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041.海

 全国津々浦々、学生は夏休みである。
 今年の夏は例年よりも暑くて、プールや海は涼を求めてくる人でごった返している。
 香穂子もそのうちの一人だった。
「うん。大丈夫!」
 黒地に白の水玉模様。ホルターネックのビキニは先日買ったばかりだ。
 少々頬を赤く染めながらも、天羽が「可愛いじゃん!」と言ってくれた笑顔を思い出しながらドアの前で最後の確認をすると、外へと足を踏み出した。
 強い日射しが香穂子の肌を刺す。眩しさに目を細めながら、香穂子は更衣室の傍で待っているはずの火原の姿を探した。
 火原はすぐに見つかった。香穂子が見つけるのと時を同じくして、火原も香穂子に気づいた。ぱっとその顔に笑みが浮かぶ。
「待たせちゃって、ごめんなさい」
 はにかみながら香穂子は火原に待たせたことを詫びる。
 だが、火原からの返事がすぐに返ってこない。見上げると口をぽかんと広げて、どちらかと言えば間抜けな表情で固まっている。
 首を傾げようとしたところで、はっと我に返ったかのような反応を火原は見せた。
「ぜ、全然待ってないから、平気だよ。それじゃ行こうか!」
 心持ち赤らんだ頬で火原がいつものように手のひらを香穂子のほうへ差し出す。それを取って握ると、火原はすぐさま手を引っ張って駆け出した。
 人の間を拭って海へと走り込む。
「気持ちいい!」
 ざぶざぶと水をかき分けて腰がつかるくらいまでくると、ようやく海水も冷たくなっていた。
 香穂子の先を行っていた火原が、香穂子の手を離してざぶんと頭まで潜ってしまう。だが、すぐさまその頭は上に突き出された。ぼたぼたと水を滴らせていたが、激しく首を振って水滴を飛ばす。その滴が香穂子にもかかって、香穂子は笑い声の混じった悲鳴を上げる。
 しばらく水の中で涼んでいた二人だったが、「おなか空いたな」という火原の言葉に従って陸へと戻る。焼きそばやお好み焼きを食べようということになったからだ。
 火原は香穂子の手を取って、少し先を歩く。
 その時になって、香穂子は何だか妙だな、と漠然と思う。だが、何が妙なのかがわからない。気づかれる心配はなさそうだったが、こっそり首を傾げて引っ張られるままに海の家へと足を向けた。
「おばちゃん、おれ焼きそばとたこ焼きと、ええっとね、カレーライス!!」
 壁に貼られているメニューの紙を見ながら火原が注文をする。香穂子はチャーハンを注文していた。
 注文を取った店のおばさんが離れていくのを見ながら、火原の食欲に感心する。いつもながら注文量が半端じゃない。太っているわけではないし、体格がいいというわけでもない。どちらかといえば細身のその体のどこにそれだけの量の食べ物が入るのだろう。
 壁際のテーブルを一つ占領して向かい合って座っていた。火原の視線は落ち着くことなく、おばさんを見送った後も店内を右往左往している。香穂子もそれにつられるようにして店内を見渡した。
 お世辞にも綺麗とは言い難い海の家は、繁盛していた。香穂子たちがテーブルに着くのにも十五分待った。入り口の外にはまだ列が出来ているから、食べ終わったらさっさと出て行かねばならない雰囲気がある。
 木造の海の家の壁は茶色になっていて、そこに色画用紙で短冊が作られその一つ一つにメニューが書かれている。店の奥にはカウンターがあり、その内側で調理がされている。炊事場を切り盛りしているのはさっき注文を取りに来たおばさんの夫と思しきおじさんで、もう一人おじさんそっくりの男の子が入っている。息子に違いない。
 店内の狭いテーブルの間を抜けて注文に答えているのがおばさんと、二人のバイトらしい女の子。どちらも黒く日焼けしていて、海の女、という感じがした。年頃的には香穂子と変わらなさそうだ。
 香穂子はしばらく動く人たちを目で追っていたが、それにも飽きて向かいの火原へと視線を戻す。
 と、火原の視線にぶつかった。
 途端に火原は慌てて香穂子から目を逸らした。
「……………?」
 おかしい。
 やはりさっき香穂子が妙だと思った感覚は間違っていない。
(目、逸らされた………)
 何故だろう。わからない。
 ただ、酷く居心地が悪かった。
 それで気づいた。妙だと思ったことがなんなのか。
 火原は、海へ来てから一度も香穂子をまともに見ていない。
 カッと体が熱くなる。火原を見ていられなくて、香穂子はテーブルの上で軽く組んでいた自分の手元に視線を落とす。
(私、何かしたの………? 先輩、何か隠し事してる?)
 気まずい沈黙が落ちるテーブルに割って入ったのは、おばさんの大きな声だった。
「はいよ、お待ち!」
 これだけの客がいるにもかかわらず、注文の品が運ばれてきたのは早かった。やはり早く食べて出て行ってくれということなのだろう。
「い、いただきます!!」
 火原がさっとスプーンを取ってカレーライスを頬張り始める。間に焼きそばやたこ焼きを口に運ぶことも忘れない。
 香穂子もチャーハンを口へ運んだが、あまり味がしなかった。
 会話もないままに、空腹だけを満たすための動作が続く。だが、香穂子はチャーハンを食べることを途中で止めてしまった。空腹はどこかへ行ってしまっていたし、火原が香穂子を見ない、その理由を探ろうとしてこれまでのことを振り返るのに気を取られていたからだ。
 しかし、わからない。
 チャーハンを掬っていたスプーンをカチャンと下ろす。
 その音に火原が顔を上げた。既に火原は自分が注文したものの三分の二を平らげていた。
「香穂ちゃん、もう食べないの?」
 その声に香穂子は火原へと目を向けた。
 そして今度もまた、火原はさっと香穂子と視線が合うのを避けた。
「………もう、いいです」
 香穂子の言葉は掠れてしまった。火原が「え?」と聞き返すように返してきたが、言い直すことはせず、ただ黙って勢いよく席を立った。
「香穂ちゃん?」
 唐突と思える香穂子の動作に火原が香穂子を正面から見上げる。
 香穂子はその視線を振り切ってさっと身を翻した。
「香穂ちゃん!?」
 火原の声が追ってきても、足を止めることはしなかった。
 今、香穂子を突き動かしているのは、ただ怒りの感情だった。
 どう考えてみても、火原から視線を逸らされる理由を思いつかない。もし、何か言いたいことがあれば言えばいいのに。ただ視線を逸らすだけなんて。
(先輩のバカッ)
 怒りにまかせて砂浜をざくざく歩く。
 火原がすぐさま追ってこないのにも、腹を立てていた。
(せっかく、新しい水着も用意して、すごく楽しみにしてたのに!)
 怒りのあまり涙まで浮かんできた。
 初めはあまり気乗りがしなくて、天羽に押し切られた形で買ったビキニだったが、それでもこの水着を着て火原と海水浴へ行くことを香穂子は本当に楽しみにしていたのだ。
 なのに。
「香穂ちゃん!」
 ようやく火原の声が香穂子の耳に届く。だからといって、香穂子は足を止めたりはしない。
 ただ、人の多い砂浜のこと。全力疾走も出来ないし、人にぶつからずに歩くこともなかなかに難しい。すぐに香穂子の腕は火原に捉えられた。
「待ってよ、香穂ちゃん! どうしちゃったの?」
「どうしたもこうしたもないですっ!」
 火原の言葉にカッとなって、腕を取られたまま後ろを振り向く。
「先輩が私のことを避けてるんじゃないですか!」
「そんなことしてないよ!」
「じゃあ、何で私と目を合わせないようにするんですか!? 私のこと見てくれないじゃないですか………」
 最後のほうは勢いを失い、声も小さくなってしまった。火原の慌てていた表情が変わったからだ。何かに思い当たったというような表情。
「それは、そうじゃないよ。そうじゃなくて………」
 火原の視線が足下へと落ちる。目が左右に動き言葉を探しているとわかる。
「そうじゃなくて、香穂ちゃんのこと、見たいけど、上手く見られないんだ………」
「は?」
 言っている意味がわからない。
 火原は頬を赤らめると、言葉を続けた。
「だって、香穂ちゃん、そんな水着着てるから」
 咄嗟に香穂子は何も返せなかった。
「あっ。でもね! 可愛い! 可愛いと思うよ、ほんとに!! けど、なんかどこを見たらいいのかわかんなくて、あんまりじろじろ見ても悪いかなって。それにおれずーっとドキドキしぱなっしで」
 後頭部をがしがしと掻きながら、火原はそこでようやく視線を上げ、はにかんだ。
 その笑顔を見て、腰を折って大きく息を吐いた。続いて、込み上げてきたものを抑えきれずに笑い出す。
「か、香穂ちゃん?」
 困った火原の声が上から落ちてきたが、香穂子は笑うことを止められなかった。安心した、その気持ちが笑うことの後押しをする。
(心配して、損した―――)
 でも、良かった。
 香穂子のことを避けていたんじゃなくて、隠し事をしていたわけじゃなくて。
 それに、なんてこの人は愛おしいんだろう。
「ごめんなさい」
 ひとしきり笑った後、香穂子は戸惑ったままの火原に一言告げた。
「え?」
 火原は謝られる理由がわからずにきょとんと香穂子を見つめ返す。
「何でもないです! さ、もっと遊ばなくちゃ!」
 香穂子はきょとんとしたままの火原の手を取ると、今度は香穂子が火原を引っ張って海へと駆け出した。

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サイトの1周年記念企画でリクエストを頂いて書いた話です。リクエストは火日で海に遊びに行くお話。初々しさに注意して書いてみました。今回は水着姿に火原っちドキ☆がテーマです。「夏服」とさして変わらないようなテーマですが、今回は香穂子視点にしてみました。ものすっっごく定番の形になってしまいましたけれども。アップするに当たって、水着を天羽ちゃんと買いに行くシーンを省きました。そこでは最初は香穂子もビキニを恥ずかしがっていたんですよ。でも天羽ちゃんに押し切られちゃった。ついでに、海から帰った後、いかに香穂子の水着姿にドキドキして困ったかを、柚木様に延々と電話で語り尽くしていそうです、火原っち。ところで今回の火原っちは香穂子ラブだからドキ☆なんであって、ただの友達だったりしたら、真っ先に「可愛い」って言ってそうです。


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