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024.お菓子

 何をあげよう。
 火原はさっきからずっと同じ場所をぐるぐる歩き回っている。何周したかわからない。
 一つのところに立ち止まってはその前で腕組みをして唸ってみたり、また別の場所では、陳列されている商品の一つを手にして、表から裏から上から下から見つめて、結局元に戻してみたり。
 最初は何かと話しかけてきていた店員も、最早諦め、他の客の相手をしている。
「う~ん………どうしよう」
 声に出してみたが、どうにもならない。
 隣に立っていたサラリーマンと思しき男性がびっくりした顔で火原を見たが、それにも気がつかないほど、火原は真剣に目の前にあるものを吟味していた。
 クッキーに、キャンディー、チョコレート、マシュマロだってある。
 クッキー一つにしたって、チョコクッキーやオレンジの香りがするクッキーとか、クマの形をしたものなど、たくさんの種類があるし、なんとかホテルのクッキーだとか、聞いたことのないような名前のメーカーから出ているかなりいい値段のものと、いろいろだ。
 たくさんありすぎて、どれがいいのかわからない。
 どれもこれも美味しそうに見えるが、どれにしたらいいのかわからない。
 どれだったら、香穂子が喜んでくれるだろう。
 それを考え出したら、止まらなくなった。
 明日はホワイトデーだ。
 バレンタインデーには香穂子からチョコレートを貰った。ものすごく嬉しかった。とても美味しかった。
 それと同じ気持ちになって欲しいから、火原も香穂子が嬉しいと思ってくれるもの、美味しいと思ってくれるものを上げたい。
 だが、こんなにあってはどれにしたらいいのか迷う。
「すんません」
 立ち尽くす火原に、軽くぶつかった青年が素早く謝ったが、もちろんその声は火原には聞こえていない。
 ホワイトデーの為に作られたコーナーの一角。
 実は、日参している。そして、何も決められないまま、毎日退散。
 さすがに今日は退散できない。今日買わなければ、明日のホワイトデーに間に合わない。
「あ~! どうしよう~~~!」
 髪をわしゃわしゃとかきむしる。
 ここが人の集まっている場所であることをすっかり失念して大声を上げた。店内の人たちが一斉に振り返ったが、やっぱり気がつかないままだった。


「香穂ちゃん、こっちこっち!」
 夕方。
 香穂子が下校するのに合わせて、火原は正門のところで待っていた。
 ついこの間、卒業したばかり。だけど、卒業式の翌日からは香穂子を迎えにくるために平日は毎日高校へやってくる。時には迎えに来たついでにオケ部に顔を出すこともある。
「お待たせしました!」
 笑顔で駆け寄ってくる香穂子を見て、もうそれだけで幸せな気分になる。これだけはいつも変わらない。火原を見つけた途端、笑顔になる香穂子を見るのは最高に幸せだ。
「今日は香穂ちゃんにプレゼントがあるんだ」
 香穂子が火原の正面に立つと、後ろ手に持っていた大きな紙の手提げ袋を差し出す。
「ホワイトデーだから。チョコレートのお返しだよ!」
 びっくりした香穂子の顔に笑顔が戻る。
「嬉しい! ありがとうございます!」
 受け取ると、香穂子は早速中を覗き込んだ。また表情が驚きに変わる。
「こんなにたくさん………!」
 紙袋いっぱいに、菓子が詰められていた。ホワイトデー用に初めからラッピングされているので、この状態では中身がわからないが、クッキーに、マシュマロ、キャンディーもあればマドレーヌや個包装されたパウンドケーキの詰め合わせもある。
「すごく美味しいものを香穂ちゃんにあげたいって思ったんだけど、どれもこれも美味しそうに見えて、結局選べなくなっちゃって」
 閉店の時間も近づいてくる。何がいいのかわからない。焦った火原は、とうとういいなと思ったもの全てを選んだ。
 困った顔をして笑いを浮かべる火原の顔と、紙袋の中身を何回か交互に見比べた香穂子は、もとの笑顔に戻ってもう一度礼を言う。それから鞄と一緒に大きな紙袋を提げると、もう片方の手を火原の腕に絡ませる。
「先輩、どこか公園に行きましょう」
「うん、いいよ」
 あまり考えることなく、火原は同意を示す。
「それで、このお菓子を一緒に食べましょう」
「それはダメだよ! だって香穂ちゃんに食べて欲しくてプレゼントしたんだから」
「でも私、先輩と一緒に食べたいです。そうしたら、もっと美味しいから」
 満面の笑顔で言われて、火原は絶句した。だが、すぐに嬉しさがこみ上げてきて、火原もまた笑顔になる。心なしか頬も赤くなった。
(香穂ちゃんにはかなわないや)
 香穂子に腕を引っ張られるようにして歩き出しながら思う。
 どんなに香穂子を喜ばせようと思って行動しても、結局は火原が香穂子の行動や一言に喜んでいる。気付いたら、いつだってそうだ。
(いやいや、次も諦めないけどね!)
 引っ張られていた火原は、少し歩調を早めて香穂子に並ぶと、あとは香穂子に合わせて歩く。
 いつか、きっと、絶対、香穂子を喜ばせるから。
(だから、覚悟しててよ、香穂ちゃん)

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ホワイトデーのお話です。若干遅れ気味のアップになったのは、ホワイトデーの夜に書き始めて、しかも3日もかかっているからです。実は最初はこのお題、王日のつもりで、ホワイトデーも関係ない話にするつもりでした。詳しく言うと、練習で疲れている香穂子に王崎先輩がクッキーか何かのお菓子を取り出して、元気づけるというもののはずでした。が、そうならなかったのは、わざわざ文字にしなくてもオフィシャルで取り扱われそうな内容だな、と思ったりして(実際には取り扱われていませんがね)。それだったらつまんないかなーと。かといって、王日で励ます以外のお菓子の使い方を思いつかなかったし、王崎先輩は既にホワイトデーの話を描いたことがあるので、火原に乗っ取られました。哀れ。

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