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052.友達

 十二月はいい月だ。
 誕生日もあるし、クリスマスだってあるし、冬休みにも入るし。楽しいことがいっぱいだ。
 そして、今年はもっともっと楽しい十二月の予定だ。というより楽しいに違いない。
 知らず知らずのうちに顔がにやけるのを火原は止められずにいた。
 クリスマスイブ。
 その日は終業式で、半日。その後、一緒に遊びに行く約束をしたのだ。
 もちろん、香穂子と。
 好きな女の子と過ごす、初めてのクリスマスイブ。いやがおうにも、気持ちが盛り上がるというものだ。
「へへっ。どこに行こうかなぁ」
 音楽室で地元情報誌をめくっていた火原の頭上から「楽しそうだね」と声がかかる。
「あっ、柚木」
 彼の手にはフルートと楽譜。これから練習をするのだろう。
「あのさ、柚木。どこかいいところ知らない? 女の子が嬉しがるようなところ」
「そうだね……」
 あごに手を当てて、柚木はしばらく思案する。
 その間、火原は期待に満ちた目で柚木を見上げている。
「………………」
 その視線に気付いた柚木は、にこりと微笑んだ。
「自分で考えた方がいいと思うよ」
 その答えを聞いた途端、火原は情報誌の上に頭を乗せた。
「やっぱりそうかー。でもさ、おれ女の子が喜びそうなところってあんまり知らないし、でもせっかくだから喜ばせたいと思うじゃない」
 頭はそのままにして、視線だけを柚木の方へ向ける。
「火原が選んだというだけで充分嬉しいと思うよ、彼女は」
「そうかな?」
 がばっと体を起こした。
「そうだよ」
「そっかー。さんきゅー」
 火原は満面の笑みを柚木に返した。


「あ、プレゼントも用意しなくちゃ」
 放課後は香穂子と一緒に帰る。待ち合わせ場所は正門前の妖精像の前。
「何がいいかなー。ちらっと訊いてみようかな」
 鞄を振りながら、待ち合わせ場所に向かう。
 既に、香穂子が像の前に立っていた。
「あれ?」
 その横に柚木の姿がある。いつもの穏やかな笑顔で香穂子と話をしている。
「あれぇ………?」
 何だろう。うまく言えないけど、何かが喉に引っかかっているようなそんな感じ。
「あ、和樹先輩!」
 立ち止まって首を捻っている火原に香穂子の方も気が付いた。元気よく手を振っている。
 火原はその妙な感じをそのままに、二人の方へ寄っていった。
「じゃあ、僕はここで。またね」
「はい!」
「うん。じゃあ」
 足音も静かに去っていく柚木の後ろ姿を見送りながら、火原はもう一度首を捻った。
「先輩、どうかしたんですか?」
「うーん。何でもない、かな」
「え?」
「あ………っと、何でもないよ! 行こうか」
 香穂子までもが首を傾げたので、慌てて笑顔を取り繕う。
 そうして、香穂子と楽しく帰路についた火原は、さっきまでの妙な感じを家に着くまでに忘れ去っていた。


 ところが。
 その妙な感じは、再び火原の内側で首をもたげてくるのである。それも決まって香穂子と柚木が楽しそうに話をしているのを見かけた時に。
「何だろう………」
 観戦スペースの一番前で、グラウンドで駆け回るサッカー部の部員をぼんやり眺めている火原の膝の上にはやはり地元情報誌。未だクリスマスイブの日にどこへ行くかも決まっていないし、プレゼントだってまだ選んでいない。来週にはクリスマスだというのに。
 はっきりしないもやもや感。痒いところに手が届かなくてもどかしい感じ。魚の骨を喉の奥に引っかけてしまったような。
 考えているうちに何だか本当に体中がむず痒くなってきて、無意識に制服の袖口から手を突っ込んで腕を掻く。
「先輩っ」
 横に人が立つ気配と自分を呼んだ声に顔を上げる。
「香穂子ちゃん」
 自然と笑みが浮かぶ。
「ぼんやりして、どうしたんですか?」
 言いながら香穂子の視線が火原の膝の上に注がれる。
「あっ。な、何でもないよ!」
 香穂子の視線の先に雑誌があるのを見て、火原は慌ててそれを隠そうとするが時既に遅し。香穂子が「私にも見せて下さい」と手を伸ばしてくる。
 今更隠すこともごまかすことも出来ずに、火原は大人しく雑誌を香穂子に渡した。
 香穂子は火原の横にちょこんと腰掛けるとページを捲っていく。
「あ、ここ。行ってみたいなぁ」
「えっ? どこどこ!?」
 香穂子は少し雑誌を火原の方へ出した。火原もそちらへ顔を寄せる。
「ここ。ほら、巨大なツリーって。見てみたくないですか?」
「えーと………全長…………うわー。想像つかないや。うん、見てみたいかも!」
「ねっ」
 笑顔の香穂子の横顔を見て、火原は安堵の息を漏らした。
「え? どうしたんですか?」
「あ。うん。あのね。イブの日にどこへ行こうかってずっと考えてたんだけど、なかなかいい場所とか思いつかなくてちょっと困ってたんだ。ほら、やっぱり香穂子ちゃんに喜んで貰いたいじゃない。そしたらますますわけわかんなくなってきて、途方に暮れてたんだ。けど、今香穂子ちゃんと話してて、最初から一緒に決めるっていう手もあったんだなーって思って」
 きょとんと火原を見ていた香穂子は火原の言い分を聞き終えると、ふっと笑みをその口元に戻した。
「そうですよ! 一緒に出かけるんですから」
「そうだよね!」
「やれやれ。ようやく決まったのかな?」
 突然二人の間に声が割って入ってくる。
「うわ!」
「柚木先輩!」
 柚木が一段上から二人のことを見下ろしていた。
「びっくりした………」
「そんなにびっくりしなくてもいいだろう?」
「そうなんだけどさー………。で? どうかした? 柚木がこんなところに来るなんて珍しいよね」
「ああ。火原に伝言があったからね」
「へ? おれ? 誰から?」
「金澤先生が呼んでいるよ。放課後になったら音楽室に来るように言われてなかったかい?」
 昼休みにそんなことを金澤に言われたことを即座に思い出す。
「あっ。そうだった! まっずい!! おれ、ちょっと行ってくる!」
 言うやいなや、ベンチから立ち上がり走り出した。


 金澤の用が済んで、火原はやっぱり走っていた。
 ものの十分とかからずに終わった金澤の用事ではあったが、そんな僅かと言える時間でも、観戦スペースに香穂子を置き去りにしてきてしまったのである。
「おれってバカだ~~」
 言いながら観戦スペースまで戻ってくると、一段飛ばしで段を下りていく。
「あ、あれ」
 香穂子は一人じゃなかった。柚木がいた。
「そっか」
 柚木が気を利かせてくれたのだろう。香穂子をぽつねんと一人残すようなことにならないように。
 ほっとする一方で、またも妙な感じがわき上がる。
 一体なんだろう。何がこんな気分にさせるのだろう。
 柚木の笑顔。それに返す香穂子も笑顔。
 余程不可思議な顔をしていたらしい。残りの距離を歩いてくる火原に気づいた香穂子と柚木が浮かべていた笑みを引っ込めて火原を待ち受けている。
「変な顔だよ、火原」
「金澤先生に何言われたんですか?」
「や、別に何でもないんだけど…………うん………」
 煮え切らない火原の言葉に柚木は軽く肩を竦めると「じゃあ、僕はもう行くよ」と火原の肩を叩いた。
「それから、火原。女の子を置き去りにしていくのは感心しないな。彼女なんだから、尚更そういうところには気をつけないと」
 柚木の言うことは至極もっともで火原は反論できずに「うん」と頷いた。
「じゃあね。ごゆっくり」
 火原が頷いたのを確かめて柚木は去っていった。
 しばらくぼんやりとそれを見送っていた火原は「あ!」と突然大声を上げる。
「香穂子ちゃん! ごめん、もうちょっと待ってて!!」
 突然の大声に度肝を抜かれていた香穂子は、火原に一方的にまくし立てられてただただ頷くしかできなかった。
 火原は柚木を追って走り出す。さほど急いでいるふうでもないのに、柚木の足は割と速い。火原が柚木に追いついたのは観戦スペースの入り口付近だった。
「柚木ー!」
 火原の声にゆっくりと振り返る。
「何だい。また日野さんを放って」
「もしかして、柚木、香穂子ちゃんのこと、好き!?」
 言いかけた柚木の言葉を遮って火原が口にした言葉は、柚木の想像を遥かに超えたものだった。
「………………………」
「いや、別にただ単にそう感じただけで違ったりしたら悪いんだけど。根拠とか何もなくて、本当にそう勝手に思っただけなんだけど」
 柚木の沈黙が長いので、火原は続けた。
「何だかよくわからないけど、香穂子ちゃんと話をするときの柚木ってすごく楽しそうだって思ったんだ。急に、だけど」
 そこまで言うと、柚木が笑い出した。くすくすと肩を揺らしている。
「いや、全く、火原って………」
 笑いの間から柚木は声を絞り出す。
「………ごめん、やっぱ勘違いだった?」
「それで? 僕が日野さんを好きだって言ったら君はどうするの?」
 すっと柚木の笑顔が引っ込む。いや、笑みは口元に浮かんでいるのだけれど、何だか笑っているのに笑っていないような、そんな顔だ。
「どうするって………?」
「火原は僕のために日野さんを譲ってくれるの?」
「譲るって…………そんなことしないよ!! おれ、香穂子ちゃんのこと好きだもの!」
 大声で否定したら、また柚木は笑い出した。
「だったら、今の質問は無意味だよね。………本当に君にはびっくりさせられるよ。でも、思い立ったら即行動っていう君の姿勢は見習いたいな」
「えっと」
 火原は困って後頭部を掻く。
「ごめん。また先走っちゃった………。でも、柚木も香穂子ちゃん好きだったらどうしようって、ちょっと不安になってさ」
「不安? 何故?」
「だって、柚木にはいろいろ敵わないなーっていつも思ってるから。音楽だけじゃなくて勉強も出来るし、女の子にも普通に優しくできるし。そういうとこ、いいなーって思ってるから、なんて言うか、その………」
 言っているうちに自分でも何を言いたいのかよくわからなくなってきて言葉に詰まった。
「でも、日野さんが好きなのは火原、君なんだから。不安になる必要なんてないじゃないか」
「そうかな………いや、そうじゃなくて、そういうことじゃなくて…………うん。そうだ。柚木と香穂子ちゃんを取り合うようなことになったら嫌だって思ったんだ。友達同士でそんなことになったら嫌だって」
 柚木が僅かに目を瞠ったが、言いたいことをうまく伝えることに一生懸命になっていた火原はそれに気づかない。
「……………君はバカだね」
「へっ!?」
 今、柚木は穏やかな笑みを浮かべていた。
「そういうことにはならないよ。何故だか知りたいかい?」
 火原はこくこくと首を縦に振る。
「僕がね、日野さんと付き合うのが火原で良かったと、心から思っているからだよ」
「柚木………」
「さ。これで納得したかな? それじゃあね」
「あ、うん。じゃ、また明日な!」
 今度こそ去っていく柚木の背中を見送り、それから香穂子の元へ戻る。
「あれ?」
 火原は足を止めた。そして既に姿の見えない柚木が去っていた方を振り返る。
 そういえば。
「結局、柚木は香穂子ちゃんのこと、好きなのかな、そうじゃないのかな………?」

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お題にあんまり沿ってないような気がするんですけど………。というかこういう話にするんなら、柚木視点で書くべきだったかな、と。と思って書き上げた後にちょっと書いてみたんだけど、上手く書けなかったので止めました。柚木も難しい………というか、書くの、怖い………。すみません。本当は書きたい一言っていうのがあったんだけど、それ、柚木のモノローグでね………。ここまであれば書けそうな気がするでしょ。でも書けない!そんなわけで、柚木の思ったこと考えたこと、言葉の裏にある思いは全部読み手さん任せです。いろいろ想像して下さい。ちなみに話の時期が火原の誕生日後、クリスマス前という、今アップするにはとっても時機を逸しているのですが。だって、これ本当はクリスマス前アップで書き始めていたものだったので。でも、オリジナル小説にかかりきりで間に合わなかったんです。とはいえ、この状態で一年は放っておけないしな、ずばりクリスマスの話じゃないし大丈夫かってことで、今続きを書いてアップしました。そんなわけであんまりクリスマスのことは気にしないで下さい。ただ浮かれまくっている火原っちが認識できればそれでいいので。
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