香穂子を驚かせた加地は、香穂子の反応を笑って見ている。だが、その笑みはどこか翳りがあった。誰も気づかないほどに。
「香穂ちゃん! どうしたの?」
火原が急いで戻ってくる。
「なななななんでもないです!」
香穂子は慌てて否定するが、顔を真っ赤にしたままではなんの説得力もない。
「顔、赤いよ? 大丈夫?」
顔が赤いことを指摘されて、ますます顔は熱くなる。
「大丈夫です! 大丈夫だから、先へ行きましょう!!」
香穂子は加地から離れて、歩き始める。火原はきょとんと香穂子の動きを目で追う。
「どうしちゃったんだろ、香穂ちゃん。………加地くん、何か知ってる?」
「さぁ?」
加地は肩を竦めて、火原の問いをかわした。
「行きましょう、火原さん。このままじゃ、日野さんだけ先走ってしまいますよ」
「あ、うん。そうだね」
どうにも一人取り残されたような気がしているが、火原は案内を続けるべく先へ行ってしまった香穂子を加地と二人で追いかけた。
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