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「すごい………綺麗………」
半開きの口から出てきた言葉に、火原は満足げに笑った。
「でしょ! あんまりここ知られてないんだよ」
頭上を覆い尽くすかのように張り出した木の枝には桜が満開の花をつけている。
薄紅色の世界。
既に花が散り始めているものもあり、火原の肩に、香穂子の頭に、風に煽られた花びらがひらひらと落ちている。
「ちょっと遠かったけど、来て良かったよね」
「はい!」
香穂子は桜の花から目を離して火原を見ると、顔中を笑顔にして頷いた。それを見た火原が更に嬉しそうに笑う。
香穂子たちが生活する街から、電車で二時間。徒歩で一時間。それだけの時間をかけてやってきたこの場所は、田園風景を見下ろすことが出来る山中にあった。
見事な桜が植えられているにも関わらず、人気があまりないのはここが地元にの人にしか知れ渡っていないような場所であり、好事家しかわざわざ足を運ばないような辺鄙なところにあるからである。
元はこの先に旧家の屋敷があったのだが、その屋敷は一族が絶えた後に取り壊された。その屋敷の主が病弱な娘のために敷地内に植えた桜だけが、地元の人たちの希望で残されている。
もちろん、火原はそこまでの経緯を知らない。ただ、去年の春休み、兄に引っ張られて兄の貧乏旅行に付き合わされたときに、ここを通った。それでここの桜のことを知ったのだ。
花見をしたい、という香穂子の言葉を聞いて、真っ先にここを思い浮かべた。
「じゃあ、お弁当にしよう! おれ、もうおなかぺこぺこだよ」
「わたしも」
火原は傍らに下ろしていた荷物から弁当箱を探り出す。
「今日は張り切っていっぱい作っちゃいましたから! たくさん食べてくださいね」
「まかせといて!」
レジャーシートを地面の上に広げ、そこの上に三段の弁当箱を並べた。最近では出番のなくなってしまったこの三段の弁当箱を、香穂子は昨日の夜中に家捜しして見つけた。朝早起きをしてから、隙間無く埋まるように腕によりをかけて作った。途中母親の手も入っているが、二人分だとは到底思えないこの量を作り上げたのは我ながらすごいと思う。
火原も蓋を開けた途端、歓声を上げた。
卵焼きの黄色、プチトマトの赤、ベーコンでくるまれたインゲン豆の緑など、色とりどりのおかず。俵型に握られたおにぎりは、ふりかけのかかっているもの、海苔を巻いているものが交互に並べられている。それから、ウサギ型に切りそろえられたリンゴに瑞々しい色の苺。鮮やかな色のオレンジも食べやすいように切られて盛ってある。
「美味しそう! よーし!」
火原は袖をまくる仕草をしたあと、香穂子から割り箸と紙皿を受け取った。実際のところ、火原は半袖だったので、まくる袖はなかったのだが。
「いただきます」
二人揃って手を合わせた。
「ふあぁ~~~。食べたぁ~~~~~」
箸を置いた火原は、ばったりと後ろに倒れ込んだ。
二人分どころか、香穂子の家なら四人でちょうどと思われる量だった弁当は、すっかりなくなっていた。
「美味しかった~」
顔だけを香穂子のほうに向けて、火原は至福の笑みを見せる。
「お口にあってなによりでした」
弁当箱を片づけながら、香穂子も笑顔を返す。
「うーん。気持ちはいいし、おなかはいっぱいだし」
「眠くなってきました?」
「うん」
頷きながらも、火原の瞼は下りていく。
片づけを終えた香穂子も火原に並んで横になる。
見上げる視界は桜ばかり。その桜が周りからすべてを遮ってしまっているかのように、物音一つここへは届かない。聞こえるのは隣の火原の寝息だけ。
ここまでやってきた軽い疲労感はあったが、これだけの桜を前にして目を閉じてしまうのはもったいない気がした。
はらはら舞い散る桜の花びらを捕まえようと、香穂子は上へ向かって手を伸ばした。
だが手のひらで掬うことが出来る花びらの数より、零れる花びらのほうが遥かに多い。横に転がっている火原の顔の上にも構わず花びらは降っている。
ふっと、口を尖らせて風を送ると、近くの花びらが僅かに上昇して違う風に乗る。
花びらを目で追いながら、香穂子は火原が起きるのを静かに待っていた。
ぶるっと体が震えて、火原は眠りから覚醒した。
「う~~~~~~~~ん………」
寝たままで伸びをする。
「おれ、だいぶ寝てたのかな」
勢いをつけて体を起こす。
「あれ?」
きょろきょろと辺りを見回したのは、香穂子の姿が見えなかったからである。
「香穂ちゃん?」
視界に広がるのは、桜の花びらとその木のみ。その中のどこにも香穂子がいない。
慌てて火原は立ち上がった。
「香穂ちゃん!?」
さっきよりも声を大きくして香穂子の名前を呼ぶが返事はない。
嫌な汗が背筋を流れる。
早歩きというよるもむしろ走るのに近い速さで火原は桜が並ぶ獣道を奥へと進んだ。
さほど進まないうちに、火原は走るのを止めた。そしてほっと息を吐き、そのまま動きを止めてしまった。
火原の立つ場所から少し行ったところに、こちらに横顔を向けて桜を見上げている香穂子がいた。
文字通り、桜が降っているその中に香穂子は佇んでいた。
何故だろう。香穂子がひどく遠くにいるような感じがした。実際の距離にしてみれば、五メートルと離れていないのに。
焦燥感が火原の裡に生まれる。それに突き動かされるように火原はまた歩を進めていた。
近づいてくる気配に気づいたのだろう。香穂子が目の前の桜から火原へと視線を移す。
「あ、先輩」
言葉の最後はくぐもっていた。
なぜなら、火原がその両腕で香穂子をすっぽり包み込んでしまったからである。
「先輩?」
香穂子は腕の中で身じろぎしたが、火原は腕の力を抜かない。
「どうしたんですか?」
何とか顔だけを動かすことに成功して、下から火原を見上げる。当の火原は香穂子ではなく、その後ろへと視線を注いでいる。
「先輩?」
「………何でもないよ」
ようやく応えが返ってきたが、とても何でもないというような口調ではない。
「何でもないけど…………なんか、香穂ちゃんが遠い人みたいに見えて、ちょっと………ちょっとだけだけど、怖かったよ」
「どういうことですか?」
香穂子は何を言うのかと笑い飛ばそうかと思ったが、火原は真剣な顔をしたままだったので、止めた。代わりに火原の背中に腕を回す。
「先輩、そろそろ帰りましょう? ちょっと寒くなってきたし」
「うん………」
香穂子に促されて、さっきまで寝ころんでいたところへと戻る。
戻る前に香穂子が見上げていた桜を振り返る。
その木だけが周りの桜と違っていた。樹齢が何年あるのかわからない。ただ、相当長い年月を過ぎているのだろうことは想像がついた。その分花も見事につけている。香穂子が見とれてしまうのも無理はないと思った。
帰り道、火原は香穂子の手を繋いだまま離さなかった。
さっき感じた焦燥感が火原の記憶にしっかりと残っている。何でそんなことを感じたのか、何で怖いと思ったのか、火原自身上手い説明も出来ないどころか、理由すらわからない。
ただ、そう感じただけ。
電車の中で並んで座りながら、火原は握る手に力を僅かに込めた。車窓を流れる景色に目を向けていた香穂子は火原を振り向いたが、少し翳りのある笑みを浮かべているのを見て、それに応えるようにしっかりと手を握り返した。
たったそれだけのことなのに、火原はほっとした。ぬくもりのある香穂子の手。
「ねぇ、香穂ちゃん」
「はい?」
「…………ううん、何でもない」
言葉をごまかすように、にぱっと笑う。
香穂子は小首を傾げながらも、つられたように笑顔を見せた。
どういう話なんだか………。なんかホラーでも始まりそうな話の運び具合でしたね。火原っちにしては珍しい雰囲気の話になりました。というか似合わなッ。書き始めた当初は脳天気なお花見の話になるはずだったのに………。しかも甘い話を目指していたのに………。どこでどう何を間違ったのだろう………。そう言えば、お題の「桜」はクリアしていますが、学園ものでも何でも無かったですね……。どうせなら、曰く付きの桜が学校にあって、とか、伝説の桜があって、とかそういう話にしたらよかったのかしら?(でもそれだと違うゲームになってしまふ)。火原っちも久しぶりでした。最近ゲームもしていないし、(PS2版、特典CD聴いただけで、ゲームのほうは開封もしていないんですヨ!)テンション下がってるかも~~~。せっかく火原好きですって方々が見に来て下さっているのに!(拍手とかアンケートとか、ありがとうございます~)しかも久しぶりがこんなわけのわからない話でゴメンね。とりあえず、桜で弾けるのは無理でした、私。やっぱりねぇ。桜って静のものだと思うんですよ。んで、見てるほうは圧倒される。そういうイメージで書いていました。イメージをちゃんと表現できているかは別として。そんなわけで、甘くなく、むしろ苦いお話になってしまいました。(しかも話の目的がなんだかわからないときたもんだ)
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