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017.かっこいい人

「火原君って可愛いよね~~~」
「そうそう!」
 通りかかった教室の一つからそんな声が聞こえてきて、火原は思わず足を止めた。
 可愛い? おれが?
 そのことに気を取られながら上の空で歩いていたら、背中をばしっと強い力で叩かれた。
「何ぼーっと歩いてるんだよ」
 振り向いたら長柄だった。普通科の三年生だけど仲良くしている。
「あのさ、おれって可愛い?」
「は?」
 長柄は不可解な表情になる。
「何言ってるんだよ、お前………」
 心底気味悪いと思っているようで、慌てて火原は取り繕った。
「さっきさ、教室の前通りかかったら、おれの事可愛いって言ってる女の子がいてさ。それで」
「あー………」
 長柄はやや上の方へ視線を向けた。思い当たる節がある、と言わんばかりの仕草だ。
「おれ男なのにさ。何で可愛いって言われるんだろう。これって間違ってるよね。問題だよね」
「いや、そうだな………」
「あっ。まさか、香穂ちゃんもそう思ってたらどうしよう! 大問題だ!」
「ああ、そうだな………」
「どうしたらいいかな!? 長柄、男らしいってどんな感じ? っていうか、おれ充分男らしいことしてるつもりだったんだけど! って、そもそも男なんだけど」
「落ち着け、火原」
 がしっと肩を抑えられた。
「確かにお前は可愛いって言われてるよ、実際のところ」
「そ、そんな」
「でも、それも火原という男の魅力なわけだから気にするな」
「ダメだって! 女の子を可愛いと言うのとは違うんだよ。男が可愛いってそんなの変だよ。男はかっこよくなくっちゃ」
「そういう固定概念は捨てような。火原は火原なんだから、それでいいじゃないか。日野さんがどう思っていようと、火原を好きな事実に変わりはないんだからさ」
「それとこれとは別だよ! よーし、おれこれから変わる! 誰からもかっこいいって言われる男になる!!」
 力強くガッツポーズをした火原を見て、長柄は深い深いため息をついた。


「あの、ほんとにいいですよ。荷物ぐらい自分で持ちますから………」
「いいから!」
 強く突っぱねた火原の横顔を、香穂子は戸惑った顔をして見上げた。
 いつものように正門前の妖精像のところで待ち合わせた帰り道。待ち合わせ場所にやって来るやいなや、火原は香穂子の鞄とヴァイオリンケースを奪ったのだった。「持ってあげるよ」という言葉と極上の笑み付きで。
 そして。
 いつもなら、その日のことを事細かく話して聞かせる火原なのに、今日は殆ど喋らない。香穂子の喋りに大人しく耳を傾けている。大人しく、である。
「あの………先輩、どうかしちゃったんですか………?」
 あんまりな訊きようだが、香穂子の戸惑った心境をよく表わしているとも言える。
「何で? どうもしないよ?」
 そんなわけがない。こんな無口な火原など、悩んでいたときにしか見たことがない。しかし、今の上機嫌な笑顔を見ていると悩みとは無縁のようだし、悩んでいることを笑顔でごまかす、という器用な真似は出来ないと思われるから、本当に悩んでいることはないのだろう。
 では、なぜ黙っているのだろう。怒っているふうでもない。
 香穂子はわからなくなって、火原から視線を転じた。
「あ、アイスクリーム屋さん」
 通りかかった公園の前にアイスクリームの屋台が出ているのを見つけた。
「えっ!?」
 ぱっと火原が反応した。香穂子はふふっと笑みを漏らした。いつもの火原に。
「先輩、寄り道していきましょう。私、食べたいな」
「そーだね!」
 屋台に近づいていくと、「いらっしゃい」と威勢のいいおじさんの声がした。
「えっと、おれは、うーんと、チョコとバニラ、二段ね! 香穂ちゃんは?」
「ストロベリーがいいな」
 代金と引き替えにそれぞれアイスクリームを受け取ると「毎度!」というやっぱり威勢のいい声に送られながら公園の中へ入っていった。
 火原は早くもアイスクリームに舌を伸ばしている。ベンチへ座った頃には上に乗っていたチョコの方を食べ終えている。
「美味しいね!」
「美味しいですね」
 しばらく食べることに専念する。さわさわと風が傍の木の葉を揺らす。蝉はまだ鳴き始めていないが、夏はもう少しでやってくるだろう。
「あ~、美味しかった!」
 満足な顔で、一足先に食べ終えた火原は空を仰いでいる。
「あ、先輩」
「何?」
「口元に付いてますよ、アイス」
「へ?」
 すっと香穂子が指を伸ばして来るのを見て、事態を悟った火原は思いきり仰け反った。指の行き場をなくした香穂子は呆然と火原を見つめる。
「じ、自分で出来るから!」
 火原は自分の手の甲で口元を拭った。
「取れたかな………」
「…………広がってますけど」
「えっ」
 火原の顔が情けなくなったので、香穂子は思わず吹き出していた。
「あの、香穂ちゃん………?」
「あはっ。ご、ごめんなさいっ」
 堪えようとは思うのだが、そう意識すればするほど笑いはこみ上げてくる。
「香穂ちゃん。アイス、溶けて流れてるよ」
「え?」
 笑いを引きずりながら自分の手元を見た香穂子は、さっと表情を変える。ポタポタと落ちている溶け出したアイス。つぅっとコーンを滑り香穂子の手へ到達しようとしているものもある。
「は、ハンカチハンカチ!」
 慌て始めた香穂子を見て、今度は火原が笑い始めた。
 手に付いたアイスをハンカチで拭いながら、その笑いに香穂子もつられて笑い出していた。


「あーあ!」
 公園の水で手を洗い、すっきりしたところで公園を出た。
「失敗したなぁ」
「何をですか?」
 香穂子の手には香穂子の荷物がしっかり握られている。今度は火原に奪われずに済んだ。火原も強硬には奪おうとはしなかった。
「あのさ。香穂ちゃん、おれのことどう思う?」
「え? …………好き、ですけど」
「そうじゃなくて。あっ、嬉しいよ、その気持ち! おれも香穂ちゃん好きだし! でも、そうじゃなくてね。………おれって、可愛い?」
「は?」
「なんかね。おれ、可愛いって言われてさ。でも、おれ男だし。そういうの、嫌というのはちょっと違うけど、やっぱり可愛いって思われるの複雑だし、かっこいいって思われたいじゃない。…………だから、男らしくしようって思って、ちょっと頑張ってみたんだけど、結局失敗しちゃったみたいだし。アイスで喜んでるし、口元にアイスつけたりしてさ」
 ようやく香穂子は今日の火原のおかしな行動の理由がわかった。鞄を持ってみたり、無口になってみたり。ことごとく外していたとしか思えないけれど。男らしくしようと考える時点で何か違っていると思う。
「そうですね。可愛い、って思いますけど」
 ちょっと意地悪な言い方をすると、火原はがっくりと肩を落とした。
「でも、そういうところも好きですよ」
「………………けどさ………」
 じと目になっている。
「それに、ちゃんとかっこいいところも知ってます」
「えっ」
 火原の顔に笑みが広がる。こういうところを可愛いと思うのだが、それについては伏せておく。
「可愛いところも、かっこいいところも、全部ひっくるめて和樹先輩で、私はそんな先輩が好きだから、無理しなくてもいいと思います」


 翌日。
 普通科のエントランスで長柄を見つけた火原は、その背中を思い切りはたいた。その力強さに長柄が前につんのめる。
「…………火原」
「昨日はありがと!」
「何が」
「結局おれはおれらしくいくことにしたよ! 香穂ちゃんにも長柄とおんなじこと言われたし!」
「………………そうか。そりゃあ良かった」
 他に言いたいことがありそうだったが、長柄は当たり障りなくそれだけ返した。
「うん。そういうわけだから、じゃあな!」
 バタバタと廊下を走っていく火原の背中を目で追った長柄が、深く深くため息をついたことを火原は知らない。

拍手[4回]






火原っち、アホですな。この内容だとむしろ「可愛い人」お題向けだった気もしますが。結局かっこいいところなんて書けていないわけだし。というか可愛いところしか書いていないし。いや、でも可愛いというよりむしろお子様な感じですな。もうちょっと男らしさを表現しようとしてウダウダやらせようかと思ったんですが、そんなことしていると例のごとく無駄に長い話になりそうだったので。それに火原っちのことだ、そういうのを志したとしてもすぐに挫折するでしょうしね。この二人、何か自然にバカップルなんですけど………。好き好き平気で自然に言ってますよ。さらっと流してます、お互いに。すごいなー。そう言えば、途中で視点が変わっちゃったんでした、この話。火原視点のつもりで書き始めたのに、いつの間にか香穂子視点でした。書き直そうと思ったのですが、出来上がってしまったものを修正するのはとても難しかったのでそのままにしておきます。(どんなに問題があろうと、変な形であろうと、書き上げてしまったものはその時点の私にとって完成品なので)
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