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046.約束

 待ち合わせの駅前に火原が着いた時には、既に香穂子がファータの像の前に立って待っていた。
その姿に、駆け寄ろうとしていた火原の足が止まる。
火原を見つけた香穂子の方から、残りの距離を詰めてきた。
その顔に浮かぶ笑顔が、とても眩しくて。
「や、やあ」
曖昧な笑みを浮かべてしまったに違いない。
香穂子が少し首を傾げた。
「えっと、じゃ、じゃあ、行こうか! いい場所取らなくちゃね!!」
慌てて声が大きくなってしまった。

 開港記念日。
 夏休みに入って最初の日曜日。
 今日は港で花火が上がる。それを一緒に見に行こうと、終業式の日に約束して、今日を心待ちにしていた。
「せ、先輩、ちょっと待って」
 前を向いて、一人ペラペラと喋りながら、駅前から公園への道を歩いていた火原は、その声にハッと香穂子を振り返る。横を歩いていたはずの香穂子が少し後ろにいた。
「あっ、ご、ごめん!」
 香穂子の方へ駆け寄る。
「ごめん! 歩きにくいんだよね。ごめんね、気づかなくて!」
 火原は後頭部をがしがしと掻き回した。
「ゆっくり歩こう?」
 香穂子が笑顔で頷いたのを見て、火原は心から安堵の息を漏らした。
 火原の横を歩く香穂子はカタカタと下駄の音を石畳に響かせている。
 夏の花火。
 香穂子は浴衣姿だった。それだけでも香穂子の印象が変わっているのに、背中まである髪を綺麗にまとめ上げている。
 見たことのない香穂子の姿に、正直、火原は戸惑っていた。
「全然、だめだなぁ………」
 小さく呟いたのに、香穂子には聞こえてしまったらしい。
「何がです?」
「や、いや! なんでもない!! うん!」
 首をぶんぶんと左右に振り、視線を前へ向ける。
 公園まで来ると、花火が上がるまでにまだ二時間ほどあるにもかかわらず、めぼしい場所には人だかりが出来ていた。火原自身は割と身長がある方なので後ろの方からでも構わないが、香穂子はそうもいかないだろう。人の頭で見えなくなってしまっては、花火を見に来た甲斐がない。
「どうしよっか」
「少し後ろの方でもいいですよ。花火って高く上がるものだから、ちゃんと見えるし」
「そっか。じゃあ、どうせならベンチに座ろうか。立ったままじゃきついよね?」
 だが、同じように考える人は多いらしく、公園内のベンチの空席は少なかった。空いているベンチといえば、それは花火に背を向けているものである。
「ここにしましょう。花火が始まったら、立てばいいんだし。それくらいなら平気」
 香穂子の笑顔に後押されて、火原は頷いた。
 並んで座ると、何を話したらいいのかわからなくなって黙ってしまった。
 浴衣を着て、いつもとちょっと違う格好をしているだけなのに、なんでこんなに落ち着かない気分になるのだろう。
 ずっと黙っているのは変だと思って何か話さなければと焦ってしまうが、焦れば焦るほど言葉が出てこない。
「あ、あのさ! のど乾かない? 何か買ってくるよ! 何がいい!?」
 この雰囲気が辛くなってきて、火原は立ち上がった。
 香穂子の注文を聞いて公園内の屋台へ走っていく。
 缶ジュースを二本抱えて戻る火原の足取りはやや重い。
 楽しみにしていたはずなのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。いろんなことを喋ったり笑ったりしたいのに、うまくいかない。
 こっそりため息をつくと、顔を上げ香穂子の待つベンチへ戻る。
 人を避け、辿り着いたとき、香穂子が目に見えてほっとした表情になったのに気づいた。
「どうしたの?」
「ううん。何でもないです」
「………?」
 何でもないことはないように思えたのに、そういう香穂子に少し疑問を憶えた火原の背後から「なんだよ、男連れじゃん」という呟きが聞こえた。
 それで、火原は理解した。
 ばっと背後を振り返ると、ぎょっとした顔の男が二人いた。男達はこそこそと人混みに紛れていった。
「大丈夫だった? 何か酷いこととかされなかった!?」
「大丈夫です。ちょっと声を掛けられただけだから……。先輩が戻ってきてくれて良かった」
 その言葉を聞いて、火原は膝を曲げてその場にしゃがみ込んだ。
「ど、どうしたんです!?」
 びっくりした香穂子の声が頭上から降ってくる。
「ごめんね。一人にしちゃいけなかったんだよね。おれ、全然ダメだ。………ホントはね、もっといろいろ喋ったりしたいんだけど、何でか上手く喋れなくって、どうしていいかわかんないんだ。浴衣着てきてくれてありがとうとか、可愛いよとかもっとちゃんと言えたらいいのに。それどころか気が利かないことばっかりだし。自分で自分が嫌になるよ」
 目の前の石畳に視線を落としていた火原だったが、言葉を切った後、香穂子から何の反応もなかったため、そろりとその視線を上げた。
 日が沈み始めて、薄暗くなってきた中で香穂子が赤く頬を染めていた。それは夕日のせいだけではなかった。

 駅へ流れる人の波から途中で抜け出して、香穂子の家へ向かう帰り道。
「綺麗だった~」
 花火が上がるたびに歓声を上げていた香穂子は満足しきった表情である。
「最後の大きいのの連発はほんとにすごかったですよね!」
「………うん」
 答える火原は上の空である。
「先輩?」
 どうしたんですか? と続けようとした香穂子の言葉は「そうしよう!」という火原の大きな独り言によって阻まれた。
「あのさ、香穂子ちゃん!」
 足を止め体ごと香穂子を向く。香穂子もそれに合わせて足を止めた。
「来年はおれも浴衣を着てくるよ! だから、来年も一緒に花火を見に行こう! ねっ」
 目を丸くしてそれを聞いていた香穂子は、やがてにっこりと微笑む。そして頷いた。
「ありがとう!」
 ようやく火原の顔に、満面の笑みが浮かぶ。
 それから、ちょっと頬を赤らめて言葉を継いだ。
「おれ、もうちょっと欲張ってもいい? 来年だけじゃなくて、その次の年も、それから先も一緒に見に行ってくれる?」

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で、結局のところ何が書きたかったのか、自分。とツッコミをいれてしまいたくなりました、完成後。「約束」をお題としていながら、どうしてこんな話になるのだろう。もっとこう、甘くて素敵なものが書けるのじゃないのか? このお題なら。とはいえ、甘い話が苦手な私にはこれが精一杯なんです。すみません。火原っちが続きましたが、うちのとこの火原っちは悩んでばっかりですね。もっと脳天気に天然っぷりを発揮して欲しいものなんですけどね。ただ、私の火原っちのイメージは恋愛に疎く鈍そう、でも天然だからさらっと簡単に好きとか言ってそうな感じです。とりあえず、そんな感じを組み込んではみましたが………。尚、開港記念日が夏なのかどうかは不明。開港記念日に花火が上がる→花火なら浴衣→じゃあ夏だ、と連想して作った話ですので。実際のところ冬の開港記念日もありかな、とは思います。

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