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033.授業中

 にへ~と、顔が笑み崩れてしまうのを止められなかった。
 昼休み終了後の授業。退屈な音楽理論の時間。
 火原の頭の中は、さっきまで一緒に過ごしていた香穂子のことばかりで占められていた。


 コンクール終了から二週間。火原と香穂子が付き合っているということは、校内の誰しもが認めるところとなっていた。
 登下校はもちろん一緒。昼食が一緒なのも当たり前。
 朝一緒に登校できるのが嬉しくて、香穂子の家まで迎えに行く分早起きをしなければならなくなったが、そんなのはちっとも気にならない。帰り道は手を繋いで別れ際に「また明日ね」と言葉を交わす。今日はこれで別れてしまうのは寂しいけれど、また明日も会えると思うと足取りだって軽くなる。
 昼休みはこれまでさっさと食べてしまってバスケットをしたりしていた。でも今は香穂子といろんな話をしながらゆっくりと食べる。
 それに。
 今日は香穂子が手作りの弁当を持ってきてくれたのだ。
 初めての出来事に、とても嬉しくて飛び上がったら、香穂子は少し困ったように笑った。
「そんな大したものじゃないですから」
 僅かに頬を赤らめてそう言っていたが、火原にとっては充分大したものだ。
「美味しい、美味しいよ!」
 一口食べるごとにそう繰り返していたら、香穂子は真っ赤になって照れていた。
「ごちそうさま!」
 そう言って手を合わせたときには、心も体も幸せな気分でいっぱいいっぱいだった。
「お粗末様でした」
 空になった弁当箱の蓋を閉めながら、香穂子が微笑む。まだ頬は僅かに赤みが残っていた。
 可愛い。
 そう思った途端行動していた。
 僅かに掠めただけのキス。
 顔を離すと、香穂子はきょとんとしていた。
 その後事態を把握したのか、みるみるうちに真っ赤になっていく。それにつられて、火原の頬も赤く染まった。
「えへへ」
 照れ隠しで笑った。


 それを思い出して、火原の口元がまた緩む。
(柔らかかった………)
 同じ唇なのに、火原のものと違っていた。女の子だからだろうか。それとも香穂子が特別柔らかいのか。
(って、なんかおれ、すごいいやらしい!?)
 立てて開いていた教科書に顔を埋める。
 キスしたかったからキスしただけだったが、その本能のままの行動が余計にそれっぽい。
(初めて香穂子ちゃんとキスしたのにー)
 そろそろと教科書から顔を上げる。その顔は笑みが立ち消え、眉尻が下がっている少々情けないものになっていた。
 好きな女の子と最初にキスをするなら、ってずっといろいろ考えていたのに。とっておきの場所で、とてもロマンチックに。
(うわ~~~~、だめだよ、おれ!)
 机に顎を付けて両手で頭を抱えた。その拍子に今まで掴んでいた教科書が背表紙から机の上にばったり倒れ込んで教師が喋っている他は静まりかえっている教室内に音を響かせたが、そんなことに火原は気づかない。
(あんな、勢いでキスなんかしちゃって、香穂子ちゃん呆れてないかな!?)
 照れ笑いの火原を見て、香穂子は控えめに笑っていた。どう反応したらいいのかわからないかのように。香穂子も照れていたのだろう。
「お、お茶呑みましょう!」
 と声を上げて傍らのお茶のパックを取り上げた。
「う、うん!」
 火原もそれに倣った。
 その後は大した会話もなく、予鈴ぎりぎりまで一緒に過ごして教室へ戻ってきたのだが。
(もしかして、すごく困ってたかも? どうしよう、考えなしだー)
 そうしてしばらく頭を抱えていた火原だったが、結局思うことは最初へと戻っていく。
 つまり、香穂子とキスをしたことに。
 自然と顔がまた緩む。
「ひーはーらー」
 名前を呼ばれたのはそんなときだった。同時にばこっと丸めたテキストで頭をはたかれる。
「何度呼べば気づくんだ」
 今更ながらに、本当に今更ながらに、授業中だったことを思い出す。
 火原の机の脇で、金澤が仁王立ちして見下ろしていた。教室内がくすくす笑いで満たされている。隣の席の柚木が困った顔で笑って火原のほうを見ていた。
「どうせロクでもないことを考えていたんだろう」
「ロクでもないことじゃないよ!」
「あー、ハイハイ。お前さんにとってはそうだろうな。だがな、そのしまりのない顔は他人に見せるなよー。ましてや彼女には絶対見せるなよー。嫌われてもいいんならいいけどな」
「へ?」
 意味がわからなくて首を傾げたら、金澤は軽く肩を竦めた。
「火原はわかりやすすぎるよなぁ。ま、それが火原のいいところでもあるけどな」
「へへっ」
 褒められたと取った火原は後頭部をなでながら笑う。
「だーがー。今は授業中だ。いくら俺だって、授業を聞いてない生徒にまでは優しくできないからなー。というわけで、だ」
 金澤はそこでいったん言葉を切る。
「罰として今日の授業の要点をまとめたノートを提出するように」
「ええー!?」
 思わず立ち上がって抗議の声を上げる。
 それは火原がもっとも不得手とするところだった。その上、今日の授業はほとんどというより、全く聞いていなかった。
「ええーじゃない」
 金澤は手をひらひらさせて、火原に座るよう促す。
 がっくりと火原は肩を落として、大人しくそれに従った。
「よし、じゃあ続きなー」
 金澤はそんな火原の様子を横目に見て、意地悪そうな笑いを浮かべながら教壇へと戻っていく。
 その背中をしばらく恨めしそうに見ていた火原は、やがてばったりと机の上に突っ伏した。

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えー。壊れている人がココにいますー。誰とは言いませんが。ええ、書き手の頭の中もどうかしちゃってます。でも楽しかったです。百面相している火原っち。当初、「授業中もきみのことばかり考えちゃうんだ――」ってことでほんわかしたお話の予定でこのお題を使うつもりだったんですが。初っぱなからにやけてるんだからもうどうしようもないですね。絵心があれば、漫画にでもしたいネタでした。この話表情がくるくる変わってるわけだし。難しいー。そしてしまり悪い(ま、それはいつものことで)。ところで、授業中を書くに当たって、その授業を何にするかで悩みました。だって、音楽科ってどんな授業してるのか知らないですし。音楽理論というのにしたのは、どっかで聞いたことがあったような気がしたので。でも、実際のところどんな授業かはさっぱりわかりません。ついでに言えば、金やんがそんな授業を持っているのかも知りません。だって、金やん何を教える人なのか全然書かれてないんだもん。音楽教師ってことしかオフィシャルには載ってないんだもん。でも、折角だからってことで出してみました。柚木様もちょびーっと。私にはこれが限界です(汗)。

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