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シャツの袖から入り込んでくる風が爽やかで気持ちがいい。火原の頭上に広がる青い空が、もっと火原の気分を良くさせる。
学校指定のシャツをお気に入りのTシャツの上から羽織っただけだから、火原が自転車をこぐスピードに合わせてシャツの裾がはためく。だんだん楽しくなって、自転車を漕ぐ足に力が入り、更にスピードが上がる。
今日から衣替え。
最近では日中の気温が二十五度を越してしまう日もあって、衣替えが本当に待ち遠しかった。暑さのあまり校内でTシャツだけになっていたら、風紀の先生に怒られたりもした。
「おっと!」
曲がる角を間違えそうになって慌ててハンドルを切る。自転車が大きく傾いたがものともせずに体勢を立て直す。
香穂子の家まであとわずか。
朝のお迎えはすっかり日課になった。自転車登校を申請したのも香穂子を後ろに乗せたかったから。ただそれだけ。
キッと香穂子の家の真ん前に自転車を止めた。腕時計を見ると八時少し前。いつもより早いのはいい気分に任せて飛ばしてきたからだろう。少し考えて、火原は自転車に跨ったまましばらく待つことにした。
いつもはチャイムを鳴らして、香穂子を呼ぶことにしているのだが、時間より早いのはやはり失礼かなと判断してのことである。
風に流された髪を両手でわしゃわしゃと掻き均す。襟元を正しているとかちゃっという音が耳に届いた。反射的に音のしたほうを振り向くと、玄関のドアを開けて香穂子が出てくるところだった。
「おはようございます、先輩」
「あ………おはよ、香穂子ちゃん」
半ば呆然と火原は挨拶を返していた。門を開けて閉めて、香穂子が目の前に立ってもまだぼーっとしていた。
香穂子の制服は夏服になっていた。
火原が衣替えをしたのと同様、香穂子も夏服に衣替えをしているのは至極当然のことなのに、その姿を見るまでそのことを失念していた。
袖口から伸びている細く白い腕が目に焼き付く。
香穂子の腕を見たのは初めてではないのに。この間の土曜日にデートした時は暑い日だったので香穂子もノースリーブのワンピースという、それはそれは夏らしい格好だった。だからそのときは今以上に腕が見えていたのに、どうして制服の香穂子だとドキドキするんだろう?
「先輩?」
まじまじと見つめられて居心地が悪そうにしながら香穂子は下から火原を見上げる。
「あっ、ごめん! えっと、早いね今日!!」
「先輩こそ早かったですね。ちょうど窓から先輩が来たのが見えて急いで出てきちゃいました」
「えっ、急がせちゃった!? ごめんね!」
「大丈夫ですよ。ちゃんと身支度出来てたし」
「そ、そっか! じゃ、行こっか!!」
香穂子は後ろに跨ると、いつもそうするように火原の腰に手を回す。
(う、うわっ)
これまではなんともなかったことが、異常に気になる。
目線を下へ向けると白い香穂子の腕が視界に入ってくる。
(ダメだっ。おれ、なんかおかしい!!)
ぶんぶんと首を左右に激しく振る。
「せ、先輩?」
背中に響く声で我に返る。咄嗟に反応していきなり勢いよく漕ぎ始めたため、後ろで「きゃっ」と香穂子が短く叫んだ。
さっきまで爽やかな気分だったのに、今はひたすらに暑い。必要以上に汗が出ているような気がする。
特に背中が熱い。もっと言えば香穂子が火原にしがみついて触れているところが。
冬服の時は火原もジャケットを着ていたし、香穂子の冬服も生地が厚かった。けれども、夏服には火原のジャケットは無いし、香穂子の生地も薄い。つまりその分、香穂子と密着することになるわけで。
(うわぁ~~~~~~~~っ)
火原は頭の中だけで叫び声を上げつつ、顔を真っ赤にしながら、力いっぱい二人乗りの自転車を漕いだ。
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