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032.ケータイ電話

「ケータイ、買っちゃった!」
 ある日の朝。
 登校途中で出会った火原は、香穂子の目の前に携帯電話を突き出した。
 黒い折りたたみ式の携帯電話。以前プレゼントしたファータストラップがゆらゆら揺れている。
「番号とメアド教えるね!!」


 香穂子の携帯電話に、火原の電話番号とメールアドレスが登録されて一週間。
 夜、自室で香穂子は自分の淡いピンク色の携帯電話を睨みつけるようにして見ていた。
 電話の着信音もメールの着信音も、火原のものはすぐわかるように、他の人たちとは別の音を設定しているというのに、一週間過ぎた現在。電話の着信音は一度も鳴ったことがなく、メールの着信音もまだ十回程度しか鳴っていない。
 あれほど携帯電話を持ちたいと言っていた火原だけに、この状況は不思議だった。
 さすがに電話をするのはちょっと心構えとか、いろいろ気合いが必要なので香穂子もためらっているが、メールは送っている。内容はさっき見たテレビのことや、学校であったちょっとした話くらい。大したものではない。
 が、それに対する火原の返事は、相当素っ気のないものだった。あのよく喋る火原からは想像できないほどに短いメールの返事。三行超えればいい方か。
 テレビの話をすれば「うん、面白かったよね」、学校であった話をすれば「そうなんだ~。大変だね~」と、その程度。
 しかも、その返事が返ってくるのに、30分以上の時間を要しているのである。
 もしかして、迷惑なんじゃないかと香穂子が思い始めてもおかしくなかった。
今夜も香穂子が送ったメールに対して返ってきたのは「その映画おれも観たよ。面白かったね」とだけ。
 香穂子は携帯電話を開いて、もう一度火原のメールに目を通しすと、長いため息をついた。


「あ、香穂子ちゃん」
 昼休み。
 普通科のエントランスで、火原とばったり出くわした。
 なんとなく、火原が気まずそうな顔をしているような気がするのは、香穂子の気のせいではないらしい。その証拠に火原の腕の中には彼の好物であるカツサンドがしっかりと抱えられているにも関わらず、そこまで嬉しそうな顔をしていない。その上、香穂子から少し視線をずらしている。
 香穂子はその場にいるのが耐えられなくなって、控えめに微笑んでお辞儀をすると身を翻した。
「あれ? 購買部行ってこなかったの? お昼ご飯どうするのよ」
 森の広場で先にベンチの一つを取って待っていた天羽が、手ぶらの香穂子を見て怪訝な顔をする。
「えっと………忘れて来ちゃった」
「はあ?」
 天羽は眉を顰めていたが、半ば呆然とした状態でベンチの脇に立ちつくしている香穂子にとりあえず座るよう勧めた。言われるままに香穂子はすとん、と腰を下ろす。
「今日はあたしサンドイッチだし。半分こしよっか」
 そう言って、膝に乗せていたランチボックスを香穂子との間に置き、蓋を開いた。
「では、いただきます」
 一口目を口に含んだところで、座ったまままだぼーっとしている香穂子に卵サンドを取って手渡す。
 香穂子がもそもそとそれを食べ始めたところで「で?」と話を振った。
「何があったのよ、購買部で」
「な、何でわかるの?」
「わかるわよ。ついでに言うと、火原先輩絡みでしょ」
「……………………っど、どうしよう!!」
叫ぶと同時に、わっと顔を覆って上半身を前に倒した。
 突然の行動に天羽はしばし呆然としていたが、香穂子が伏せた状態で話すことを聞いているうちに、やれやれといった表情になる。
「わたし、先輩に鬱陶しがられてるかもしれないっ。だって、メールの返事とかすごく素っ気ないし、携帯になってから電話くれなくなったし、さっきも何だか気まずそうに視線逸らされちゃったし………!」
 天羽は大きく息を吐いた。
「あのさぁ。先輩があんたのこと鬱陶しがってるなんて、絶対あり得ないと思うんだけど」
「そんなことないっ!」
 がばっと顔を起こした香穂子の顔は、泣き出していた。その表情があまりに情けなくて、思わず笑いそうになったのを天羽は必死で堪える。
「そんなことあるわよ。あのねぇ。傍から見てるとね、先輩があんたのことどれだけ好きだって思ってるのか丸わかりなのよ」
「違うよ。そんなことないもん。絶対、私の方がいっぱいいっぱい先輩のこと好きで、きっとそれが先輩には重くなっちゃったんだ」
 聞く耳を持たないとはこのことか。
 さてどうしたものか、と天羽は新しいサンドイッチを頬張りながら思案した。


「ごめん!!」
 その日の放課後。
 エントランスを出たところで、香穂子はそこに立っていた火原に深々と頭を下げられた。
 あまりのことに呆然となった香穂子だったが、二人を避けて通る生徒たちがくすくす笑っているのに気づいて、我に返る。公衆の面前で頭を下げられていること、火原に対して気まずい想いがあること、それらが香穂子を逃走へと駆り立てた。
 頭を下げたままの火原をその場に、香穂子は正門の方へダッシュする。
「あっ」
 香穂子が逃げ出したと気づいた火原がすぐに「香穂子ちゃん、待って!」と言いながら追いかけてくる。
 もちろん、香穂子が待つわけがない。更にスピードを上げる。
 だが、特別足が速いわけでもない、運動部に入って体を鍛えているわけでもない香穂子が、元陸上部にいた火原に敵うわけがない。妖精の像のところであっさりと腕を掴まれる。
「逃げないでよ」
「だって………」
 腕の力だけで火原の方を向かせられたが、顔は下に向けたままである。見られるわけがない。
「えーと………ほんとにごめんね。別に香穂子ちゃんを嫌いになったとかそういうわけじゃなかったんだけど。っていうか、むしろもっと好きなんだけど!」
 唐突に話し出されて、思わずきょとんと火原を見上げてしまった。
 その火原の顔が少し赤くなっていながらも優しく笑みが浮かんでいるのを見て、慌てて香穂子は俯いた。火原につられたように赤くなる。
「あのね、天羽ちゃんに聞いたんだ。きみが悩んでるって。ごめん、そんなつもりほんとに全然なかったんだよ。気まずかったのは本当だけど………それはおれのせいだから」
 声の調子が弱くなったのが気になって、そろそろと香穂子は顔を上げた。
 火原が力無く笑っている。
「ケータイ買って、これで香穂子ちゃんといつでも喋れるんだって、メールも出来たりするんだって思ったらすっごく嬉しかったんだ。初めて香穂子ちゃんからメール来たときは、もう本当に本当に嬉しくって笑いが止まらなかった。でも、返すときになって気づいたんだ。おれね、なんかもういっぱい打ち込んでたんだよ、文字を。メールにも慣れてないから、出来上がったときには三十分くらい経ってて。いざ送ろうとして読み返して、だめだって思ったんだ。だって、こんなに長いメール返したら、迷惑じゃないかって思って………」
「そ、そんなことないですっ」
 あまりに情けない顔なので、もとの笑顔に戻って欲しくて香穂子は慌てて否定した。
「うん。そうなのかもしれないけど、でも、そう思っちゃったらもうだめで。あんまり長いの送ったら鬱陶しいって思われるって思ったら怖くて出せなかった」
「鬱陶しいなんて思いません!! メールくれるだけでもすごく嬉しいのに………」
「おれも、香穂子ちゃんからメール貰えるだけで嬉しいよ。でも、それに何を返したらいいのかどんどんわからなくなってきて………あんな素っ気ない言葉だけになって………言いたいことはもっとたくさんあるのにうまく伝えられなくて、そんな自分がすごく歯がゆかったんだ。きっとこんなメールじゃ今度は愛想尽かされるって思って、そしたら香穂子ちゃんのことちゃんと見られなくなってた…………。だめだよね、こんなんじゃ」
 香穂子は大きく首を横に振る。
「まだ自分に自信がないみたいだ………。香穂子ちゃんを好きだって気持ちだけはあるのに………それだけじゃだめなんだ……………………………っったぁーっ!」
 ばっちーん、と派手な音が正門前に響いた。
 香穂子はキッと火原を睨みつけて、その両手は火原の顔を挟んでいる。今しがた鳴り響いた音は、思いっきり頬を打ち付けた音だ。
「もうっ! わたしがいいって言ってるのに、悩まないでくださいっっ。長いメールでもちゃんと読むし、鬱陶しいなんて絶対思わないから! 長くてもいいから、ちゃんと思ったことを伝えて欲しいです」
 両頬を打たれた火原は香穂子の剣幕にぽかんとしている。
「ばっかみたい………悩んで損しちゃった」
「か、香穂子ちゃん………」
 ますます情けない表情になる火原に、香穂子はちょっと舌を出してから笑った。
「でも、良かった。嫌われてなくて………」
 心から安堵した笑顔に、火原は息を呑む。
 するっと火原の頬を離れる手を思わず掴んでいた。
「せ、先輩?」
「え、あっ、えっと、あの、ごめん!!」
 慌ててその手を離す。
「先輩」
「な、何?」
「手、つないで帰ってもいいですか?」

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気が強いなぁ、この香穂子。火原っち、押されてるよー。尻に敷かれてるよー。悩める火原第3弾、というところでしょうか。いやぁ、メール一つ送るのにも、好きな人にはすごく気を遣うものではありませんか? わかりやすく簡潔に、それでいて愛想がなくならないようにって。考えれば考えるほどうまくいかなくなって………。って、火原っちはそういうのを悩んでいたんだと思うんですね。返事が返ってくるまでに推敲に推敲を重ねた結果が30分。そりゃあ香穂子もやきもきしますよ。ラストがちょっとちゃんと締まらなかったんですけど(おい)、傍で見てるこっちが照れるようなラストになったような気がします。(狙ってるんだかそうじゃないんだかよくわからないですが、甘くなるようには意識しました)そういえば、ゲーム中、香穂子の部屋には子機があったのできっと彼女は携帯を持っていないんじゃないかと思いますが、まぁこれはこれとして。あの後買っちゃったんだってことにしてください。
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