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053.秋

 吹き抜けた風に首を竦めた。
 朝晩は寒いけど日中はまだ暑いよね、と昨日天羽と話していたばかりなのに、今日は風が冷たいし、強風である。公園の木々からは色づいた葉が巻き上げられていく。巻き上げられた葉はだいぶ飛ばされてからようやく着地するも、今度は地面の上を転がされていた。
 公園の広場にある時計塔を見上げる。
 約束の時間を十五分過ぎていた。
 今度は手にしていた携帯電話を確認する。着信もメールもない。
 香穂子は公園の入り口へ視線を巡らす。
 火原が連絡もなしにこんなに遅れるなんて珍しい。
 何かあったのだろうか。連絡も出来ないような何か。
(電話、してみようかな)
 しかし、約束の時間より十五分遅れているくらいで電話をしたら、心の狭い女と思われたりしないだろうか。―――火原だったら、そんなこと思いもしないだろうけれど。
 待ち合わせ場所でじっと立ち尽くしている香穂子の横や前を何組ものカップルが、互いのぬくもりで寒さを凌ぐかのように方を寄せ合い通り過ぎていく。
 風に晒されながら、香穂子は一人火原の到着を待つ。
 いつもは感じたことがなかったのに、今日は何故か一分一秒が長い。
 澄んだ空は高く遠い。太陽も夏のような厳しさを失い、ぬくもりを注いでいる。
「わっ」
 ごうっと一段と強い風が公園内を走り抜ける。あちこちで小さな悲鳴が上がっていた。
「いたっ」
 何かが目に飛び込んできて、香穂子は目を固く閉じた。
 風が通りすぎ、乱された髪を直すよりも先に目を押さえる。
 小さなゴミが右目に入ったようだ。痛くて目を開けられない。涙が勝手に出てくるのに任せて、ゴミが流れるよう望んだがなかなか痛みは去っていかない。
 それでも何とか何度か瞬くとゴミは痛みと共に流れていた。
 片目をつぶった状態で手探りでバッグの中からハンカチを取りだして、それで瞼の上から目を押さえると、ようやくホッと一息ついた。
 片目だけが真っ赤になっているだろう。ハンカチを外して、ふと時間がどれだけ過ぎていたかが気になった。
 あれから、まだ五分ほどしか過ぎていなかった。
 まだ、火原は現れない。
(待ち合わせ時間、間違えたわけじゃないし………)
 急に一人でいることが心細くなる。
 気がつけばこの場に一人でいるのは香穂子だけになっていた。友達同士やカップルばかり。
 強風が吹いて煽られても、目にゴミが入って痛い思いをしても、一人で耐えた。
 普通ならなんてこともないはずなのに。
 香穂子はぎゅっとハンカチを握る手に力を込めた。
(電話しよう!)
 このままじっと待てそうになかった。
 ハンカチを出すのと入れ替わりにバッグに戻した携帯電話をまた引っ張り出す。着信がないことは変わらない。
 履歴から火原の番号を呼び出す。すぐに耳に当てて、コールの音を聴く。
 繰り返される単調なコール音。
 出ない。
 二十回を数えたところで、切った。
 留守電にすら切り替わらない。
(何か………何かあったらどうしよう)
 胃の辺りに何か重いものが落とされたような錯覚。無意識にそこを抑えていた。
 今まで気にもしていなかった動悸を意識する。
 全身から熱が奪われてしまったような気さえする。
(先輩、早く来て)
 瞼を伏せていた。強く願う。
 早く。
 そればかりを頭の中で繰り返す。それ以外のことは考えないように。
 ふと耳が、軽快な足音を拾う。
 耳慣れた、足音。
 顔を上げると同時に名前を呼ばれた。
「香穂ちゃん!」
 身体に熱が戻り、安堵が広がる。
 香穂子が振り向いたことに気づいた火原が大きく手を振りながら、あっという間に香穂子の元へと辿り着く。
「ごめんね!! さっき………」
 火原は言葉を続けることが出来なかった。
 どんっと香穂子は身体毎火原にぶつかっていった。
 言いたいことがいっぱいあった。心配したんだと、どれだけ待たせるつもりかと、連絡くらいして欲しいと、溢れるほどにあった。
 だが、どれも言葉にならなかった。
 火原の背中に手を回して、力一杯しがみついた。
「香穂ちゃん………」
 火原が恐る恐るといったふうに香穂子を抱き返してきた。
「心配かけて、ごめんね」
 耳の傍で、囁くような謝罪は優しく香穂子の中に響く。
 温かかった。
 火原の言葉が、その腕の中が。
 しばらくそうしていた。
 それから顔だけを上げて、火原の目を見つめる。
「香穂ちゃん」
「来てくれて、良かった」
 火原のことを怒りたいのは本音。だけど、今、口にしたことも本当のこと。
「遅くなって、ごめんね」
 香穂子はそれに微笑みで応えた。

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うわー。こないだ書いた火日話と似たような出来上がりになってしまった!! 静かな感じで最後に抱きつく、というのが。絵にしたら全く一緒じゃないか!(それでもアップする)秋というとってもアバウトなテーマなので、何を書いていいか迷っていたんですが、秋と言えば人恋しい時季だよなーということで。待ち合わせで一人を何故か寂しく思う香穂子を書こうと思い立ちまして。いつもは平気だけど、何故だか寂しい。目にゴミのくだりは道でも良かったですが寂しさ倍増のためのちょっとしたアクセントに。火原がいたら「大丈夫?」とかってささっと目を覗いてくれそうですしね。そういうことも思っていたり、とか。あと、冬のお題にて失敗した香穂子から火原に抱きつくというネタをリベンジ。ただ、火原には戸惑って欲しかったんですけど、火原は何故かちょっと成長してて香穂子が寂しかったのを感じ取っちゃってますね。「香穂ちゃん、どうしたの!?」って慌てても良かったかも。んで、女の子ってやっぱりわからないなーとか悩んでみるのもいい。もちろん成長を見られるほうが嬉しいですが。

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