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音色

(あ! 火原先輩だ)
 うららかなとある日曜日の午後。駅へ向かう途中の道すがら、香穂子の耳が捉えたのは聞き慣れたトランペットの音色だった。
 音を辿って姿を探すと、川沿いの遊歩道で空に向かって音を奏でている火原の後ろ姿を見つけた。
 橋の上から身を乗り出して香穂子は声を掛けようと口を開いたが、そのまま思いとどまる。
 何故か自分でもよくわからなかった。火原に声を掛けることを躊躇うなんて初めてだ。
 橋桁に手をついたまま、じっと火原の背中を見つめてその音色に耳を傾ける。
 空に上っていくような音はいつもと同じなのに、いつもの音色とは違う。
 なんだろう。
 次第にそれが、弾けるような音ではなく、何かを包み込んでいるような音であることに気がつく。
 迷いのある音というわけではない。迷いがある音は自分が一番知っている。未だに香穂子は自分の音に迷ってばかりだからだ。
 何を包み込んでいるのか。
 ただ、確実に言えるのは、聴いていて心地がよいということである。
 何かを包み込んでいるその音は、優しい音色。
 いつものような元気いっぱいの、聞いているだけで楽しくなるような音じゃないけれども、こんな音色も好きだと思える。普段の火原を思うと意外な音色だが、いつまでも聴いていたくなる。
(何かあったのかな………)
 心境の変化があったのだと想像するのは容易いことだ。
 音には気持ちが素直に表れる。
 火原は香穂子に背中を向けて、一心不乱に音を奏でている。
 そんな背中を見ていると、香穂子はどんどん声を掛けづらくなっていく。
 しばらく音色に耳を傾けていたが、橋にもたせかけていた体を離す。
(もう、行かなくちゃ………)
 約束の時間がある。これから天羽と買い物に行くことにしているのだ。
 火原から視線を引きはがして歩き出そうとしたときだった。
 トランペットの音が鳴り止んだ。
 そのことに反応して、火原のほうをまた振り向いた。
「香穂子ちゃん!」
 今まで一度もこちらへ顔を向けなかった火原が、香穂子を見つけた。
 すごく、気まずい。
 何も声を掛けずに立ち去ろうとしていたのが丸わかりだからだ。だが、火原はそんなことには気づいていないし、気にもしていないようだった。
 心なしか赤みを帯びた顔を笑みでいっぱいにして、香穂子に手を振ってくれる。
 結局、香穂子は後で天羽に謝ることにして、橋の横から遊歩道へと繋がる階段を下りていく。
「こんにちは。練習ですか?」
「うん。なんだかもう無性に吹きたくなっちゃって。学校まで待てなかったんだ」
 どうやら、これから星奏学院に行って練習をするつもりだったらしい。そこら辺が実に火原らしくて、くすっと笑った。それで少し気まずい気持ちが解れた。
「素敵な音色でした」
「えっ?」
「今までの火原先輩の音色とは違うけど、すごく優しくてホッとする音で………ずっと聴いていたい気持ちになりました」
 ずっと黙って聴いていたことは言わなかったけれど、それ以外は素直に伝えた。
 だが、喜んでくれるかと思った火原は、たじろいでいる。
「そ、そっかな………そんなに、違う?」
 いい音色だったと言っているのに、あんまり嬉しくなさそうだ。後頭部をわしわしとかき回している。
(変なこと、言っちゃったのかな………)
 せっかく解れていた気持ちがまたぎくしゃくとしてくる。急にいたたまれなくなった。
「あ、あの。変な意味じゃなくて、その………」
「う、うん! わかってるよ! だけど、ちょっとビックリしちゃっただけだから、うん」
 慌てて火原は自分の変な態度を誤魔化そうとしたけれど、それはうまくいっていない。
 さっきよりもっとずっと気まずい。今は香穂子も火原も気まずく感じているからだ。
「えっと………わたし、約束があるから、これで………」
「うん! またね!!」
 変な空気から逃げるように、香穂子はその場を後にする。
 本当はもっと火原と一緒にいて話をしたかったのに、何故だかうまくいかなかった。あまり長居もしなかったから、天羽に謝る必要もなさそうだ。
(どうしちゃったんだろ………)
 これは火原に当てた疑問じゃない。自分に対するものだ。
 何故、火原とうまく話せなかったんだろう。
 そもそも、何故、話しかけにくいと思ってしまったのだろう。
(変なの………)
 だが、変だとわかっていても為す術もないままに、香穂子は天羽との買い物の間にもずっともやもやとした気持ちを抱き続けていた。

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ec1c0cca.jpg素敵な絵を頂いてしまいました~vvv 右にあるのがその絵ですv みなとみらいを背景に、高らかに音を響き渡らせる火原………。色のコントラストがこれまた格好良くてうっとりするほど。この絵を見た瞬間にもわわ~~~っと浮かんだ話をダーッと書き上げて、送りつけてしまいました(^_^;) で、それがこんな話………。まだ、火原も香穂子への気持ちをはっきりと抱いていなくて、香穂子ももちろん恋心にすら気づいていない状況で、でもお互いに何かを感じている………という話。もうちょっとはっきりハッピーな話を書けたら良かったんですけど、これはこれでこういう話も好きなもので………(^_^;)
改めまして、素敵な絵をありがとうございました!! 一生ものの宝物ですvvv

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