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040.向日葵

「あ、ちょうど良かったー!」
 大声で叫んだ後、エントランスを横切ってこちらへ向かって走ってくるのは天羽だった。満面の笑顔だが、目はしっかりと冬海とその隣に座っている火原を捉えている。冬海は少し身を固くした。何だか取って食われそうな勢いだからだ。
 エントランスのベンチ一つを占領している二人の前に、天羽はあっという間に到着する。
「何の話をしていたんです? 最終セレクションのことですか?」
「違うよ」
 勢いづいてそのまま質問を繰り出す天羽に、火原はさらっと否定の言葉を返す。
「オケ部のこと。実は冬海ちゃん、オケ部に入ったんだ」
「えええー! それ初耳! 冬海ちゃん、ホント!?」
「は、はい………」
 それまで火原に向けられていた天羽の視線が冬海のほうを向いた。
「やー。意外だわ。オケ部に入ろうと思ったのってやっぱりコンクールのおかげ?」
「はい」
 冬海ははにかむ。
「もっともっと頑張ろうと思って………。みんな頑張ってるから………」
「なんかさ、こういうの嬉しいよね! コンクールあって良かったなって思うもん」
 火原が我がことのように得意げに言う。冬海はその表情にむず痒いような気持ちを憶える。
「へぇ~」
「ところで、天羽ちゃん何か用事?」
 心底感心したという表情を見せた天羽を火原が促す。
「あっ。そう、そうでした! 今コンクール参加者に質問して回ってるんですよ。最終セレクション目前だし」
「そうなんだー」
「ということでご協力お願いしまーす」
 天羽はさっとメモ帳とペンを取り出す。
「じゃあ二人いっぺんに行きます。質問はシンプルに、自分以外のコンクール参加者に対するコメントと最終セレクションの抱負。以上」
「質問はシンプルだけど………答えるのには時間がかかりそうですね………」
「言うわねー、冬海ちゃん」
 冬海の呟きに即座に天羽が反応する。
「あ、すみません」
「ま、事実だからね。でも、簡単でいいのよ。最初の印象と今の印象なんか聞きたいな」
「それっくらいならすぐ答えられるよ。誰のからにしようか? 香穂ちゃんからでいい?」
「お任せしますよ」
 火原は大きく頷くと話し出した。それは話して聞かせるというよりもむしろ自分の想いを再確認しているようなそんな印象を受けた。
「香穂ちゃん、頑張ってるよね。最初から。最初はさ、全然ヴァイオリンやったことないしって言ってたから、おれこの子のこといっぱい助けてあげようって思ってたんだけど、いつのまにかそんなの必要なくなってた。香穂ちゃん、すごく頑張ってて助けてあげるんじゃなくて、一緒に頑張ろうって思うよ、最近。おれももっともっと頑張らなくちゃって。この子に置いて行かれないようにって」
 火原が話している間中、天羽も冬海も口を挟まなかった。挟むことが出来なかった。
 いつもニコニコしている火原だが、その笑顔が今は少し違うものに見えるのは冬海の気のせいではないだろう。いいな、と思う。思ってから、それが火原に対してのものなのか、それとも火原にいつもと違う笑顔をさせている香穂子に対するものなのか、考える。
「冬海ちゃんは? 香穂ちゃんのことどう思う?」
 そんなことを考えていたものだから突然話を振られて、冬海はその必要もないのに焦る。
「はい、えっと、素敵だなって思います」
慌ててそれだけを答えた。しかしそれでは言葉が足りないと思って、すぐに継ぎ足す。
「オーケストラ部に入ろうと思ったのは、コンクールに参加したからだけど、このコンクールで、か……日野先輩に出会ったから、そうしようって。日野先輩を見ていたら、私も何かしなくちゃって、したいなって思ったから………」
 少し前、オーケストラ部へ入部届を持って行く時にちょうど香穂子と廊下で会ったことがあった。その時にオーケストラ部へ入ることにした自分の思いを香穂子には話したが、今ここで同じ事を繰り返すのは控えた。香穂子には話せても、他の人に話す勇気はまだない。こういうところが自分でもまだまだだな、とは思うけれども。
「あ、それそう! そうなんだよね」
 火原が冬海の言葉に同意する。何度も何度も首を大きく縦に振っている。
 天羽も同意を示す。
「確かにそれはあるかも。あんなに頑張ってるとやっぱり応援したくなるし、コンクールもうまくいって欲しいって思う。実際そう思ってる生徒も結構いるんだよね、最近の調査では。これ、いい傾向だと思いません?」
「それ本当!? だったらやった! だよね。コンクールでみんながもっともっと音楽を楽しいものだって思ってくれて普通科も音楽科も関係なく仲良くなってくれればいいってリリもそう言ってたし!」
 笑顔で語る火原に冬海もつられる。だが、その笑顔は次の天羽の言葉で引きつる。
「リリ? それ誰の事ですか?」
 今行われている学内コンクールの開催を実際に決めたのは、そのリリである。リリは妖精で、その姿はコンクール参加者にしか見えない。必然的にその存在は他の人たちには秘密である。説明したところで自分たちがおかしいと思われるのが落ちだ。
 けれど、冬海は思う。正門前にはファータの像がある。それほど突飛なことではないんじゃないか、と。
 コンクールを成功させれば、普通科も音楽科もなく、みんなが音楽を楽しむことが出来るようになれば、リリたちの姿もみんなに見えるようになるんじゃないか、と。
 しかし、今はともかく天羽の気を逸らすのが最善策である。とはいえ、冬海と火原。隠し事がへたくそでしどろもどろのごまかししか出来ない二人である。天羽がずいずいっと詰め寄ってくる。
「あっ、香穂ちゃん!」
 天羽から真っ先に逃れたのは火原だった。彼の視線につられて、冬海も天羽も火原の視線の先を追う。香穂子がちょうどエントランスに入ってきたところだった。放課後ということもあって、割と賑わっているエントランスで素早く香穂子の姿を見つけた火原はさすがといえよう。
 火原はぱっと立ち上がると脇目もふらずに駆け出した。寸前に見えた顔にはとびきりの笑顔。
「………何だか、昔飼ってた犬を思い出すわ………」
 ぽつりと天羽が漏らして冬海も我に返る。
「もー。質問もそっちのけかぁ」
 火原は香穂子を捕まえて話し始めていた。こちらに背を向けているからその顔は見えないが、さっきちらりと見えた笑顔のままだろう。
「火原先輩って………」
「何?」
 火原が居なくなった冬海の隣に天羽が座る。
「向日葵みたい」
「ひまわり?」
「はい」
 こくりと頷く。
「明るくて、大きくて、背が高くて。それに、向日葵って太陽のほうを向いて咲いていますよね。どの向きに植えてもいつも太陽を追いかけているんです。そういうところも火原先輩に似てると思います。………か……日野先輩が、太陽で、火原先輩が向日葵。火原先輩、日野先輩を見つけるの上手ですから」
「はー………なるほどねー。言われてみればそうだ」
 火原は身振り手振りを加えて、香穂子に話をしている。その陰で香穂子はきっと笑っているだろう。見えないけれど冬海にはそうだと確信できる。
(それに………)
 口には出さずに、自分の中でだけ言葉を続ける。
(ひまわりは、日を向く葵って書くもの。日は香穂先輩の日野の字にも入ってる………火原先輩はいつも香穂先輩を見てるから)
 自分の考えが気の利いたものだと思えて、冬海はくすっと微かに笑った。

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いつもと違う感じで火日カップルを書いてみました。冬海ちゃん視点です。冬海ちゃんは香穂ちゃんをかなり慕っている感じですね。でも香穂ちゃんのことを「香穂先輩」とは呼べないくらい。冬海ちゃんがオケ部に入部するというイベントがありますよね。それをどうしても使いたかったんです。だから冒頭のあれだし、途中のモノローグなんですけども。そのイベントのセリフを覚えて無くてですねー………。曖昧に濁しました。向日葵=火原のイメージは簡単に浮かびますが、これを小説で表現するのは難しいと思ってたので、こういう形で書くことが出来たのは良かったと思います。向日葵が日(香穂子)を向く花という発想は冬海ちゃんならではとも思いますし。しかしなんだか妙に時間が掛かりました………。そして香穂子さんはCDドラマのような扱い………(セリフなし)。


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