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目を開ける前から、いつもと違う朝だという感じを抱いていた。
はっきりとそう感じたわけじゃない。眠りの底から意識が浮かび上がってきて目を開けるまでは一連の動きとなっているから、そう感じを抱いたことすら気づかないままなのだが、直感とかそういう類もの。ぱっと浮かんであっという間に消えてしまうものだけど、本能でわかってるような。
上手く言えないけれど。
それに、目を開けてそういう感じは全部吹き飛んでしまったから、もうそのことについて考えることは出来なくなった。
思考停止。
ついでに呼吸も停止。
目の前にあるものが信じられなかった。
至近距離で無防備な寝顔を晒しているのは香穂子。三十センチと離れていない距離。すぅすぅと漏れる香穂子の寝息が届く。香穂子の呼吸に合わせて、上下するその肩が掛け布団からむき出しになっているのを見て、一気に自分が今置かれている状況を思い出した。
ここは火原の部屋。火原のベッド。いつもと布団の肌触りが違うように感じるのは、直に触れているから。あまり広くないベッドでこうして香穂子と接近しているのは、昨夜一緒に寝たから。
詰めていた息が苦しくなって、大きく吐き出そうとしたが、穏やかな寝顔の香穂子を目の前にして、静かにそうっと吐き出すよう切り替えた。
息を吐き出して少し落ち着いた。落ち着くと、改めてまじまじと香穂子の顔を見つめる。 そして、視線はいつの間にか肩に注がれていた。カーテンの隙間から零れてくる朝の光が一筋、香穂子のその肩に伸びていた。光の筋はそこから火原の上も通って更に後ろへも伸びていたが、その行き着く先には興味がない。
薄い肩、そこから伸びているのは細い腕。今は布団の中に隠されているけれど、指の一本一本までもが細い。
香穂子は全体的に細いイメージがあった。だけど、触れてみた香穂子の体は想像と違っていた。細いけれど、柔らかだった。男とは全然違うものなんだと、それだけで思った。
柔らかくて、ふわふわしていて。
どこに触れても、柔らかい弾力が火原に返ってきた。
手のひらや自分の肌に触れていた、その感触を思い出す。
(おれ、なんかヤバい人!?)
唐突にかあっと顔中に血が集まる。顔が一瞬にして熱を持つ。
(ものすごく、いやらしい!?)
心臓がばくばくと派手に音を鳴らし始める。
急に香穂子の顔を見ることが出来なくなって、ぎゅっと目を閉じて狭いベッドの上で体を反転させた。
体に掛けていた布団が火原の動きに合わせて移動する。掛け布団の動きに抵抗を感じたがそれも僅かなことだった。それに、火原自身、香穂子から顔を背けることに一生懸命でそのことには気がついていなかった。自分が香穂子の上から掛け布団を引っ張り剥ぎ取っていたことに。
「………………あ………」
小さな、本当に小さな呟きが耳に届いて、別に悪いことなど何もしていないのに、火原はびくんと肩を揺らす。
(何か言わなくちゃ!)
香穂子が目を覚ましたんだから。
なのに、何を言ったらいいのか考えられないほど、火原はパニックに陥っていた。何故これほどまでに混乱しているのかも考えられない。
「………先輩。おはようございます」
火原が泡を食っているうちに、背後の香穂子が静かな声を掛けてきた。
おはようと言えば良かったのだ、とようやく気がつく。
「お、おはよう………」
気まずい思いをしながら、火原はいつまでも香穂子に背を向けたままで居るのはいけないと、ゆっくりまずは首を巡らせ、首の動きに引っ張られるようにしながら、香穂子のほうを向こうとした。
だが、「待って!」と鋭い香穂子の制止に慌てて、元の位置へと戻る。
「な、何っ!?」
「先輩、まだこっち見ちゃ駄目です!」
「え?」
「だって、恥ずかしいから………」
そう言いながら、ぐいっと火原は掛け布団を引っ張られた。布団にくるまるような形になっていた火原は、それぞれの意志とは正反対にくるりと香穂子と向き合うことになってしまう。
香穂子は胸元に布団を寄せて、そこに身を隠すようにして縮こまっていた。目元がうっすらと赤い。照れ隠しのように浮かべた笑み。
「香穂子ちゃん」
今の今まで混乱していたのがすっと収まる。一つの想いに収束していく。落ち着いた自分の心音が心地良い。
「可愛い………」
思ったことがそのまま口に出た。
火原の顔は既に赤くはなっていなかったし、香穂子の顔をまっすぐ見つめることが出来ていた。その瞳は真剣で、強い視線だった。
一方、言われた香穂子はますます赤い顔になっている。恥ずかしくて、更に布団の陰に身を隠そうと小さくなった。
その仕草が、その表情が、更に可愛いと、そう思う。愛おしい気持ちでいっぱいになっていた。
何も言わず、火原はベッドの上でさっと動いた。右手を香穂子の体の向こう側について、今や目より上しか布団から見えていない香穂子のこめかみに軽い口づけを落とす。その間に左手で香穂子の顔を隠す布団を剥いでいく。香穂子もそれに強く抵抗はせず、されるがままになっていた。
軽いキスは少しずつ下へと移動して、唇に届く。そこでしばらく留まってから、火原はゆっくりと顔を離した。上目遣いの香穂子と視線があって、ようやくはにかむ。
その笑顔につられるようにして、香穂子も同じ笑みを浮かべた。
くすっと一度だけ声に出して笑って、火原は香穂子の唇に再びキスをする。今度はさっっきよりも長く―――。
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