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002.入学式

「柚木ー。あれって新入生だよね」
 講堂へ向かう途中で、正門を振り向いた火原が気がついた。
 正門からちらほらと今入ってきているのは、今年入学する新入生たちだ。
「そうだね」
 足を止めた火原に合わせて、振り返った柚木は穏やかに頷いた。
「とうとう先輩になるんだなー」
 その口調だけで顔を見ずとも喜びに満ち溢れていることが解る。
「楽しみだなー。どんな子がいるんだろ。オケ部にも新入部員入るだろうし。うん、先輩になるんだから、おれも頑張らなきゃな!」
「そうだね。さ、僕たちも講堂へ移動しよう」
 柚木が微笑みながら火原を促す。
「うん」
 火原はそれに素直に従った。
 今日は星奏学院の入学式だ。火原は二年生になり、新入生を迎える側となった。
 後輩が出来ることが、思いの外嬉しくてたまらない。
 中学生のときだって後輩はいたけど、そのとき以上に楽しみだ。中学校と高校では規模も違うから、それだけたくさんの後輩が出来る。
 とてもわくわくする。


 新入生がほぼ入った頃合になって、急にトイレに行きたくなった。
 柚木に断って席を立つ。
 講堂の中にもトイレはあるのだが、長蛇の列が出来ていた。直前になってトイレに行きたくなるのは火原だけではなかったようだ。仕方がないので、一番近い校舎のトイレを利用することにして講堂の外へ出た。さあっと、春特有のひんやりとした風が火原の髪を乱す。空気は冷たいけれど、陽の光が暖かいからちっとも寒くない。
 正門に並んでいる桜の木はもう半分瑞々しい緑へと変わっていた。一昨日の風雨で大方散ってしまったのだ。毎日掃除をしても間に合わないほどの桜の花びらが、人が歩くたびにふわふわと舞い上がっている。
 去年の入学式。遅刻しかけたことを思い出す。
 何しろ急いでいたからよく覚えていないのだが、あの時も同じように桜が散っていて、きっとものすごい勢いで桜の花びらを巻き上げながら走っていたに違いない。
(あれから一年かぁ。早いよな)
 一番最初に友達になったのは柚木だ。
(おれ、柚木を先輩だって間違っちゃったんだよな。同じ新入生とは思えないくらい落ち着いてたし)
 柚木の落ち着きぶりは見習ったほうがいいとわかっていても、なかなか難しい。「火原には火原の良さがあるんだから、僕の真似をする必要はないよ」と、柚木は優しく言ってくれるけれども、自分だったら何かあったときには柚木のような先輩に頼りたいと思う。
(これは本当に頑張らないとな!)
 気合を一つ入れて、火原はトイレのドアを押し開けた。
 用を足してトイレから出てくると、そこにはキョロキョロと左右を見比べている女の子の背中があった。
 モスグリーンの上着に白いプリーツスカート。普通科の制服だ。皺一つ無くパリっとしている。
 肩を少し越えたくらいの髪が頭を動かすのに合わせて少しだけ揺れていた。
「どうしたの?」
 背後から声を掛けられて驚いたのだろう。「わっ」と小さな声が上がった。
 振り返ったその顔は見たことがない。
(新入生かな)
 びっくりした顔が、縋るような表情に変わる。
「あの、講堂へ戻れなくなってしまって………」
 つまりは、迷子になってしまったということだ。
「じゃあ、連れて行ってあげるよ。おれも講堂へ戻るし」
「ありがとうございます」
 彼女はぺこりと頭を下げた。
 なんだか先輩みたいだ。火原が一歩先を歩きながら、講堂へ向かう。その口元には得意気な笑み。
「新入生だよねー。どうしてここに入ろうって思ったの?」
「家から一番近かったからです」
 あっさりとした答えがすぐさま返ってきた。
「あ、そっか。そういう理由もありだよね。うん」
 ひとつ頷いて言葉を継ぐ。
「おれはトランペットやりたくて音楽科に入ったんだ」
「トランペット………」
「うん。すっごく楽しいよ! もし楽器に興味があるならさ、オケ部においでよ。トランペットだけじゃなくて、他にもいろんな楽器があるし。おれはトランペットが一番だって思うけどね!」
 満面の笑顔で振り向いたら、彼女はくすっと小さく笑った。それを見て火原もますます笑顔になる。
 もう少し話したいと思ったが、講堂までの道のりは短かった。
「あ、もう着いちゃった」
 講堂の重い扉を開けて彼女を中へ先に入れる。
「ありがとうございました。助かりました」
 入ったところで振り返って、彼女はもう一度ぺこりと頭を下げた。
「どういたしまして。じゃあ、またね」
 気楽に言って、火原は軽く手を振ると彼女と別れた。
「随分遅かったね」
 席に戻った火原に柚木が囁く。火原が着席するとすぐ、入学式が始まったからだ。
「うん。ちょっと先輩らしいことをしてきたんだ」
 詳しい内容を語らなかったが、柚木はそれだけで頷いた。
(あの子は後輩第一号だな。うん)
 火原の中でそう位置付けた。
 壇上では学院長の話が始まっていたが、火原の耳にはひとつも届いていない。
(そういえば、名前聞かなかったな。でも、同じ学校にいるんだし、そのうちまた会えるよね。そしたら、その時は忘れずに名前を聞こうっと)


 火原が彼女の名前を知るのは、それから一年後───。

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ずいぶん前から書こうとしていた入学式の話。本当は火原の柚木の出会いで入学式を書きたかったのです。ところがこれ、ララデラで漫画化されてしまい、書けなくなってしまいました。そこで、考えたのが火日。もう開き直ります。ウチは火日サイトです! ………という主張はさておき、ニアミスがあったらどうだろうという、ちょっとパラレル的な話です。こんな先輩と入学式に会っていたら忘れないだろうなぁとは思うんですけど。あ、香穂子の名前を出していませんが、もちろん彼女は香穂子ですよ。


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