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027.雨

 エントランスが妙に騒がしいと思ったら、どうやら先ほどから雨が降り出したかららしい。開けっ放しの入り口から雨が地上に叩き付けている音がエントランスに響いていた。音から判断するに、傘も差さずに出て行けば、正門に行き着く前にびしょ濡れになりそうだ。それを避けて、誰しも様子を窺っているのだろう。
 今日は朝から快晴で、雲一つなかった。天気予報も降水確率は0パーセントだと言っていた。そんなわけだから、傘を持ってきている人は少ないのだろう。
 香穂子も、そのうちの一人だった。
「どうしよう………」
 人の間から顔を突き出して、空を見上げる。
 灰色の雲が空いっぱい覆っていて、陽が落ちた後のように暗い。これでは雨もしばらく止みそうにない。
 心なしか、雨脚はさっきより強くなっているようで、普通科校舎のエントランスと正門前の広場を挟んで向かい合う音楽科校舎のエントランスが雨にけぶっている。
「先輩も困ってるかなぁ………」
 置き傘くらいしておけば良かった。
 実は以前に置き傘をしていたことがあったのだが、今日みたいに雨が急に降ってきたときに持ち帰ったまま持ってくるのを忘れていたのだ。
 今日も帰りに正門前のファータ像のところで火原と待ち合わせをしていた。だが、これではいつ帰れるのかわからない。連絡を取ろうにも香穂子は携帯を持っていなかったし、確か今日は携帯を家に忘れてきたと、火原が言っていた。
「あ、もしかしたら………」
 音楽科のエントランスで同じように空を見上げているかもしれない。
 普通科と音楽科は確かに別棟であるが、離ればなれになっているわけではない。各階、特別教室が並ぶ校舎で繋がっている。そこを通れば雨に濡れず音楽科校舎のエントランスまで行くことが出来るだろう。
 そう思いついて香穂子は身を翻した。その途端。
「わっ」
「うわっ」
 どんっと勢いよく人にぶつかってしまった。
「ごめんなさいっ」
 謝って、顔を上げるとそれは火原だった。
「あれ、先輩………」
「やあ」
 にかっと火原は笑った。
「もしかして、雨が降って困ってるんじゃないかと思って、こっちへ来てみたらドンピシャだったよ」
 入り口から少し離れたところに移動する。
「あ、じゃあ行き違いにならなくて良かった。今から先輩の方へ行こうとしていたから」
「あはは。なんか気が合うね!」
「でも、どうしよう。傘がなくって………」
 香穂子はちらっと入り口の方へ目を向けた。
 相変わらず雨は強く降り続けている。
「大丈夫だよ!」
 明るく火原が言うので、そちらに視線を戻すと、香穂子の前に火原が「じゃーん!」と手を突き出す。
 その手には一本の紺色の傘。
「それ………」
「こんなこともあろうかと、ちゃーんと置き傘してたんだよ」
「先輩、すごい!!」
 香穂子はパチパチと手を叩いた。
「先輩だからね! これくらいは当然だよ」
 火原は胸を張る。
「というわけで、帰ろっか」


 少し雨脚が弱くなったところで、肩を並べてエントランスを出た。
 火原が楽しそうに話す話を聞きながら、香穂子は思う。
(これって………)
「相合傘だね~」
 頭の中を読まれたかのようなタイミングに、かぁっと頬を赤らめながら火原の顔を見上げる。
 香穂子の視線に気づいて、火原は香穂子の方へ顔を向け満面の笑顔を浮かべた。
「おれね、こういうの憧れてたんだー。男の方が傘を持って、女の子が濡れないように気遣ってあげるの。漫画とかドラマとかでよくあってて、ずっとやってみたかったから、今それが叶って嬉しい」
 そう言うと、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌で前を向く。
 香穂子は返す言葉を失っていた。ただただ、顔を赤くして火原の横顔を見つめるばかり。
「雨の日って、結構うっとうしいなって思ってたけど、こういうのなら雨の日もいいなって思えるよね!」
 大きく首を振って頷こうとした香穂子の足下で、ばっしゃんと大きな水音がした。
「きゃっ」
「わっ」
 跳ねた水が頬に掛かる。
 足を見ると、大きな水たまりにくるぶしの下まで浸かっていた。
「あはは。やっちゃったね!」
「ごめんなさいっ!」
 自分のスカートの裾だけではなく、火原のズボンまで被害に遭っていた。
「大丈夫だよ、これくらい。平気平気。それより香穂子ちゃんの方こそ大丈夫? いっぱい濡れたんじゃない?」
 火原が身をかがめて香穂子の濡れ具合を確かめようとしたので、恥ずかしくなって勢いよく身を引いた。
「だ、大丈夫です!!」
「そう? ………って、香穂子ちゃん、下がりすぎ」
 すっと傘を香穂子の方へ差し出される。今度は火原が雨に濡れるはめになった。
「私はいいから、先輩濡れちゃってます!」
「ダメだよ。女の子を濡らしちゃダメなんだよ。男はいいの! 強くできてるんだから」
 二人の間で傘を押し合う。
 結局、傘を持っていたにもかかわらず二人ともびしょ濡れになってしまった。


 「傘があったんだろう? どうしてびしょ濡れになるのかな?」
 翌日、保健室。
 熱で顔を赤くした火原が横になっているベッドの脇で、柚木が呆れたように言う。
 昼食時、好物のカツサンドを買おうと購買部に乗り込んでいこうとしていた火原の足取りが覚束なかったので、柚木が引き留めるとその体がいつもより熱くなっていた。柚木が指摘しなければ高熱が出ていることにすら気づかない火原を、保健室まで引きずってきたのは他ならぬ柚木だった。
 潤んだ瞳で天井を見上げていた火原は「へへ~」と力無く笑う。
 柚木は肩を竦めた。
 火原が置き傘をずいぶん前から用意していたことは知っていた。以前の彼からは想像できない周到さだ。しかし、そう都合良く置き傘を活用できる事態は起こらず、このところは「雨が降らないかなー」とまでぼやいていたくらいだ。
 あえて訊かずにいたが、火原が考えそうなことはすぐにわかった。
 そして、ようやく昨日置き傘の出番がきたというのに。
「まさか、日野さんまでびしょ濡れにしたんじゃないだろうね?」
「………う………」
 返す言葉もないらしい。
「まったく……。男は女を守るものなんだろう?」
 決まりが悪くなったのか、ごそごそと目の下まで布団を被る。
 その様子に柚木は、くすりと笑みを漏らした。
 病人をあまりいじめては可哀想だ。
「まぁ。目的は達成できたようだからね。良かったじゃないか」
 そう声を掛けると、火原は「えへへ~」と幸せそうに目を細めた。

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またも火原っちで。オールキャラ目指すと言っていたのはどこのどいつか。でも、好きなんだもん、火原っち。今回は香穂子視点(初)で。最後にオマケがついていますが。予定では、もっとべたべたに甘い話になるはずでした。だって、相合傘を書こうと思ったくらいだから。ところが蓋を開けてみれば、全然甘くない。何で? どうして? 火原っちだから? ………いや、書き手のせいです。これでも前回よりは甘くなっていると思うんですけど。今回は、火原っちにゆとりがありますね(笑)。さすがに続けて悩ませるのは可哀想かな、と。いずれまた悩むことになりそうだし。今回は校内を少し描写していますが、多分建物の位置は間違いないと思います。オフィシャルガイドとにらめっこして校内の配置図を探ってました。攻略用ではなく情報収集用で使用するだけの公式ガイド………。ハンドブックも似たり寄ったりの活用しています。だって、今更あの情報では攻略の役には立てられないので………。(それがわかっていても買っちゃうんですけどね)
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