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「あ」
空から落ちてくる、白く小さく軽いものに先に気づいたのは香穂子だった。
香穂子が手のひらを上へ向けると、その手の中にふわりと雪が一粒舞い降りる。火原はそれを目で追う。
「雪だ」
今年初めての雪だった。
今日は雪が降るでしょうと天気予報で言っていたが、帰宅するこの時間になるまで降ることはなかったから、もう降らないのだろうと思っていた。
吐き出す息はすぐに白くなるほど空気は冷たく、肩を竦ませるほどの寒さであるが、雪が降ったというだけで途端にそれが気にならなくなった。
二人立ち止まって、空を見上げる。
既に日は落ちていた。学校で練習をしてきて、その帰りにちょっと駅前に寄り道をしたから帰るのが少しだけ遅くなった。
空はもう暗いがそこに雲があるのは見える。そして、その中心から雪は次々と降りてきていた。じっと見ているとそのうち自分自身が雪を追って雲に吸い込まれていくんじゃないかという錯覚さえ覚える。
雪はどんどん数を増して降ってくる。
火原はそれから目を話して、隣の香穂子を見下ろした。
香穂子はまだ飽きずに雪を見つめている。
上を向いているせいで少し開いている口元には笑みが浮かんでいる。
火原もつられて微笑む。
(可愛いなぁ)
最近、香穂子の何を見ても可愛いと思っているが、今のは格別に可愛い。雪に見とれているのも、それが嬉しいのだという気持ちが溢れて感じられるのも可愛い。
(あ………!)
じっと香穂子の顔を見ていると、その薄く開いた唇にふわっと雪が載ってすっと消えた。
手のひらに落ちたものよりも早く溶けたように思えて、思わず凝視してしまう。
空気が冷たいからなのか、いつもより唇が赤く見える。ドキッとする。一度意識してしまうと、そればかりが気になってくる。
雪をあっという間に溶かしてしまったその唇は、手のひらよりも温かいのだろうか。
そして、抗うこともないままに、火原の人差し指は引き寄せられるようにその唇に触れていた。
香穂子がばっと顔を火原に向けた。目を丸くしている。当たり前だ。驚かないわけがない。
「ご、ごめん!」
火原は顔を真っ赤にしながら、慌てて指を引っ込めた。
だが、柔らかくて、暖かい感触が指先にはしっかりと残っている。
「あの、ちょっと触ってみたくなって………って、うわ、ホントごめん!! おれ、変なことやってる!! ほんっとにごめんね!!」
がばっと腰から体を折って頭を下げる。
「いえ、あのそんなに謝らなくてもいいですよ。ちょっとびっくりしただけだから」
香穂子が慌てて頭を下げる火原を留める。
だが、ゆっくりと顔を上げて見た香穂子の顔は暗がりにもそれとわかるほどに赤くなっている。ますますいたたまれない気持ちになる。
「もう、これからちゃんと気をつけるから。触りたくなったら、そう言うし! ビックリさせないようにするから!!」
変なことを言っていることにも気がつかない。言われたことを受けて香穂子が更に顔を赤くしたので、何か変なことを言ったのだと気がつく始末だ。
「ああああ! うん! えっと、もう帰ろう!! ねっ」
今やもう顔だけにとどまらず、体じゅう熱が上がって、暑いくらいだ。寒いことなんて綺麗さっぱり忘れ去っていた。
香穂子の先に立って歩き始めると、その後ろから香穂子が付いてくるのがわかったが、香穂子を家まで送り届けるまで、その顔を見ることが出来なかった。
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